Episode#8 無職からの脱却

 料理長のガルドを説得し、何とか調理の許可を得た俺だったが、エイクは完全に及び腰になっていた。


「しかし、大丈夫なんでしょうか。今のところ、納得のいく味のものは一度たりとも完成していませんが」


「手伝いをしながら、いくつか味付けの足しになりそうなものに目星はつけてあります。上手くいくかは分かりませんがやってみる価値はあるでしょう」


「イツキくん。頼りにしてるよ」


「はい。早速始めていきましょう」


 俺とエイクはお互いの作業を分担し、効率よく作業を進める。ガルドは、フロアのほうに出て、特別なお客様――勇者と何やら話している様子が厨房から見えた。他の調理係の面々はというと、俺とエイクの作業を調理場の片隅から固唾を呑んで見守っていた。


 俺は、何度も何度も調味料の組み合わせを変えて、納得のいく味が出てくるまでその作業を繰り返す。そしてついに――


「イツキくん。そろそろこっちの準備が終わるけど、そっちはどうだい?」


「…………こ」


「こ?」


「これだ。これなら――」


 食材の下ごしらえを終えたエイクが、出来た煮汁の味を確かめる。


「うん。しっかりした味だ。僕が作ったものとは大違いだ。きっとこれなら満足してもらえるはずだ」


 俺たちの満足気な様子を端から見ていた数人の調理係の人々が、興味津々といった様子で、俺たちのもとへとやって来る。


「少し味見をさせてもらってもいいだろうか?」


「お、俺も」


「はい。もちろんです。お願いします」


 俺は各々に味見をしてもらった結果は、かなり好評と言えるものだった。

 その後も、俺たちはアドバイスをもらいながら、味の調整をしつつ少しずつ完成形に近付けていく作業を続けていったのだった。



☆☆☆ ☆☆☆



「やれやれ。俺は食事にきただけだというのに。これじゃあ、まるで見世物だな」


 食堂の外に出来た人だかりに目をやり、勇者ジル・シルヴェストルは、ため息を漏らした。時折、「下手なものを出したら、料理人は首を落とされる」だとか、「店が潰される」といった会話が窓越しになされている。


「そんな目立つ格好のまま、庶民のお食事処にやってきたんだ。こうなって当たり前だとは、思わなかったのか?」


 庶民のお食事処の料理長を務めるガルドは、呆れた様子でジルに水を差しだす。


「いや。何度も来ているからそろそろいいかとも思ったんだが、どうやら、そうでもないみたいだな。まぁ、ほら。俺がそういうことを気にしないやつだってことを一番良く知ってるだろ? 前にギルドの依頼受けて、デカい猪を狩りに行ったときのこととかよ。新鮮なうちにと思って、町の料理屋にそのまま直行しただろ。あの時もめちゃめちゃ注目されたよなぁ」


 ジルが笑いながら、かつての出来事を振り返ろうとする。


「ふん。昔の話だ」


「なんだよつれねぇなぁ。まぁいいけどよ。ところで、相変わらずお客というお客の姿が見当たらないんだが、ここはいつもこんななのか?」


 ジルは人のいない食堂を見回す。


「営業時間終了間際のただでさえ人が少ないタイミングで、突然勇者がやって来るんだ。元居たお客も身分の差に居づらくなって逃げていくだろうし、今の光景は、ある意味当然と言えば当然の光景なんだがな」


「そ、そうなのか。何かすまない」


「悪いと思うなら、お客を減らした代償として今までツケていた分の代金を支払ってくれ。そろそろギルド長に支払いを命じるように直談判に行こうと思っていたところだ」


 ジルの上司であるギルド長は、エクシール領を治める領主の側近であり、勇者ギルドを束ねる長でもある。勇者としての振る舞いを非常に重視する人物で、素行不良でギルドを追放された勇者は数知れない。これにより庶民に対して横柄な態度をとる勇者が減ったとのことで、町の住人たちからの支持があついことでも知られている。


「そ、それだけは勘弁してくれ。今はお財布がピンチなんだ。頼む、あと少しだけ。少しだけ待ってくれ。最後に! 最後にするから!!」


 ジルは机をバンと叩き立ち上がる。すると、食堂の外から見ていた人だかりのざわめきが大きくなる。ジルは、それに気がついたのかゆっくりと腰を下ろした。


「ふん。次、来た時に支払えなかったら、ギルド長に報告がいくと思っておくんだな」


「あぁ。しっかりと覚えておくことにするよ。それよりもいい匂いがしてきたな。今日は何の料理が出てくるんだ?」


「そうだな。そろそろ出てくる頃だとは思うが?」


 ガルドは厨房のほうを振り返り、腕を組んだ。


「何だよ。妙にもったいぶるな。それくらい教えてくれたっていいじゃねぇか」


「まぁ、楽しみにしておくといいさ」



☆☆☆ ☆☆☆



 エイクは緊張した面持ちで、出来上がった煮付けを勇者の前に運ぶ。エイクは俺に運ばせたかったようだが、ここは、この食堂の煮付け料理担当としてエイクに運んでもらった。


「大変お待たせしました」


 エイクが皿を目の前に置くと、勇者の男は怪訝な表情を浮かべ、料理長であるガルドのほうを見る。すると、ガルドが表情を変えることなく、言葉を発した。


「ジル。実は今日腕の立つ新入りが手伝いに入っていてな。以前とは、違った味になっているはずだ。前にもこれを食べたことのあるお前にぜひ、食べてもらいたい」


 すると、勇者の男ジルは、納得したのかゆっくりと煮付けを口に含んだ。


「……」


「……美味くなってるな。うん。これは美味い」


 エイクの陰に隠れて俺は思わずガッツポーズを決めていた。


「ほ、ホントですか?」


「あぁ。前より味がしっかりとしていて、飯が進みそうだ。これはお前が作ったのか?」

 

