Episode#5 隠れた才能?

「ふふっ」


「あのー。ミアさん?」


「はい。どうかなさいましたか? イツキ様」


「さすがに、くっつきすぎじゃないですかね」


今朝の心中未遂事件から、数時間。それからというもの、ミアは俺のそばから離れようとしなかった。


「……」


さすがのエルフィアも、この様子を見て引いている――


「き、鬼畜な……釣るだけ釣って餌を与えないなんて。ハァハァ」


そんなはずもなく、むしろ別の方向でエキサイトしていた。


「……とりあえず、昼飯を食べにいかないか?」


 太陽はすでに天頂にあり、お昼時を迎えたことを示していた。


「そうですね、イツキ様がそうおっしゃるのなら、私はどこまでもついてまいります」


 スリスリスリスリ――


 なぜか、さらに近づいてくるミア。結局、俺はその後もしばらくの間ミアにくっつかれたままただただ時間だけが過ぎていったのだった。



「うーん。困ったねぇ」


 俺たちが食堂に向かうと、食堂のおばちゃんたちが顔を見合わていた。


「何かあったんですかね」


「まぁ、何かあったんだろうな」


 食堂は、やたらと混雑しているわりには、普段はせわしなく動いているおばちゃんたちの動きが止まっていることに違和感を覚えた。俺は難しい顔をしていた食堂のおばちゃんたちに近づき声をかけた。


「あの? どうかされたんですか?」


「あぁ、それがね大変なのよ。実は、調理係を担当している人たちが全員休んじまってねぇ」


「全員って。出勤する人って予め決めてあるんですよね?」


「そうだったんだけどねぇ。実はその人たちも体調不良で倒れちゃったらしくて、今日は来られないらしいのよ。今日は特に人手が足りない日だったから、ホント参っちゃうわよ。ねぇ」


 おばちゃんたちは、何度も頷きながら唸っていた。


「イツキ様。何とかならないものでしょうか。私たちもこのままでは、お昼にありいつけないことになってしまいます」


 ミアが食堂のおばちゃんたちの様子を見て、気の毒に思ったのか俺のことを上目遣いで見つめてくる。


「それは困る。性欲は理性で抑えられても、食欲と睡眠欲だけはどうしようもない」


 エルフィアが、普段から性欲を抑えられているかどうかということについては、議論の余地がありそうだが、正直なところ俺自身も腹が減ってきているところだ。


「仕方ない。自分のためにも一肌脱ぐしかないか」


「イツキ?」


「イツキ様?」


 俺は、ポカンとした様子の二人をよそに、困り顔のおばちゃんたちに声をかけた。


「あの。もし、調理係がいないのなら、俺がやりましょうか?」


「へ?」


 おばちゃんたちは、突然の申し出に驚いたのか、鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔をして固まってしまった。


「いや、無理なお願いをしていることは承知してますが、このまま今いるお客さんを待たせ続けるわけにはいかないでしょうし、なにより自分たちもお腹すいてますから、ここで食べられないとなると、それなりに困るんですよね」


「イツキ。そんなこと言って大丈夫なんですか? イツキに家庭的な要素があるようには見えないのですが」


 エルフィアが俺の耳元でひそひそと囁いた。


「何、心配するな。元の世界では、そこそこ名の知れた料理店でアルバイトというか、もはやあれは弟子入りに近い扱いを受けていたから、料理の腕には自信があるんだ。任せておけ」


「さすがは、イツキ様。溢れる才能をひた隠し、いざというときに誰かのためにその才能を生かそうとするなんて、やはりイツキ様は私の王子様です」


 ミアが勢いよく俺の胸元に飛び込んでくる。体勢を崩しそうになりながらもなんとか俺はミアを受け止めた。


「えっと。それで、どうでしょうか?」


 まだ、食堂のおばちゃんたちから返事をもらっていない。俺は、改めておばちゃんたちに聞き返した。


「そうだねぇ。今は猫の手も借りたいくらい忙しいことだし、手伝ってもらうことはとってもありがたいのだけれど、本当に大丈夫なのかい? 仲間の子も言っているように、料理が得意そうには見えないのだけれど」


 元の世界でも言われ慣れていたことではあるが、なかなかに心にくるものがある。俺ってそんなに、料理ができなさそうに見えるんだろうか。

 顎に手をあて、首を傾げたりしながら話し合うこと数分。ようやく結論が出たのか、おばちゃんの一人が厨房のほうに入り、料理長と思しき男に声をかけると、その男は厨房の奥から俺のことをじっと見つめてくる。少しの間会話をした後、おばちゃんが俺のもとへやって来た。


「料理長から許可が下りたよ。早速で悪いんだけど、中に入って着替えてくれないかい。こっちだよ。ついておいで」


「はい。よろしくお願いします」


 俺は、おばちゃんたちに頭を下げると、にっこりと笑みを浮かべて俺を案内してくれる。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるから」


 俺は、ミアとエルフィアの二人に向きなおる。


「いってらっしゃいませ。イツキ様。お帰りをお待ちしております」


「頑張ってください。私たちもイツキの料理を楽しみ……に」


おや、エルフィアの様子が……


「エルフィア? どうかしたのか?」


「いや、イツキに料理されるというシチュエーションに妄想が働きまして」


「分かった。もういい。それ以上は言うな。自分で上手く消化してくれ」


「それはつまり、オナ――」


「え、エルフィア様。そ、その、あまりこういった公共の場でそういう、その、ひ、卑猥なことを言うのは……」


 珍しくミアがエルフィアを止めに入る。俺がいないことで仲裁する役が回ってきたと思ったのだろうか。顔を真っ赤にしながら、声が少しずつ小さくなりながらもエルフィアの発言を窘めた。すると、エルフィアが嗜虐的な笑みを浮かべ、ミアに近づく。


「ミア、ちょっとこっち」


「えっ? ちょっと、エルフィア様。どちらに?」


「大丈夫。怖くない。ちょっとだけミアに聞きたいことがある。ここより人が少ないところに行くから、誰かに聞かれる心配もないはず」


「あ、あの! 私、どうなってしまうんでしょうか? イツキ様! イツキ様ぁ!!」


 小柄なエルフィアに引きずられるようにして、ミアは店の外へと連れ出されていった。


 ミアはどうなってしまうのだろう。あの様子だと人通りのない裏路地か何かでエルフィアにミアのあんなことやこんなことを根掘り葉掘り聞き出されてしまうのだろうか。正直、気になった。


「あとでダメもとで聞いてみるか」


たぶん、教えてくれないだろうけど。


「おーい。早くなさい。待ってるよー!」


 バックヤードへの入り口のところで、おばちゃんが手招きをしていた。


「はーい。今行きます!」


 さて、気を引き締めていきますか。これを首尾よく成功させればこの世界における俺の役目という問題以外に残された、俺が懸念しているもう一つの至極現実的な問題もクリアされる可能性があるのだから。

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