第9話 死の舞踏会

 

「さてと、じゃあ君にはマドリッドちゃんの部屋の場所を教えてもらおうかなぁ」


 そう言って殺人鬼ジョーはニヤリと笑う。

 ゾッとさせるような殺人鬼の笑みで、本来暖かいはずの陽一の部屋は冷凍室と化した。


 扉の前には女性たちの動く死体、窓には鉄格子、そして陽一の目の前にはジョーがいる。

 陽一に逃げ場はない。


「……ッ……答えても殺す気なんだろ」

「んん? ……あぁそうか! 僕が脅かしすぎてしまったのだね。質問に対して答えても、答えなくても殺される、って思ったら君もYESと答えにくいからねぇ………うん、わかった。じゃあこうしよう」


 殺人鬼は一瞬怪訝な顔をし、再び陽一に笑みを浮かべる。

 手に持っていたメスをポケットにしまい、彼は取引を持ち掛けた。


「あのおねぇさんの部屋を僕に教えてくれたら、君と……メアリちゃんだっけ? あのお嬢さんも見逃す。ってことでどうだい? おにぃさん」

「……!!」

「あ、もしくはあのおねぇさんを僕が見逃して、お嬢さんを僕にくれてもいいよぉ。今日はあんまり体がうずいてないからさ。女の子一人ぐらいでちょーぉどいいんだ。さあどっちがいい?」


 ーーそんなこと選べるわけがない。狂っている。他人の命を何とも思ってはいない外道。

 間違いなく完全な異常者だ。


 たった数日とは言えど、知り合った彼らをこんな奴の生贄に捧げることなどできない。

 ……だが、こいつはまだマドリッド達の部屋や本人の居場所を知らない。

 それにこの殺人鬼が、たった一人を殺すだけで満足するのであれば……


「いーちおう言っておくけど、君1人を殺しても僕は満足はできないよぉ? やっぱり殺すなら女の子がいいなぁ……彼女たちが奏でてくれる断末魔の悲鳴がすごく聞き心地がいいんだぁ……」


