Episode#3 物語を越えた再会(?)
俺は『マッチ売りのドスケベ少女』エルフィアとともに、再び町の中心に戻ってきた。
「いやー、意外と人がいるな」
「そうですね」
戻ってきたは良いものの、一文無しの状況に変化はない。俺は異世界転移ものの主人公たちが一体、どうやってこの窮地をクリアしていっていたか、思い浮かべてみた。
なぜだろう。よく考えてみると彼らにはヒロインとともに宿やらお金やらが付いてきているような気がする。
「ふむ」
俺は近くにいるエルフィアを見る。黙っていれば清楚で可愛らしい女の子だが、謎のスイッチというかそういったものを連想させることを言ったりしたりすると何とも残念なドスケベ少女になるヒロインが一人。無論、お金や宿は付いてない。
「何ですか? 今、ものすごく失礼なことを考えていたように見えました」
「そんなわけあるか。黙っていれば可愛いもんだなと思っただけだ」
「か、可愛いだなんて」
すると、珍しくエルフィアの様子がしおらしくなる。
さては、こいつ、意外とこういうのに慣れてないのか?
「そうやって言って、私がデレたことをいいことにいろいろさせるつもりですね? そ、そう簡単にはいきませんよ」
あぁ、やっぱりこうなるか。と思いつつ、エルフィアの新しい一面に気づけたことは、収穫があったというべきだろう。
「なぁ。宿を簡単にゲットする方法って何かあると思うか?」
「そんなの簡単です」
エルフィアがぴしゃりと言ってのける。
「ちなみにどんな方法だ?」
「愛に餓えてそうな人を探せばいいんです。具体的にはお金だけはもっていそうで、ストレスを抱えていると尚、落としやすいかと」
「却下だな。採用の余地なし」
「お手軽で手っ取り早いですよ」
そんなカップラーメンやレトルト食品のの謳い文句みたいに、易々と自分を売らないでもらいたい。
「やっぱり、働くしかないのか」
異世界にまで来て、労働を強いられることになろうとは、夢にも思わないだろう。俺が道端で頭を悩ませながら、ため息をつくと、何やら仰々しい集団が列を成して俺たちの前に現れた。
「領主様のお帰りだ。領主様がお帰りになったぞー!」
男の声を聞いて、町の人々はその集団を見つけるやいなや、その場にひれ伏した。俺たちもそれに倣い、その場で土下座をするような格好になる。
まるで日本の江戸時代の大名行列のようなそれは、しばらくすると俺たちの目の前にから町の奥にある城へと向かっていってしまった。
「あれは、一体何だったんだ」
俺たちは頭を上げ、辺りを見回す。気がつけば町の人々は何事もなかったかのように振る舞っていた。
「ん? あれは」
俺は例の大名行列が通った後の場所で何やら光を反射してキラキラと光る物が一つそこに落ちていることに気がついた。
金貨や銀貨、そうでなくても金目の物であればひとまずの宿は確保できる。そう思った俺はエルフィアを置いて、一目散にそれのある場所へと目指した。エルフィアは驚いた様子で後を追いかけてくる。
「イツキ? どうかしましたか?」
「いや、これ」
俺が近づいて確保したものを見て、エルフィアは不思議そうな顔をする。
「これは、靴?」
「あぁ。そうみたいだな」
俺が拾ったのは金貨でも銀貨でもなくガラスでできた靴だった。精緻に創られたそれは、誰かのために誂えたかのように繊細なものに見えた。
「ガラスの靴か」
俺の頭の中に浮かんだのは、『シンデレラ』の物語。俺はこの時点で次にくるヒロインを察してしまう。とはいえ、かの物語のヒロインであるシンデレラが恋をするのは王子だったように思う。
これを俺が拾ってしまってよかったのだろうかとしばしの間、考える。
「イツキ。それ、見せて」
突然、エルフィアが俺からガラスの靴を奪い取る。
「おい。あまり雑に扱うなよ」
「おっと、危ない」
「!? お前、口だけの悪ふざけにしては、悪意があるぞ」
「ごめんなさい。ただ、よく見せてもらって分かった。これは売り物にはなりそうにない」
エルフィアは、素直に俺にガラスの靴を手渡してきた。俺も、ガラスの靴を空にかざしてみる。汎用性の低そうなガラスの靴は幾分の芸術的価値はあるのかもしれないが確かに売り物にはなりそうになかった。
「となると、本当に意味がないものなのか」
「私、試しに履いてみてもいい?」
道の端のほうで通行の妨げにならないように、エルフィアがガラスの靴に足を入れようとするが、やはり入らない。そんなこんなで、ガラスの靴を道端に放置するか、安くてもどこかに売り飛ばして換金するか本格的に悩み始めたところで、一人の少女に声をかけられる。
「あっ! あなたは!!」
「はい?」
少女は俺の顔を指差し驚きの表情を浮かべ、持っていた果物などの入ったカゴを取り落とした。
「イツキ? 知り合い?」
近くにいたエルフィアがボソッと耳打ちしてくるが、本当に面識のない俺は黙って首を横に振った。すると、少女は取り落としたカゴなど目もくれずに俺の胸元へとダイブしてきた。俺は、思い切り抱きついてきた少女を受け流すわけにはいかずそのまま受け止めた。
「ようやく会えた。私の王子様」
「はぁっ!?」
