Episode#4 ○○○○○、お前もか。
「おぉ! 意外といい部屋だな」
俺たち三人は、早速宿を確保し部屋に入った。ミアの持つ資金で二部屋借りることも決して不可能ではなかったが、収入のメドが立たない今、なるべく安く済ませるのがいいだろうとの俺の判断で一部屋に三人で泊まることになった。
一応断っておくが、やましい気持ちがあってこのような形になったわけではない。
「イツキ。今、スケベな顔してた」
「えっ!!」
ベッドに腰掛け、知らない間に
「やっぱり、そういうつもりで一部屋に」
すみません。許してください。美少女二人とお泊まりは男のロマンなんです。
とはいえ、ここは紳士なところを見せておくべきだろう。
「俺は、今後を見据えてやむを得ずにこのような形をとったんだ。ベッドはお前ら二人で使っていいからな」
「何も起きない間は、そういうことにしておきましょう。私もミアの次にシャワー使っていいですか?」
「あぁ」
今はミアがシャワーで汗を流している。俺も二人が済ませた後に利用させてもらうとしよう。
しばらくすると、ミアが着替えを済ませて戻ってきた。
「ふぅ。気持ちよかった」
シャワーで身体を暖めた、ミアの頬はほんのり朱に染まっていた。
「じゃあ。私も入ってくる。覗いたら、ダメ、絶対」
「しないから、安心して入ってこい」
「覗きじゃないからって、乱入してきたら――」
「しないから!!」
警戒するくらいなら言わなければいいのに、と思いながらもエルフィアを見送ると、ミアが俺たちのやり取りを見ながら笑っていた。
「お二人は、本当に仲が良いんですね」
「そうか?」
特別親しくしているつもりはなかったが、ミアからはそういう風に見えていたらしい。
「羨ましいです。イツキ様は、私の王子様なのに」
「王子様だった過去は一度もないんだが」
すると、ミアが俺のすぐ隣に座って優しく頭に手をのせてくる。
「きっと、この世界に来たときに記憶まで失ってしまったんですね。大丈夫です。それでも、イツキが私の王子様であることに変わりはありません」
ミアは少し寂しそうな表情をして、俺の肩に頭をもたれかけてきた。まだ、シャワーの余韻が残っているのか、火照った身体の熱が触れた部分を通じて感じられ俺はドキッとさせられた。
「ミア……」
「イツキ様……」
俺とミアがそれぞれ向き合い、ミアが目を瞑る。
あぁ。ファーストキスがこんな美少女とになるなんて、異世界転移してよかった。俺をこの世界に飛ばした何者かに深く感謝して少しずつ顔を近づけていく。
「あっ!」
あとほんのわずかだけ近づけば触れられそうなところで、驚いたような声に反応して俺はすぐに距離を取った。それを感じたミアも、閉じていた目を開けて声のしたほうを向く。
「イツキ。やっぱり」
「いや。これは、その」
「そうやって私だけ仲間外れにして、二人のイチャイチャラブラブエッチを見せつけておきながら、『お前はおあずけな』とか言って放置プレイするつもりなんでしょ。
「そんなことしないわ! てか、なんで一回、
エルフィアの中で俺の印象は一体、どうなっているんだろう、と小一時間問いたい。
「……」
俺とエルフィアのやり取りをミアは黙って見つめていた。
せっかく、流れとはいえ美少女とファーストキスができそうだったのにと、心の中で落ち込みつつ立ち上がる。
「はぁー。俺もシャワー、行ってくる」
「はい」
「いってらっしゃい」
二人の短い返事を聞いて、その場を後にした。
シャワーを浴びながら、異世界にやって来てから俺の身の回りで起きたことを振り返る。
天の声に誘われ、やって来た異世界。目的は没個性的な日常を脱却すること。
「目的が曖昧すぎるんだよなぁ」
それどころか、自分が何を成すことができるのかということすら分からない。
「お困りのようですね」
すると、俺をこの世界に送り込んだときと同じように天の声が聞こえてきた。
「あぁ。俺は何のためにここに来たのかということにな」
「おやおや。貴方は、あわよくばラノベ主人公みたいにハーレムを作れるかも、と意気込んでいたではないですか」
「本当にそれが、俺の役目なのか?」
俺の言葉にふむ、と天の声が考え込む。
「役目であるとも言えますし、そうでないとも言えますね」
「もっと簡潔に説明できないのか?」
「簡単に言えば、すべては貴方次第です。分かりやすく色で例えるなら、貴方は元の世界では何色でもない、無色透明でした。ですから、この世界の貴方も今は無色透明のままです。しかし、そうであるが故に、この世界では貴方に無限の可能性が生まれます。そのように創られています」
俺は黙って天の声の話に聞き入る。
「ですから、ご自身の思うがままに動いてみることを強くお薦めします。これ以上は私の越権行為となりますので、後は貴方自身でよくお考えください」
「あっ? ちょっと!」
俺が引き留める間もなく天の声は反応を示さなくなった。
「何とでもなる、か」
俺はひとしきり考えてから、シャワーを終えてエルフィアとミアが待つ部屋に戻る。
「なんだ、あいつら。もう、寝てるのか」
決して大きくはないベッドで、エルフィアとミアは静かに寝息をたてていた。
その姿を見て、俺も眠気を誘われ大きくあくびをした。