 ジョーは自分の世界に入り、恍惚としている。

 片手をポケットに突っ込み、中にあるメスをいじる。

 ジョーの黒ズボンがメスをいじった指から出た血で、赤く染まる。


「……ッ!!!」


 自分の考えを読まれ、先手を打たれた。

 陽一は動揺し、目を見開く。

 ーー殺されるのは俺だけでよかったのに。

 先程陽一の中に浮かんだ言葉が頭の中で繰り返される。






「はい、時間切れ。あとは自分で探すから、さ」






 その瞬間、陽一の正面に何かがーー






「--死にたくないとあれだけほざいていたくせに、行動が矛盾していますね。木偶でくの棒」






 突然、部屋の天井から謎の人影が陽一の目の前に降り立つ。

 その影はジョーから高速で放たれた大量のメスを、持っていたナイフで全てはじき飛ばした。

 大量のメスの一つは床へ、二つは天井へ、そしてその他はーー


「……ぐ、が……あ」


 殺人鬼の首元へ突き刺さった。

 そのまま殺人鬼は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。

 ジョーが倒れた所から血のシミが広がっていく。



「マドリッド! 後ろにまだ死体が!」

「……言われなくてもはもう終わりました」

「え……?」


 陽一が気が付く頃にはもう動く死体ゾンビたちは細切れになって地面に転がっていた。


「すげぇ…………」

「ほめても何も出ませんよ」


 物言わぬ死体となったジョーに向かって歩く始めるマドリッド。

 倒れたジョーを彼女は驚いた顔でじっと見つめる。当てが外れた、といった感じの顔だ。


「……動く死体ゾンビがいるのでまさかとは思いましたが…………考えすぎでしたね」


 ジョーの死亡を確認し、マドリッドは陽一の方に顔を向ける。


「た、助かった、の、か……?」

「セバス、部屋の外へ。クロード様がこの部屋の近くまで来ています。早くお嬢様に報……」

「……! 危ねぇマドリッド!!」


 陽一は床に飛び込む勢いで、マドリッドを力づくで押し倒す。

 倒れたマドリッドの足を高速で投げられたメスがかする。かすった箇所の表皮が切られ、血が噴き出る。

 飛んで行ったメスの当たった壁に穴が開く。あれが直撃していたら彼女の足もそうなっていただろう。


「グッ……! どきなさい!!」


 それにもかかわらず、マドリッドはかばってくれた陽一を容赦なく押しのける。


「いって! 助けたのにひっでえ!」

「軽々しく触れないでください。いやらしい」

「そんな意図はねぇよ!」


 マドリッドは陽一に触れられた腹回りを手で払う。ゴミをはらうかのように。しかも汚物を見るような目でこちらを見てくる。


「あッハハハハハハハ! うれしいなァ!! おねぇさんの方から来てくれたのは初めてだよぉ! あ~あ……足奪い損ねたな」


 陽一とマドリッドが勢いよく声のした方向を見ると、さっきまで死んでいたのが嘘のようにジョーが立っていた。


「これ邪魔、抜いてポイッ」


 ジョーは首元に刺さったメスを引き抜いた。地面に転がっていた時とは比べ物にならない量の出血。

 すでに致死量まで出てしまっているはずだ。首から血が滝のように流れ出ている。

 しかし、それでも彼は生きている。


「な、なんで……あいつ、生きて……」

「セバス! ここを離れなさい!!」

「言われなくとも!!」


 マドリッドは手に持っていたナイフを捨て、新たに銀のナイフに持ち替える。

 陽一はすぐに部屋のドアを開け、部屋の外に出ようとする。


「おい! お前も早く逃げろ! あんなのとまともに戦えるわけがない!!」

「…………あんなのとまともに戦えなくては私はここにいません」

「なっ…………!?」


 彼女はここに残る気か…………!? 正気ではない。今、彼女が戦おうとしているのは、壁に軽々と飛び道具で穴をあける化物なのだ。

 

「考え直せよ! 殺されちまう!!」

 

 勝負は目に見えている。悪くて惨殺、良くても相打ちに終わるだろう。どのみちマドリッドが死んでしまう。いくら自分を嫌っていたとはいえ、彼女はメアリの大切な友人であり、自分の仕事仲間なのだ。


 彼女を見捨てていくことなどできるはずがない。

 


「構いません。……お嬢様を守るためです」


 

 ーー彼女の返答に一切の迷いがなかった。

 マドリッドの目の色が青色から赤色に変わる。

 彼女の瞳に映るのは死への覚悟とメアリへの忠誠だ。

 おそらく、その決意を曲げることは誰にもできない。



「………………わかった。死ぬなよ、マドリッド。あんな量の仕事、お前にしかこなせないからな!」

「……。早く行きなさい」


 勢いよく扉が閉じ、足音が遠ざかる。

 そして部屋には蘇った殺人鬼とメイドが残される。


「今生からのお別れ挨拶は済んだの?」

「あなたの方は済みましたか?」


 まさか、と言ってジョーはメスを手に構える。


「やっと、二人きりになれたね。おねぇさん」

「黙って死になさい」


 得物を持ったマドリッドの姿が闇に消える。

 ーー赤い光が走る。


 マドリッドは殺人鬼の首を目掛け、ナイフを振る。

 ジョーは突如取り出した肉切り包丁でそれを防ぐ。

 互いの刃がぶつかり火花が散る。


「取っておいて正解だったよ」


 しかし一撃では終わらない。

 マドリッドは目にもとまらぬ速さで再び攻撃を仕掛ける。

 その動きは華麗にして俊敏。

 ナイフが舞い金属音が奏でる死の踊り。


「いいねぇ! きれいなおねぇさんとのダンス! 夢のようだ!!」


 ジョーは彼女の動きをとらえ、先を読む。

 動きを見切り、手に持った包丁で防ぐ。

 彼女の攻撃の隙を突き、メスを投げる。


 マドリッドは再びナイフでそれをはじき返し、高速投擲とうてきされたメスを無力化する。


「あなたが見るのは悪夢で充分よ」


 ナイフの雨で応戦する。


 攻撃に反応しジョーは大量のナイフの投擲を防ぐ。

 部屋の机を盾にしたのだ。

 しかし、すかさずマドリッドが回り込み、追撃。


 ーー狙うは……!!



 殺人鬼の腕目掛けて一閃。


「ん? あ、があああああああ! う、腕が! 僕の腕がぁぁぁあ!!……」


 おもちゃのごとくポロリと殺人鬼の腕が地に落ちる。血が傷口から噴水のように噴き出す。

 ジョーは痛みのあまり、なくなった腕の方の肩をもう片方の腕で抑え、のたうち回り、錯乱する。

 それにもかかわらず、マドリッドは冷め切った目で彼を見つめる。


「お芝居はいい加減にしたらどうです? 見ていて反吐が出ます」

「ああああああああぁ!………………………………なんだ、あんまり痛くないのばれてたのか。つまんないの」

「それは良かったです。ご愁傷様」


 マドリッドはたっぷりと皮肉を込めて返答。

 彼の腕を切り落としたことに何も罪悪感を感じていない様子だ。


 殺人鬼は何事もなかったかのように落ち着きを取り戻し、床に落ちた腕を拾いに向かう。そのまま落ちた腕をもう片方の腕で掴み、そして……腕をぐりぐりと傷口に押し付け、力ずくでくっつけた。


「くっつけるの大変だからあんまりやんないでほしいなァ」

「…………やはりあなた、人間ではありませんね」


 くっくっく、と殺人鬼は笑う。

 マドリッドはこの男に対する警戒心をさらに強め、眉をひそめる。

 よく見ると、彼が無理やりつないだ腕の再生が始まり、彼の首につけた傷がなくなっている。

 

「そうだよ、おねぇさん。僕は、の体を手に入れたのさ」

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メアリさんの執事〜俺の雇い主はツンデレ吸血鬼〜 ゼロん @zeron0

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