Episode#7 ピンチ到来!?
煮物を作っては、
この世界にも、元の世界に似た調味料や食材はあるものの、味や風味は似て非なるものが多かった。
雑用をこなし調味料の味見をしながら各調理台を回っていると――
「よし、お前ら。ピークはすぎたようだ。昼のぶんの食材も少なくなってきてる。あと少しだ」
「はい!」
料理長ガルドが喝を入れると、そこにいる全員が返事をした。それからほどなくして、いくつかの料理が食材切れで完売という報告がフロアのほうに伝達され始めた。
ちなみに、ここの食堂はお昼の営業時間が決まっており、その時間が過ぎるか、食材が尽きると夜の営業まで一時休止となる。
「エイクさん。こっちはどうですか?」
「あぁ、大丈夫。いつも通りだ、と伝えてくれ」
俺はガルドのもとへ現状の報告をする。
「そうか。今日はいろいろ試行錯誤をしていたようだが」
「はい。エイクさんに、料理の改良を手伝って欲しいと言われまして」
「なるほどな。それで、上手くいきそうなのか?」
「やってみないと分からないですね。あと少しだとは思いますけど」
「そうか。今日はもうあと少しで終わりだ。世話になったな」
ガルドはそのまま俺の肩をポンと叩き、歩き去っていった。煮物部門以外の部門の食材が切れたところで丁度営業終了の時間がやってきた。
「よし。今日はよく頑張った。ゆっくり休んでくれ。明日以降はこういったことにならないよう、俺のほうで調整する。イツキも明日以降は手伝いに来なくて大丈夫だ。今日はありがとう」
ガルドが俺にむかって手を差し伸べてくる。
ま、待って。勝手に終わらせないで! 俺にはまだ、やることが!!
俺がこの役目を買って出た理由。それは、今後のためにも少しでも安定して『先立つ物』を稼ぐ手立てを確保しようと考えたからだ。ミアの持っていた所持金だけでは数日後には、この宿から出なければならなくなってしまう。今後の生活のためにも、何より、女の子二人を野宿に誘うわけにはいかない。
そう考えての行動だったのだが、望みは今にも絶たれそうになっていた。
「あ、あの。それについてなんですけど……」
俺が言葉を繋ごうとしたその時、食堂の扉が開いた。
「おう。まだやってるか!」
派手な鎧を身に纏い、巨大な斧を背中に背負った男が、一際デカい声を上げて店の中に入ってきた。すると、フロアに出ていたおばちゃんたちと厨房にいた調理係の人達が、ざわざわとし始めた。
俺は、すぐそばにいたエイクに耳打ちをした。
「あの人が入ってきてから、皆さんやけに緊張しているみたいですけど、一体何者なんですか?」
「彼は、ここの領主様お抱えの勇者ギルドのギルドマスターだよ。普段は、こんな庶民が来るような食堂に足を運ぶことはないはずなんだけど……」
どうやらこの世界にも勇者という職業があって、庶民とは一線を画した地位に置かれているらしい。
「今回のことはイレギュラーってことですか?」
「あぁ。間違いないね。しかも、ついさっき食材が切れてしまったばかりだ。夜用の食材は、このメンバーで下ごしらえを完璧にこなせるのはガルド料理長のみ……」
「昼用の食材と夜用の食材で扱う難易度に違いがあるんですか?」
「あぁ。ここは、庶民の食堂ではあるけど、庶民でも夜の一食くらいは多少豪勢にしたくなることだってあるだろう? 貴族の晩餐とまではいかなくても、そういったものを楽しめる機会を設けたい、というガルド料理長の強い意志から始まった試みとして、昼の食材より高価なものを扱っているんだよ」
厨房の外では、料理長のガルドとおばちゃんたちが、緊張した面持ちで何かを話し合っている。エイクは、ガルドのほうを見ながらそのまま話を続ける。
「ただ、そういった食材は取り扱いが非常に難しい。それこそ、昼とは比べ物にならないとも言われているんだ。果たして、ガルド料理長はどうするのか……」
そのままエイクが考え込んでしまう。突然、VIPがやってきたとあらば、店が混乱するのも頷ける。俺は、極悪エンゼルフィッシュの残骸に目を向ける。
ん? ちょっと待てよ。これってもしかして千載一遇のチャンスでは?
