Episode#10 何者にもなれる世界
「そういえば、知ってるか? 最近、この辺りで盗みに入られる被害が多発してるんだってよ」
「盗み、ですか?」
俺が、注文された料理を運んでくると、ジルは突然思い出したかのように、聞いてきた。今のところ、この宿では話題になっていないことを考えると、この宿にはまだ、被害に遭った者はいないんだろう。
「そうっす。エクシール領の衛兵が定期的に巡回しているこの町は、比較的治安が良いということでも有名なんすけど、ここ数日でほぼ毎日と言っていいほど、頻発してるみたいっすね。…………ん、これ美味いっすね」
「被害に遭った者の中には、持てる財産をすべて持ち去られ一文無しになった者もいるらしい。被害を食い止めるためのこうした一般市民への注意喚起は、俺たち勇者の仕事でもあるからな。イツキたちも用心しておくことだ」
「は、はぁ」
まるで緊張感のないトムと、その真逆をいくベイズの両極端な反応を見て、ジルは、普段、どのようにして彼らをまとめているのかが、非常に気になるところだ。
「まぁ、イツキたちは大丈夫だろ。稼ぎもここで働いた分だけで、盗られるほどの財産なんて持ち合わせていないだろうしな」
余計なお世話です。と、言いたいところだったが、実際、ジルの指摘は間違いではない。俺たちの稼ぎは、それこそ、最低限の衣食住を揃えるのが精一杯なくらいしかない。こんな貧乏人のところに下手の盗みに入って、捕まりでもしたら目も当てられないだろう。
「もし、ここの稼ぎで不安なら、勇者のギルドで簡単な依頼でも受けてみたらどうだ?」
「そんなの受けられるんですか? 確か勇者って選ばれた人しかなれないんですよね?」
ジルは、にやりと笑みを浮かべ、俺の肩を掴んで顔を近づけてくる。
「なぁに心配することはない。勇者の仕事って言ったって、物騒なものばかりじゃない。迷い猫探しや買い物代行、害虫駆除。町の住人の困りごとを解決することだって、立派な勇者の仕事だ。どうだ? 出来る気がしてきただろ?」
「ま、まぁ。俺が想像していたものよりハードルは下がってますけど」
「それにだ。確かに勇者としての地位は、選ばれた者にしか与えられないが、その仕事を勇者しかしてはいけないとはどこにも定められていないんだ」
ジルがトムとベイズに、視線を送ると二人が首を縦に振った。
「まぁ、今の職場で十分なら無理にとは、言わないがな」
「ありがとうございます。参考にします」
ジルは、気にするなと、俺の背中をポンと叩き、知らないうちに組んでいた肩を離し、テーブルに目をやった。
「……って。俺のぶんの料理なくなってるじゃねぇか!!」
俺は、じゃれ合う三人を眺めながら、数日前に天の声に言われたことを思い返していた。
「『何者にもなれる』か。まったく良く出来た世界なもんだ」
じゃれ合う三人に背を向け、俺は厨房へと戻った。
☆☆☆ ☆☆☆
「イツキ様。本日もお疲れ様でした」
仕事を終えミアたちとともに部屋へと戻り、今は、エルフィアがシャワーを浴びているところだ。先にシャワーを浴びたミアは、ほんのり赤らんだ顔をして、俺の座っているソファーのすぐ隣に腰掛けた。
「あの、イツキ様。一つだけ聞きたいことがありまして……」
俺の肩にしなだれかかり、真面目なトーンで話し始めたミアからは、優しい花の香りがした。
「その、イツキ様は、先ほどの方たちが言っていた勇者のお仕事というものを受けるのでしょうか?」
「あぁ、そのことか。現状のところ不自由はないけど、それ以上に、ここで立ち止まっていていいのかと、俺の勘が告げている」
「勘、ですか……?」
勘、というよりかは、ただの異世界転移ものあるあるだけど。元の世界のことをミアたち話しても分からないだろうし、ここは、そういうことにしておくのがベストというものだろう。
「その時は、二人にも相談するだろうけど、もし行くってなったらどうする?」
「もちろん付いていきます! これ以上、イツキ様と離れるわけにはまいりません」
「ありがとう。ミア」
ミアがにっこりと笑うと、湯上りのエルフィアが、顔を赤くしながら出てきた。
「イツキ、今日のことなんだけど――」
なぜか、エルフィアの言葉が途中で止まる。
「イツキのエッチ」
「何か壮大な勘違いをしてない!?」
「そ、そうですよ! 私は、イツキ様とそんなハレンチなことはしてませんし、されてません。むしろ、もっと強引でもいいくらいで――」
えっ? ミアもそんなこと考えてたの?