 ジルは、エイクに問う。

 

「これは僕だけでは、見つけることが出来なかった味です。この料理を完成させたのは、彼のおかげです」


「ど、どうも」


 俺は、エイクに促され短く挨拶をした。


「お前がガルドが言っていた臨時の料理人か。いい出来だ。ガルドが認めるだけはあるな」 


「あ、ありがとうございます!」


 ジルは、余程味が気に入ったのか、黙々と食べ進め、あっという間に煮付けを平らげてしまった。


「これは、思わぬ発見だったな。これは勇者ギルドでも広めたら人気が出そうだ」


「お前みたいに、他の勇者たちがフラフラと来られたら困るから、もし来るようなら事前に連絡をしてからにしてくれ」


 ガルドの一言に「はいはい」と適当に返事をしたジルは、俺とエイクのほうに向き直った。


「ごちそうさま。美味かった。そういえば、挨拶がまだだったな。俺の名前は、ジル・シルヴェストル。勇者ギルドに所属している。これも何かの縁だ。よろしくな」


「お褒めにあずかり光栄です。僕の名前はエイクと言います」


「榛原一輝です」


「エイクにイツキだな。今後も時々、顔を出すこともあるだろうからその時は、お手柔らかに頼むよ。主にお代的な面で」


 ジルは、俺たちと肩を組み、耳元でガルドに聞こえないようにツケ払い宣言をしてくる。しかし、ガルドはそれを見通していたようで。


「お前の勘定は、俺が直々にやってやるから安心しろ。それにイツキは今日までなんだ」


「そうなのか? それは両方の意味で残念だな」


 ジルは、ガルドの言葉を聞いて肩をすくめた。

 このタイミングならと、考えた俺は思い切ってガルドに働きたいという意思を伝えることにした。


「そのことなんですけど、もしよければ、俺をこのまま、ここで雇って頂けないでしょうか? お願いします!!」


「……」


 ガルドが俺の様子を見ながら深く考え込む。


 ガチャン――


 入り口のほうから、勢いよく扉が開けられる音が聞こえてきた。


「イツキ様!!」


「イツキ!」


「ミア。それにエルフィア!」


 ミアは俺のことを見つけると俺の胸元にすぐさま飛び込んできた。


「イツキ様。ご無事で何よりです。外で皆さんからお話を聞きましたところ、この方の気にいらない料理を出したら、イツキ様が斬首になると聞いて居てもたってもいられず、入ってきてしまいました。ですが、この様子だと、無事にこの方を満足させることができたみたいですね。さすがは、私のイツキ様です」


 ミアは俺にくっついて離れようとしない。エルフィアも少し離れたところで、ほっとした様子で見守っていた。


「おいおい。誰だよ。そんな物騒な噂を流しているのは。まだまだ、町の人達からの印象が改善されるには時間がかかりそうだな」


 やれやれといった様子で、ジルは手をヒラヒラとさせる。


「何もなかったとはいえ心配かけたみたいだな。ミア。エルフィアも」


「私は、イツキに養ってもらう契約があるので、それを勝手に反故にされてしまっては困るというだけです」


 そういえば、そんなこともあったなと少し前のことを思い出す。


「エルフィア様もちゃんとイツキ様のことを考えていらっしゃいましたよ。イツキ様が、私の今あるお金だけでは生活していくのが難しくなるということを見越して働き口を探していることですとか、私たちにベッドを譲り、イツキ様は毛布もなしにソファで横になっていることですとか、んも!」


 エルフィアは顔を真っ赤にしてミアの口を塞いでイツキから引き剥がした。


「余計なことは言わなくていい」


 そんなエルフィアを見て俺は、自然と笑みがこぼれた。


「ありがとう。エルフィア」


 エルフィアは、恥ずかしくなってしまったのかそのまま俯いてしまう。


「何だよ。イツキ。いきなり美少女二人とイチャイチャしているところを見せつけやがって!」


 ジルは、俺の背中をポンとやや強めに、いや結構強めに叩いた。そして、ガルドに真剣な眼差しを向けた。


「なぁ。ガルド。イツキのこと短い間だけでも雇ってやったらどうだ?」


「……分かった。考えてみよう」


「本当ですか!?」


「あぁ。今日この場で即断はできないが」


 ガルドは、あくまで料理長であり、人事に関してはまた別の人物がやっているという。とはいえ、前向きに検討してくれると約束してくれた。


「だってよ。よかったな!」


「はい! ありがとうございます。ジルさん」


 こうして、俺は異世界で生活していくための基盤を手に入れたのだった。

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