「いろいろあって疲れたし、今日はもう寝るか」
俺は簡素な横長ソファーに身体を預け、そのまま眠りについた。
翌朝――
俺は身体に微かな重みを感じて、目を覚ました。初めは慣れないソファーで眠った弊害を疑ったが、意識が少しずつ覚醒するにつれてどうにも物理的に何かが乗っかっているように思えた。
「んんっ?」
眠い目をこすりゆっくりと目を開けるとそこには驚きの光景が広がっていた。
「!!?」
「起きてしまいましたか。おはようございます」
俺に馬乗りになって、にこやかに笑みを浮かべるミアの姿が目に入った。これだけならよかったのだが、ミアの右手には、鈍色の刃物が握られていた。
「おはよう。ミア。寝起きにしては随分と過激すぎないか?」
俺は冷静に言葉を紡いだ。
「あぁ。これですか」
ミアは、持っているそれにチラリと視線を送る。
「私、気づいちゃったんですよね」
「気づいた?」
俺はミアの言葉を繰り返した。
「はい。どうすれば、王子様と、イツキ様と離れ離れにならないで一緒にいられるか」
俺は、ミアの獲物を視るような目に射すくめられる。
「昨日、イツキ様とエルフィア様が仲良さそうにしているのを見て、心のどこかで嫉妬していたんだと思います」
「俺とエルフィアは、別にそういうのじゃ」
俺が言おうとしたところで、ミアが首を振る。
「そうじゃないんです。きっとこうなる運命だったんですよ」
ミアが刃物をちらつかせる。
「この世は、私とあなたを
いきなり、愛が重い。重すぎる!
「おい! エルフィア、起きろ!」
俺が大声で叫ぶと、眠そうな声でゆるゆると起き上がった。
「何ですか? 起き上がるのは、イツキのチ○チ○のほうじゃないんですか?」
お前は何を寝ぼけていることを良いことに、爆弾発言投下してんだよ!
俺が身を捩ると、それに気がついたミアがゴソゴソと自らの服をまさぐる。
「そうはさせませんよ」
いつの間に準備していたのか、ミアは縄と取り出し、俺のことを拘束する。
「ん? イツキ? ミア?」
エルフィアの意識が少しずつはっきりとし始め、目の前で起きている事態が異常であることに気がついたようだった。
「イツキって、SMプレイが好みだったんですか?」
「違うわ! そんなわけあるか! 俺はどちらかと言うと優しい世界で生きていきたい人間だわ」
って、命の危機というときに何で性癖暴露させられてんだよ。
「俺が言いたいのはそうじゃなくて、俺の命の危機だということが分からないのかということだ」
「そうなの? 喜んでいるのかと思った」
やはり、何一つとして異常事態の要素をを感じ取れていなかった。俺は単独でミアの説得に入ることにした。
「待て。よく考えてみろ。ここで俺を殺して、お前が後を追って死んだとして同じ場所に行く保証はあるのか? 今ならまだ、この世界でお前を愛してもらえるチャンスがあるかもしれないのに、それを、わざわざ棒に振るのか?」
「この世界にもはや、未練はありません。私はあなたに私だけを選んで欲しいんです」
眠そうだったエルフィアもやや驚いた表情を浮かべる。俺はミアの発言を一つ一つ噛み締める。そして、俺のなかで一つの結論に至った。
俺はミアの顔を見つめて一言一言丁寧に話した。
「俺はお前のことが気になっている!! おっぱい大きいし、美少女だし、何か知らないけど俺のこと大好きだし。ぶっちゃけ、男冥利に尽きるというか」
きっと今、俺の顔は茹でられたタコのように真っ赤になっているような気がした。それでも俺は、言葉を続けた。
「俺はもっとお前のことを知りたい! ミアは俺のこと、王子様のことを知っているかもしれないけど俺はそれ以上にミアのことを知りたいんだ」
ミアはその言葉を聞いた瞬間、ハッと目を見開いた。
「だから、キミの望む形になるかどうかは分からない。それでも、今のミアと一緒にいたい。ダメか?」
「.......」
エルフィアは、完全に呆気にとられ言葉を失っていた。そして、ミアはというと。
持っていた刃物を振り上げていた。俺は静かに目を閉じる。
あぁ。万事休すか。
だけど、最後にしてはいい口上だったんじゃないだろうか。誰か後々に語り継いでくれないだろうか、など思った以上にどうでもいいことが頭の中をよぎった。
そして、ちょっとした風切り音がして、俺の身体に痛みが――
走るようなことはなく、むしろ拘束がほどかれ身体の自由度が増した。
ゆっくりと目を開けると、瞳を潤ませこちらを見つめるミアの姿が映った。
「やはり、あなたは素敵なお方です。そこまで言われたら、立ち止まるしかないじゃないですか」
俺は大きく息を吐いた。どうやら、無事にミアの愚行を止めることに成功したらしい。
まさか、ミアがここまでするような子だとは思ってもみなかった。
「ありがとう。今日のことは少し驚いたけど、これからもよろしくな」
「はい」
ミアは満面の笑顔で返事をした。
「……」
ふと、ベッドのほうを見るとエルフィアは再び眠りについていた。
こうして、突然のバッドエンドの窮地を脱したわけだが、この後、ミアの愛がよりハードなものになったのは、もはや言うまでもないだろう。
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