ちょっと意外だった。もしかしたら、エルフィアの影響を受けつつあるのかもしれない。
「そうです。イツキはもっと、欲に忠実になるべきです」
そこまで言うなら、あえて欲に忠実になった姿を冗談っぽくみせてやろうじゃないか。俺は、極力下卑た笑みに見えるようにわざとらしく演じた。
そして、二人の身体をじっくりと舐めるように見回す。
こうして改めて見ると、二人とも美少女だよなぁ。
エルフィアもミアもどちらも、俺にはもったいないくらいの美少女だ。こんな二人と、このまま暮らしていけば、もしかしたら何かの間違いでひょっとしたらひょっとするかもしれない。そんなことを頭の中で妄想する。
すると、自然と顔がにやけてしまう。
「イツキ……」
「イツキ様……」
なぜか、二人が後ずさる。
どうしたんだ? 俺の想像している反応と何だか違うような……
それでも、ここまで来て引くことはできない。こういうのは勢いが大事だ。俺は、考えていたセリフをそれっぽく二人に言い放つ。
「へへっ。欲しがり屋な二人だ」
俺はそのままゆっくりと二人に近づく。ゲス野郎の芝居は、ゲームなどでそこそこに見てきた。初めての割にはなかなかの演技なのではなかろうか。
「今からお前ら二人は、俺の物だ。今夜は、たっぷり可愛がってやるからな」
二人の不安げな表情を見る限り、上手くいっているらしい。
とはいえ、どこで収まりをつけるべきか。俺は全く考えていなかった。
(どこまでいけるか、やってみるか)
好奇心とほんの少しの悪戯心。そして、下心を秘め二人を少しずつ壁際に追い込んでいく。
二人が壁に背をつけ、最後に俺の視線がミアの胸元にいった瞬間――
俺の股間にエルフィアの無慈悲なキックが炸裂した。
「イツキ様!!」
「――(ちょうしに、のりすぎた、か)」
心配そうなミアの声を聞きながら、そんなことを思った。
「……最後」
エルフィアの怒りに震えた声が俺の頭上から聞こえてくる。
「最後、ミアの胸を、見ましたね」
確かに見た。だって、大きいんだもの。そして、一番俺に近い距離にあったから。
「これが、格差社会というものなんですか? そうなんですね。最近、食堂で働きながらそんなことを思うことがありまして」
「――(怒るところ、そこなの!? てか、そんな理由で俺蹴り上げられたってこと??)」
「イツキが珍しく冗談に乗ってきてくれたので、私も初めのうちは、ぎりぎりでキックを止めようと思いましたが、格差に想いを馳せている間に、そのまま……やりすぎました。ごめんなさい」
「ぉぉ、そうかそうか。俺も調子に乗り過ぎたわ」
俺は、時間が経つにつれてようやく声が出せるようになる。
「だ、大丈夫ですか。イツキ様。演技とは言え、イツキ様のあまりの迫力に、その、少々身の危険を……」
どうやら、ミアはさっきの演技を真に受けてしまっていたらしい。
「私も普段のイツキは、そういう人ではないと分かっていますが、でも、あぁいうイツキも良いと思います。とっても私の中で妄想がはかどりました」
(もう、冗談でこんなことはしない。絶対に、だ)
何者にもなれる世界でも、冗談でなりきろうとしないほうがいいらしい。
夜にも関わらず、窓の外から鳥が飛び立つ羽音が聞こえた。
ドロップアウト・ヒロインズ 築家遊依那 @yuinakizuka
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