Episode#6 Battle in the Kitchen
俺が厨房に入ると、目の前では忙しく動き回る数人の調理係の姿があった。その中でも一際手際よく作業をする男。その男が俺の存在に気がついたのか、作業を終わらせゆっくりと俺のほうを向き、頭の先から足の先までじっくりと見回し、調理場から離れるように促してくる。俺はそれに従い男の後をついていく。
調理場とバックヤードの境のあたりまで戻ってくると、男がコック帽を取り、口を開いた。
「俺がここの料理長をしているガルドというものだ」
「初めまして。榛原一輝です。本日はよろしくお願いします」
「聞いた話によると、料理には自信があるそうだが」
「はい。というか、ガルドさんは、俺のこと料理が出来るように見えないとは言わないんですね」
俺がそのように言われなかったことは過去に一度だけ。それこそ、元の世界で勝手に俺のことを弟子にした料理屋の親父だけだったということもあり、思わず口をついて出た言葉がそれだった。
「俺は人を見かけで判断しない主義なんだ。実力さえあれば、どんな風貌であろうと、俺は歓迎するさ」
ガルドの硬かった表情がほんの少しだけ、柔らかくなったように感じ、俺は少しだけ緊張を解いた。
「さて、ここで長話をしているわけにもいかない。今日は忙しいからな。分からないことは遠慮なく聞いてもらって構わない。それと、食堂にはいろいろな種類のメニューがあるが、お前にはその中でも一番簡単なものを担当してもらうことにする」
「分かりました。頑張ります」
「頼んだぞ」
そう言い残して一枚の紙を手渡し、ガルドは厨房へと戻っていった。
「どれどれ、今日のメニューは、と」
どうやら、今日挑戦することになるのは、煮物らしい。
「確か、昨日の夜、エルフィアが食べていたような気がするな」
見た目は普通の煮魚だったし、これなら特に難なくこなせそうだ。少しだけエルフィアからもらったが、少しだけ味が薄いように感じたことを思い出し、少し今あるレシピに一工夫加えてみるのもいいかもしれないなどと、頭の中で考えながら、厨房に向かった。
厨房は相変わらず忙しい。次々と飛んでくるオーダーに対して、数少ない人数で仕事をこなしていかなければならない。
小気味よい揚げ物を揚げる音や、炒め物の音が俺の空腹にダイレクトに響いた。
「腹は減ったが、まずは仕事をしないとな」
各人持ち場があるようで、小さい厨房ながら効率良く仕事ができるように工夫しているようだ。俺が持ち場を探してキョロキョロ辺りを見回すと、奥のほうで手を振っている人物がいることに気がついた。
俺は、忙しく動き回る人達の間を上手くすり抜け、その人物のいる場所へと急いだ。
「すみません。遅くなりました」
「あぁ。キミが新入り君かい。今日はよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
年齢は俺より少しだけ年上。元の世界でいったら大学生か、ちょうどそれを卒業したくらいだろうか。人柄の良さそうな柔らかな笑顔で微笑んでいた。
「僕の名前は、エイク」
「榛原一輝です」
「イツキくんか。いい名前だね。それじゃあイツキくん。早速手順を説明していこうと思うんだけど、ちなみにここの料理を食べたことは?」
「はい。一応、昨日の夜に」
「となると、ほとんどうちの料理は食べたことがないと……」
エイクは、ふむふむと頷きながら、何やら考え込んでしまう。
「あの。エイクさん?」
「あぁ。すまない。こんなことは仕事をする前に言うべきことではないかもしれないけど、実はこの食堂で一番の不人気メニューはこの煮物なんだ」
エイクは悲しそうな表情で話しを続ける。
「ガルド料理長をはじめ、この食堂には小さな町の食堂と言う規模に見合わないほど腕の立つ料理人が集まっている。ついこの前まで煮物料理を得意としていた料理人がいたんだけど、その人が病で倒れてしまってね。それ以来僕がこの食堂の煮物料理を担当しているけれど、評判があまり良くなくてね」
「なるほど。そうだったんですね」
あの味が試行錯誤をしている途中だとしたら、合点がいく。
「そこで、キミが料理経験者であると見込んで、もっと良いものにするためにキミのアドバイスが欲しいんだ」
「俺なんかでよければ」
「本当かい? ありがとう。忌憚のない意見を頼むよ」
「は、はい」
「ともあれ、まずは普段の作り方を見せないとね。ちょっと待っていてくれ」
エイクは、そのまま食材のあると思われる食料庫のほうへと向かっていった。
辺りを見回すと、それぞれが真剣な面持ちで調理にあたっている。
