Episode#9 メイドさんのいる食堂
俺が異世界にやって来て、エルフィアやミアと出会ってから早くも一週間以上が経過しようとしていた。宿の一階に併設されている食堂で働き始めたことをきっかけに、俺たちは、質素ながらも安定した生活を送り続けている。
「おーい。イツキ! 注文頼む!」
「はい。今行きまーす!」
「エルフィアちゃん。お水のおかわりもらってもいいかしら?」
「分かりました」
「ミアちゃん。これ。四番のテーブルにお願いね」
「はい」
俺が、食堂で働くことが決まってから、エルフィアとミアもウェイトレスとして働きたいと、食堂のおばちゃんたちに直談判しに行ってくれたらしい。おばちゃんたちも、俺たちの事情を察してくれたのか、快く食堂の人事を担当するオーナーを説得してくれたと聞いている。
「いや。しかしだな」
注文を受け、厨房に戻る途中、俺は動き回るエルフィアとミアを見て思う。
メイド服である必要性は果たしてあったのだろうかと。
結論だけ言わせてもらうとすれば答えはイエスだ。思考や言動が、あれな二人ではあるが、それがなければ百点満点中百二十点をあげても足りないくらいの美少女だ。そんな二人にお給仕してもらえるとあれば、あっという間に人が集まってくる。
「しかも何というか、際どいんだよなぁ」
エルフィアとミアのメイド服は、それぞれ形状に違いがある。
エルフィアの場合は、スカートの丈がやたらと短いミニスカート。動くとヒラヒラと揺れ、ニーハイとのスカートの間に生まれる絶対領域にどうしても目がいってしまうという男性陣に効果抜群の仕様が施されている。
これはあくまでも噂だが、エルフィアの口数の少なさが起因したのか、エルフィアに冷徹な視線を向けられながら、踏みつけられながら罵られたいという願望を隠し持っている人物がこの食堂にやって来ているとの情報が俺のもとに入ってきている。事案にならないことを祈るばかりだ。
ちなみに俺の欲望を他人のせいにしているわけではない。
一方、ミアの場合はというと、もはや伝統的とも言っていいクラシカルなタイプのスカート丈の長いメイド服。しかし、顔からすぐ下には、反則的なほどに服を押し上げる二つの丸み。これから目を背けることは、非常に難しい。そして、普段の物腰の柔らかさも相まって、ミアからは大変な母性があふれ出していた。
これもあくまで噂だが、ミアの溢れる母性に感化されたのか、膝枕をしてもらいながら甘やかしてもらいたい、優しく叱ってもらいたい、などという幼児退行にも等しい新しい
ちなみに俺の欲望を他人のせいにしているわけでは断じてない。
些細なことは気にせずとも、とにかくどの世界線においても可愛いは正義なのだ。
「イツキ? ぼーっとしているようですが」
厨房の前で腕を組み頷いていたところに、エルフィアがやって来て声をかけてくる。
「あぁ、すまん。少し考え事をしていたんだ。大したことじゃないから気にしないでくれ」
「本当にそうでしょうか? 私はずっと、イツキの下卑た視線を主に下半身を中心に感じていたんですが?」
そんなに露骨に見ていたつもりはなかったが、どうやら気づかれていたらしい。
「さ、さぁて。そろそろ昼時だし、厨房に呼び出される頃かなぁ」
「……それにしても、意外でした」
「意外って、何がだ?」
「イツキの特技が料理だなんて」
「それは、向こうにいた時にもよく言われたよ。高い時給とまかないに惹かれて、とある料理屋に働きに行くことになって、その時に叩きこまれたんだ。『お前を一人前の料理人に――』とか言って、やたら厳しく、時に理不尽に怒鳴られながらやってたら、自然と身についていたんだ」
「そ、そうなんですか……」
エルフィアは、俺の心情を察してか、苦々しい表情を浮かべていた。
まぁ、生半可な気持ちで行ったという意味では自業自得というものだろう。それに、大変ではあったものの、今回の件も含めて得たものはそれだけではなかったのだから、決して悪いことばかりではなかったと思えている俺がいた。
「イツキー! そろそろ厨房来てくれ!」
そんなことを考えていた時に、厨房からヘルプを求める声が聞こえてきた。
「了解でーす!」
厨房に向かって返事をして、フロアを見回すと少しずつ食堂に人が増え始めていた。席もあと数席で満席になりそうな様子だった。
「それじゃあ行ってくる。ちゃんと仕事しろよ」
「もちろんです」
エルフィアは、小さく頷くと、そのままフロアへと向かっていった。
