三
暮六つ時を告げる鐘の音が、既に沈みきった黄昏の夕陽に消える。次第に夜闇が辺りを覆い隠す中、
沼島家の大きな屋敷は石垣と漆喰の塀に囲まれており、さらにその周りを堀が取り囲んでいた。堀には川から引っ張ってきたであろう水が張られており、苔交じりの緑色に変色している。
「おうおう、さすがは沼島と言うだけのことはある。屋敷をぐるっと沼で囲んじゅう。見苦しいものじゃ」
茂平が感心したような口振りで吐き捨てると、彼のすぐ側に中年の男が音も立てずに現れた。
「感心しちょる場合じゃないぞ、茂平。堀を越えた先にも、見張りが大勢おる。忍び込むにはちと手間が掛かるぞ」
しわがれた声でそう告げながら、男――
「唯一屋敷を繋いじょる橋からは、まず無理じゃろう。見張りを四、五人もつけちょった。かくなる上は
「沼を渡って抜け道を探らにゃあいかんのか。汚い沼を泳ぐのは、ちと嫌じゃのう」
「馬鹿なことを抜かすな。そういやお前が昼間話してた女子じゃが、さっき沼島の屋敷へと運び込まれたぞ」
市之丞の言葉を聞いた茂平は、目を大きく見開く。二、三度瞬きをした後、串に残った団子を全て口に含んだ。市之丞は、茶色い忍装束をかすかな風に揺らすと、茂平と同様に屋敷へ視線を移す。
「よもや先刻の女子が捕えられようとはな。だが、わしらのやることに変わりない。早速――」
市之丞が、再度茂平へと目を向けようとする。しかしそこに彼の姿はなく、団子の串だけが
***
沼の周りを電光石火のごとく駆けながら、茂平は素早く忍装束を脱ぎ、
礫が
そんな彼らを尻目に、茂平は礫を落とした場所から遠く離れた一角で、周囲の様子を窺っていた。屋敷中の見張りは全員、轟音の上がった水面に気を取られている。
今が好機だ。心の内で呟くと、茂平はほとんど音を立てずに沼へ潜った。両足を蛙のように動かし、静かに前へ泳ぐ。風呂敷包みをなるべく水に着けないよう注意しながら、口に
やがて、沼島の屋敷を囲む石垣の塀に辿り着いた茂平は、忍装束を入れた風呂敷包みを塀の上目掛けて勢いよく放り投げる。包みが塀の上に引っ掛かる様子をはっきりと見て取った彼は、石垣の
「立派な屋敷と立派な沼に対して、こっちはお粗末な塀じゃのう。是非上ってくれ、と言うちょるようなもんじゃ」
そう漏らしつつも、茂平はわずかな窪みや突起を利用し、石垣を駆け上がって行く。あっという間に天辺に達した彼は、風呂敷包みから忍装束を取り出すと、目にも止まらぬ速さでそれを身に纏う。
さほど濡れていない紺色の装束を着た茂平は、意を決したように、真っ直ぐ屋敷へと駆ける。そんな青年の黒い影は、次第に夜闇の中へと紛れていった。
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