「ん? なんだあれ?」
俺は、一人の料理人が手にしてる食材を見て目を疑った。
「あれは、よくRPGに出てくる雑魚キャラのス〇〇ムっぽくも見えるけど、まさかな」
しかし、さらに辺りを見回すと、さらに目を疑う光景が目に入ってきた。
グゴゴッ、グゲ、ゲコッ――
明らかにカエル系のモンスターを倒したような音がする。これはス〇〇ムに比べて、経験値がそれなりに入っているはず。何だったらレベルアップしていてもおかしくはない。
「…………」
いや、待て。おかしい。なぜなら、ここは神聖なる厨房。いくら異世界といえどもモンスターなど出るはずもない。ここは町の中。町の外に出ない限り出現率は0%のはずなんだ。
「おーい。イツキくん。お待たせー」
俺はものすごく嫌な予感がした。そして、こういう時の勘というものは嫌というほど当たるもので。
「いやー、今日のは生きが良くて大変だったよ」
「へ、へぇ。そうなんですか……」
エイクは調理台の上に
「キミも知っているとは思うけれど、厨房は戦場だからね。一瞬たりとも油断をしてはいけないんだ」
でしょうね。さっきのカエルとか見たことないデカさだったし。なぜか牙みたいなの生えてたし。本来なら火の加減や調味料の量に気を配るべきなんだろうけど、気を抜いていたら、それこそ自らが
「さぁ、今日の食材とご対面だ」
エイクは、恐れる様子もなく、ニコニコしながら箱を開けた。
「見てごらん。今日のは特に大きいものが多いだろう?」
「こ、これは……」
全長30cmほどの見ただけで食欲が減退しそうな極彩色の魚。エンゼルフィッシュを思わせるようなフォルムのその巨大魚は、よく見ると棘のように鋭いヒレが箱の一部を削り取っていた。顔の部分はピラニアをさらに凶悪化させたような『釣りで遭遇したくない魚ランキング』で、ぶっちぎりで一位をとってしまいそうなほど恐ろしいモンスターであることも同時に明らかになった。
「あの、これってどうやって調理するんです?」
「どうって、そんなの簡単さ」
エイクはナタのようなものを振りかざし、一刀のもとに極悪エンゼルフィッシュを真っ二つにした。
グギャ!
「ふぅ。今日は上手くいったみたいだね」
朝、シャワーを浴びてすっきりしたときのように爽やかな笑顔を浮かべるエイクを俺は、引きつった笑みを返すしかできなかった。
「さぁ、キミの番だよ」
「俺の番?」
「そうだよ。見たところ、この魚を調理したことはないみたいだからね」
「…………」
どうやら、俺の思っている以上考えていたことが表情に出ていたらしい。エイクが箱を持ってきたときは気がつかなかったが、先ほど真っ二つにされた極悪エンゼルフィッシュの入っていた以外にもう一つ、その箱よりも一回り小さい箱も持ってきていたようだった。
箱の中から出てきたのは、少し小ぶりな極悪エンゼルフィッシュ。小ぶりといえども鋭いヒレは刺さればかなりの痛みがあるに違いない。俺は、調理場には似つかわしくないナタのように長い刃物を手に取り、ゆっくりと刃物を近づけると、エイクが――
「そういえば、言い忘れていたけど、その魚はどうやら本能的に危機を察知する能力が高いらしくて、ゆっくりやると、手痛い反撃を食らうことがあるから、さっきの僕みたいにサクっと仕留めたほうがいいよ」
「えっ?」
俺は、思わずその言葉に反応し、よそ見をしてしまう。すると、それを待ってましたと言わんばかりに
グギャー!!
「あ、危ない!!」
ブスッ――
「い、痛ってぇ!! さ、さささ、刺さった!! 刺さりました! 刺さりましたわぁ」
自分でもよく分からないテンションになりながら、ヒレの刺さった左手を振る。
「っつー。そ、そういう、大事、な、ことは、先に言ってもらえませんかね」
「す、すまない。すぐに治療しよう。こっちへ」
幸い毒などがある棘ではなかったものの、料理によってはそういった
「これからは、僕が下ごしらえを担当するから、イツキには調味とかをお願いしようかな。さっきは本当に申し訳ない」
「いえ、自分がよそ見をしてしまったのも悪いんですし、大事に至らなかったのでそんなに気にしないでください」
「ありがとう。それじゃあ、早速だけど作業を再開しよう」
俺たちが作業を再開しようとすると、別の場所から――
グ、グゲ―!
「あ、危ねっ」
他の場所でも
「……僕たちも気をつけていこう」
「……はい」
どうやら、異世界の台所事情は、想像以上に壮絶なようだ。
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