俺やエルフィアの驚きをよそに俺の身体にすり寄ってくる。
うわっ。この子、おっぱい大きい。
少女が身体を寄せてくるたびに俺との間で、柔らかい感触が暴れまわる。
一瞬とはいえ、スケベ顔になった俺のことをエルフィアは怒るかと思いきやエルフィアはエルフィアで全く別のことにエキサイトしていた。
「きっと、私はあの子と取って替わられて私は外に身体を売りに行(イ)かされて、あの子はあの子で豊満な胸をイツキに弄ばれることに、ハァハァ」
俺はエルフィアの様子を見て、シンと冷静さを取り戻すことに成功した。
「あの、えーと。王子様というのは俺のことか?」
俺は胸元にすり寄る少女に問いかけた。
「はい! 私を受け入れてくれたときの抱きしめ方、顔のパーツ、服装は当初とやや違いますが、身長や体格は私の記憶の限り間違いありません」
残念。キミの記憶は誤りだらけだ。と、言ってあげたいところではあるが、これだけ自信満々に言われたらこっちの言い分を信じてもらえるかどうかは微妙なところだろう。少女は、そのまま話を続ける。
「さらにそのガラスの靴を持っていることが何よりの証拠です。その靴は私しかちゃんと履くことができないはずなのです。少しその靴を貸して頂いてもいいですか?」
「あ、あぁ」
俺はその靴を少女に手渡すと、座り込んでガラスの靴を履き始めた。
「本当に履けるものなんですかね」
「さぁな」
ついさきほどガラスの靴が履けるかどうか試したエルフィアは、俺の横で疑問を口にしていた。
「はい。できました!」
少女は立ち上がり、足元を見せてくる。
「おぉ」
「本当に履けるんだ」
「もちろんです。私のための靴ですから」
えっへん、と胸を張りそれが少女のものであるということを主張してきた。
「突然、この世界に連れてこられて、もう二度と王子様には会えないと思っていましたがこんな形で再会できるなんて。日々、コツコツ働いてきたことが報われたのでしょうか」
俺とエルフィアは、少女の言葉の一部に敏感に反応した。
「どうやら、彼女も別の世界からここにやって来たみたいですね」
「あぁ。そうみたいだな。なぁ、キミ。名前は?」
エルフィアの言葉に同意を示してから、俺は少女に名前を問うた。
「私の名前は、エラ。でしたが、私はこの名前があまり好きではありません。ですので、お好きなようにお呼びください。王子様からお名前を頂戴できるのであれば、これを超える喜びはないと存じます」
おっと。これは完全に無茶ぶり展開だぞ。エルフィアのほうを見るが、あまりあてにならないだろうと、自らの頭の中で思い付く限りの女の子の名前を少女にあてる。
「よし。決めた! キミの名前は、ミアだ。前の名前とあまり変わっていないような気もするけど」
俺が控えめに言うと、ミアは首を横に振り嬉しそうな顔をしていた。
「私、ミアは貴方のお側について行きたいと存じます、えっと――」
「俺の名前は、榛原一輝だ。よろしく」
「イツキ様ですね。分かりました」
「えっと、そちらの方は」
「エルフィアです。主にイツキの下のお世話をしています」
「はぁ」
エルフィアの自己紹介にが納得しそうになっていた。
「おい、ちょっと待て。そんなことしてもらった覚えもないし、させた覚えもないぞ。記憶を捏造するな」
「そんな! あの程度はお世話にならないと。あんなにハードなことをさておいて」
「すまん、ミア。こいつ、一度こうなるとしばらく止まらないんだ」
「はぁ。なるほど」
暴走するエルフィアを無視して話を進めることにした。
「ところで、俺たちについてくるのは別にいいんだけど、ちょっと宿に困っていて」
「なるほど。王子様もこの世界に飛ばされてきた身。お金もなければ、持っていた領地もないということですね」
ミアは俺の言葉に少し考え込んでから、ポンと手を叩いた。
「それならば、今までこの地で地道に蓄えてきたものをすべてイツキ様に捧げます」
「えっ? いいのか?」
「もちろんです! その代わり私をずっと貴方の側において頂けますか?」
やや強迫めいた感じはあるが、自分の全財産を託すのだから当然といえば当然かもしれない。
「分かった。俺はキミを見捨てるような真似はしないと約束するよ」
少女は満面の笑みを浮かべ再び俺に抱きついてきた。
「もう、放しませんよ」
「ん?」
ミアが小さな声で何か言ったように聞こえたが、周囲の音でかき消されてしまった。
「何でもありません。そろそろ、宿に行きませんか?」
「そうだな」
こうして、奇しくも当面の資金を手に入れた俺は美少女二人と部屋を共にすることになった。
ミアは王子様(俺)のことが好きすぎるような気がしないでもないが、エルフィアのように脳内ピンク色というわけではなさそうだ。
「ようやく、正統派ヒロインの登場か」
などと言ったら、エルフィアに失礼かもしれないが俺の本当の意味での異世界生活はここから始まるのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
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