六
「お前、見たかえ。鏡川に晒されちょった、沼島の賄賂の念書」
「ああ、見た見た。あれは流石にいかんろう。身売りのことまで書かれちょったそうやないか」
「あの念書の件で沼島は、
「それにしても、今回の件。盗賊の茂平が暴いたっちゅう話じゃろう。大したもんじゃ」
年寄りの男女が集まってそんな噂話をしているのを聞きながら、お絹は樽いっぱいに詰め込んだ野菜を売るために朝から街の通りを歩き回っていた。
「人参、大根、いらんかねえ。朝採れたてで美味しいで。寄っちょれよ」
そう声を張り上げながら、お絹は細い足で前へと進む。昨日のモヘジの言葉を意識して、お絹は採れた野菜の特徴を強調しながら売り回った。その成果もあってか、今日は朝から野菜を買ってくれる人が二、三人現れた。
「美味そうな野菜じゃのう。それじゃ、俺には大根を売ってくれんか」
背後から聞こえてきた声を聞いたお絹は、思わず振り返る。そこには、昨日と同様薄汚れた黒衣を着たモヘジが立っていた。彼の右手には、団子の刺さった串が握られている。
「モヘジさん、来てくれたがやね」
「ああ、今日はなかなか調子が良さそうじゃのう」
モヘジは言いながら、懐から土埃の付着した銭を幾つか取り出した。四銭になるぞね、とお絹が言ったのを聞き、モヘジは銭を四枚お絹に手渡す。お絹は、少し土がついた大根をモヘジに手渡しながら、しどろもどろに口にする。
「モヘジさん。それで、昨夜は、その」
「昨夜のことは、誰にも言わずに早う忘れた方がええ。それがお絹、お前のためじゃ」
モヘジが団子を口に含みながら淡々と告げる。そんな彼に構わず、お絹は言葉を絞り出す。
「何とお礼を言っていいのか。モヘジさんと、あと、もう一人おったあの男の人と」
「お礼なんかいらん。それは
串に刺さった団子を全て食べ終えたモヘジは、串を懐に入れると、手に持った大根を肩からぶら下げた。そんな彼を見上げながら、お絹は疑問に思っていたことを口にする。
「モヘジさん。モヘジさんはどういて、あたしを助けようとしてくれたが?」
「知らん。俺は何もしちょらんきに。助けたのは、盗賊の茂平が……」
「『モヘジさんに頼まれてあたしを助けに来た』って、茂平さんが言うちょったけんど」
お絹の言葉に、モヘジは反論できずしばし黙り込んだ。彼の顔をまじまじと眺めるお絹から目を逸らし、そのまま彼女に背を向ける。再び沈黙が流れる。お絹が沈黙に耐え切れず口火を切ろうとした瞬間、モヘジが彼女に顔を向けないまま答えた。
「お前が、俺が最初に好いた女子とよう似ちょったからじゃ」
突如、一陣の風が吹く。お絹は思わず目を伏せた。そして彼女が再び顔を上げると、モヘジの姿は既にどこにもなかった。人々が行き交う街の通りに立ちながら、お絹は満足気な笑みを浮かべる。
「ありがとうね、茂平さん」
第一話 陰謀渦巻く沼の島/終
SHINOBI ~日下茂平物語~ 天神大河 @tenjin_taiga
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