俺は一人でにやりと笑みを浮かべると、エイクに声をかけた。
「エイクさん。食材なら、まだあるじゃないですか」
「イツキくん? ま、まさか。キミは!?」
「俺たちの料理で、VIPをもてなしてあげましょう!」
俺はエイクとともに、話し込んでいたガルドのもとへと向かった。
☆☆☆ ☆☆☆
「エル、フィア、様。はぁ。はぁ。さすがにあれは激しすぎます」
「何言っているの。ミアだってよろこんでいたはず」
「それは……まぁ。私、舞踏会に出たことはありますが、こういったものは、は、初めての体験でしたし、快感がなかったかと言われれば、嘘になりますが」
ミアは顔を赤くして俯く。
「ミア。今の言葉何だかものすごく卑猥に聞こえた」
「そ、そんな。私はそんなつもりじゃ――」
これは、イツキと別れてかれこれ数時間が経過した町の中心部でのこと。一仕事終えた二人は、町の憩いの場となっている噴水の淵に腰掛けていた。
「それにしても、よくこんな催し物が開かれることを知っていましたね」
「イツキと出会う前。一人だった私は、生活していくためのお金がなかった。何とかしようと考えていたときにこの催し物を見つけた」
エルフィアは、一枚のチラシを取り出し、ミアに手渡した。
「『町娘コンテスト』ですか。エルフィア様から、これに出るように言われたときは、さすがにびっくりしてしまいました」
この日。この町の市場では『町娘コンテスト』なる小さなイベントが開催された。何でも優勝者には豪華な景品が送られるという。それを知っていたエルフィアはミアをそのコンテストに送り出したのだった。
「ミアには、素質を感じた。短い期間ではあるけれど、ミアの雰囲気や態度。そしてあの時に、私の言葉に対して見せた恥じらいを見て、確信した」
「そこまで、褒められるようなことをしている覚えはありませんでしたが……というより、あの時、あのような場で、は、ハレンチなことは!!」
「それより、今回のコンテスト。ミアが優勝したのはよかったけれど、景品が賞金でなかったのは残念だった」
エルフィアは、景品として贈られた毛布をポンと叩く。
「エルフィア様は、賞金がお金のほうがよろしかったのですか?」
「……イツキは、イツキはたぶん、私たちのために働こうとしている」
「イツキ様が?」
ミアは驚いた様子で、エルフィアの次の言葉を待っていた。
「ミアが元々持っていたお金もあと二、三日すれば底を尽きる。だから、イツキは何とかして働き口を探していた。これは、私たちがミアに出会う前から」
「エルフィア様は、それで少しでもそれを助けようと?」
ミアがエルフィアの心意気に感服した様子で聞き返した。
「私は、野外プレイも興味ある」
「野外プレイ。ですか?」
ミアが首を傾げると、エルフィアがミアの耳元でコソコソと説明をする。すると、ミアは耳まで真っ赤にして。
「そ、そっそそ、んな。そんなのいけません! そういったことは、その、きちんとした場で――」
「イツキはそういうのも好きそうな顔してる。私と出会ったときだって、外で」
「そ、外で!? イツキ様は、そういうのが好き? ならば私も恥ずかしがっている場合ではないのでは。いや、でもやっぱり、そういうのは――」
ミアが一人、妄想に耽り身もだえている間、エルフィアがイツキのいる食堂の方向がやけに騒がしいことに気がついた。
「ミア。そろそろ食堂に戻る。イツキも働き終わっているはず」
「え、あっ。はい」
急ぎ足のエルフィアにミアは慌ててついて行く。
エルフィアたちが宿泊している宿の下、イツキの働いている食堂の前には、人だかりが出来ていた。
「一体何が?」
ミアがぼそっと呟くと。すぐそばにいたおじさんが話しかけてきた。
「おぉ。町娘の姉ちゃんじゃねぇか。なんかよ。ここに勇者様がいらっしゃってだな、食事をとっているらしいと聞いたもんだから、驚いて皆で見に来たんだよ。珍しいこともあるもんだよなぁ」
その隣にいたおばさんも話に割り込んでくる。
「しかも、勇者様に料理をお作りになるのが、今日入ったばかりの新米料理人だというじゃないかい。下手なもの出したら、その場で首を落とされても文句は言えないだろうねぇ」
見物に来ていた人々の反応は、おばさんの言った言葉に同調するものが多かった。
「そ、そんな!」
ミアは、深刻な表情を浮かべ、エルフィアを見る。
「……」
普段はあまり感情が表に出ないエルフィアからも、心配そうな雰囲気が漂ってくる。
入り口は人だかりで塞がれ、中に入ってイツキを止めることは叶いそうにない。
「イツキ……」
「イツキ様……」
気がつけば二人は祈るような想いで、食堂の中を見つめていた。
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