「さて、俺も仕事しますかね」
それからは、厨房に籠りきりでエイクやガルドの手伝いをしながら、料理を作り続ける。ここ数日の間で、比較的簡単な
お昼の忙しさがようやく落ち着き始めた頃、俺はフロアで働いていたミアから呼び出された。
「おーい。ミア? どうし――」
「イツキ様、ギュッー!」
ミアは人目を憚るようなこともせず、俺に抱きついてきた。
ふにゅん――
俺の身体に大きな二つの母性の塊が、押し付けられる。
あぁ、素晴らしきかな……
少しの間、その柔らかさを堪能しようと思ったのも束の間、穏やかな昼下がりには似つかわしくないほど、ピリピリとした殺気が俺に向いている気配を感じ取った。
「くそ。昼間からイチャイチャしやがって」
「あんな冴えないやつがなんで。チッ」
「揚げ物やるたびに、毎回油がはねて火傷しろ」
うわ、最後のやつ地味に嫌だ。恐怖で揚げ物できなくなりそう。
これ以上、べったりしていると、本当に呪われそうな気がした俺は、くっついていたミアを引き剥がした。
「あっ、まだイツキニウムの補給が!」
「そんな胡散臭い特殊成分は、俺からは分泌されてないぞ」
俺がはっきりと言い切ると、ミアは残念そうに俯いた。
「そう、なんですね。では、今後はイツキ様から直接イツキ様分を補給するしか……」
ミアは支給されたメイド服から、折り畳み式のナイフを取り出した。綺麗に磨かれた刃先は、俺の顔を映さんと言わんばかりにキラリと輝いていた。
ここで回避されたはずのバッドエンドが、再び!!
このままではマズいと、じりじりと近づいて来るミアの説得を試みる。
「ま、待て! 分かった。イツキニウム? とやらがあるかは、知らないが俺に抱き着くだけでそれを補給できるなら、後でいくらでも補給させてやるから、な?」
「本当ですか!? では、今夜は私と一緒に、その――」
カランカラン――
「うーす! イツキー! 今日も来てやったぞ」
何かを言いたげにしていたミアの言葉を遮り、俺のことを呼ぶ声が食堂の入り口のほうから聞こえてきた。そこには、巨大な斧を背負った勇者の男ジルと、見慣れない二人の男がいた。その二人は、ジルと同じ鎧をまとい、それぞれ剣と盾を携えている。
食事をしていたお客たちは、突然やって来た勇者の一行を見てざわつき始めた。しかし、彼らは、そんなことは気にも留めずに手近な席についた。
先日の一件でジルは、この食堂が気に入ったのか仲間の勇者を連れて定期的に訪れていた。
俺がミアにまた後で、と目配せをすると、頬を膨らませつつも渋々といった様子で俺のもとから離れた。
「いらっしゃい。今日も来るとは思っていませんでした」
「どうしてもこいつらを連れてきたかったんだよ。紹介しよう。トムとベイズだ」
「トム・ブロンゼストっす。よろしくっす」
「ベイズ・オウロ―ラだ」
「初めまして。榛原一輝です。よろしくお願いします」
俺は二人に続いて挨拶をした。ジルはその光景をニコニコしながら見守っていた。
「じゃあ、イツキいつものやつを出してやってくれ」
「お代はちゃんと頂きますからね」
「今日くらいいいじゃねぇか。ガルドの奴には内緒で、な?」
「俺に内緒で、何だって?」
ガルドがいつの間にか、ジルの背後を取り肩に手をポンと置いた。
「な、何でもないです。はい……」
ガルドは不気味なほどの笑みを満足そうに浮かべると、そのまま厨房へと戻っていった。
「おまたせいたしました。お冷をお持ちいたしました」
「おう。ミアちゃ、ん?」
ジルはここ数日何度もこの食堂に通う常連。当然、ミアやエルフィアとも面識はある。ミアに親しげに話しかけようとしたジルの様子が何やらおかしいと感じた俺は、思わずミアのほうを見ると、先ほど俺との会話を遮られたことを根に持っているのか、ジルに対して冷ややかな視線を向けていた。
「ごゆっくりどうぞ」
ミアは水を置くと丁寧に腰を折り、さっさと立ち去っていった。有無を言わせぬその様子に今日初めてここにやって来たトムとベイズは、それを見て固まっていた。
「なぁ、イツキ」
「は、はい。何でしょう」
「いつも朗らかで優しいミアちゃんも良いけど、あぁいう感じのミアちゃんも悪くないな……」
しみじみとした語るジルを見て、俺は何も言えずに乾いた笑いを発するしかできなかった。
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