Episode#2 テンプレでよかったのに
「おぉ! ここが――」
目を開くとそこには、先ほど映像でみた世界が広がっていた。店先にかかっている看板は、異世界語で読めないなどということはなく、しっかりと日本語として理解できるようになっていた。
「さすが、異世界転移。ご都合主義だな。まぁ飛ばされた側としては助かるけど」
大きく深呼吸をして異国情緒を肌で感じ取る。そして、俺は兼ねてから夢見ていたことを思い出した。
「さては、俺が何かの能力に目覚めて世界を救ったり、超絶可愛いヒロインたちとイチャラブハーレム的な日常を送ったりできるのか?」
だとしたら、俺をここに送ってくれた天の声に感謝しかない。心踊らせながら町の中心に向かった。そこは、ラノベやゲームの世界で見るような異世界の町そのもので、主人公の期待はピークに達した。
「あの――」
街をあちこち眺めながら歩いていると、突然後ろから声をかけられる。
きたー!! 俺のヒロインちゃんがぁぁぁ!
心の中で大きくガッツポーズをとり声のした方向を振り向くと、そこにいたのは表情の乏しそうな小柄な少女だった。
「あの、マッチ買ってくれませんか?」
なるほど、ここは『マッチ売りの少女』の物語の世界なのか?
少女がヒロインだとしたら、第一印象はとても大切なものになるはず。ようは、フラグをたてる必要があるということだ。
俺はひとまず少女の歓心を買うためにマッチを買おうとポケットに手をかけたがそこで肝心なことに気がついた。
そういえば、俺、お金持ってないじゃん……
持ってないものは仕方ない。ここで嘘をついても得はないだろう。俺は、少女に正直に手持ちがないことを伝えた。
「すまん。買ってあげたいところなんだけど、今ちょっとお金がなくて」
「買ってくれないんですか?」
あまり表情に変化がない少女に、悲壮な空気が流れる。あぁどうしよう。このままだと、バッドエンド直行な気がしてきた。
俺が頭を悩ませていると、少女が主人公の袖をちょんと引く。
「あの。ついてきてもらってもいいですか?」
少女に連れられて、何やら細い裏道を通って人通りない場所に連れてこられる。
「あの。ここで一体何をするんだ?」
主人公が問うと突然、少女が自分の着ている服をはだけさせる。
「ちょっ、ちょっと!?」
主人公が止めようとすると不思議そうな顔して動きを止めた。
「何で止めたの? あなたも私の身体目当てなんでしょ?」
「はっ?」
「お金ないとか言って、私が困っているところに漬け込んで『ぐへへ、お前が身体を捧げたら払ってやるよ』とか言って私のことを貪ろうと考えてたんでしょ?」
「ちょっと待て。なんでそうなった?」
「ちょっと股を開け? やっぱりそうなんだ」
「言(イ)ってねぇよ!!」
「つまり、『俺をイかせるまでお前の×××を使い込んでやるぜ』ってこと?」
「難聴かよ!」
「えっ? 浣t――」
もう嫌だこの子。全然話が通じない。大人しそうな顔をして超ドスケベじゃん。半端ないって。少女はなぜかほんのり顔を赤らめていた。
「おい! そんなところで何をしている」
この町の衛兵らしき刀をもった人物がやって来た。いくら異世界とはいえ、こんな場所に少女を連れ込んだらお縄につくことになりかねない。
俺は無関係を装い、少女を取り残して裏路地から出ようとすると少女に手を取られる。
「いいんですか? ここで私がレイプされたって主張したらあなたの人生はここで終わりますよ」
「何が言いたい?」
「私を養うことを条件に、あなたにかけられるであろう冤罪を帳消しにしてあげましょう」
「おい。今、冤罪って言ったよな!」
「冤罪だ、と言ってもあなたはそれを主張する術がありません。さぁ、どうしますか?」
まさか、異世界でこんな目にあうとは思わなかった。いや、むしろ異世界だからこそなのかもしれない。じわじわと迫ってくる衛兵。少なくともここで捕まるようなことは避けなければならないと考えた俺は、致し方なく少女の話に乗ることにした。
「分かった。その条件を飲もう」
「交渉成立ですね」
少女ははだけた衣服を元に戻す。
「おい! お前たち、こんなところで風紀を乱すような真似をしていたわけではなかろうな?」
衛兵が俺たちに問う。
「別にそのようなことはありません。ただ、この時間の表通りは明るいので暗い場所に行ってマッチにきちんと火がつくかどうか確めてもらっていただけです」
少女は衛兵にマッチの入った籠を見せる。すると衛兵が俺のほうを睨む。
「本当なんだろうな? 何やら見たことのない怪しい服装をしているが」
「えぇ、本当の、本当です。何一つ嘘偽りはございません」
衛兵は俺たちの顔を見て、少しの間考え込んでから話し始めた。
「今回はお前たちの主張を信じよう。ただ、このような場所で取引することは好ましいことではない。以後、気をつけるように」
「はい。気をつけます」
「分かりました」
少女と俺の返事を聞くと、衛兵は踵をかえして大通りの方向へと戻っていった。
「ふぅ。危なかった」
「一度、表通りに出ましょう。別の衛兵が回ってくるかもしれません」
俺は少女に手を引かれて、表通りに出る。そのまま、少し歩いて町の中心部から離れた場所にある小川の側に二人で腰かけた。
「さて、あなたに養ってもらう件について話す前に自己紹介がまだでしたね」
どうやら意地でも俺に養ってもらう気らしい。
「私の名前はエルフィア。あなたは?」
「榛原一輝だ」
「イツキ。よろしく」
『マッチ売りの少女』エルフィアが、恭しく頭を下げる。先ほどの暴走は夢だったのかという思うほどだ。
「あぁ。よろしく。ところで、エルフィアを養うって話なんだけど、ワケあって残念なことに本当にお金がないんだよな」
「あれ、嘘じゃなかったの?」
「だから、そう言っただろ?」
すると、表情の変化に乏しいエルフィアが珍しく少し困った表情を浮かべる。
「前にいた世界なら、少なくとも家があったからよかったけどそれすらもないなんて・・・・・・」
ん? 前の世界なら?
俺は、エルフィアの言葉に引っかかりを覚えて、エルフィアにその部分について聞いた。
「前の世界って何のことだ?」
「私が、小さい頃からマッチ売りをしていた土地のこと。ついこの前、突然、白い光りに包まれて気がついたらこの世界にいた」
「!?」
エルフィアの証言に俺は心当たりがあった。まさにこの世界に来るタイミングで遭遇した現象だ。この少女も俺と同じように違う場所からやって来たとするなら、この世界は、『マッチ売りの少女』がモチーフになった舞台ではないということになる。
「どうかしたの?」
「いや、実はその現象で俺もここに来たんだ」
俺の一言にエルフィアが驚いていた。
「そうなんだ。だから、お金も持ってないと」
「あぁ。ひとまず、宿を探すと同時に俺たちと同じような境遇のやつを探してみよう。何か共通点があるかもしれない」
「う、うん。それはいいんだけど」
エルフィアが何やら頬を赤らめて言い淀んでいる様子を見て、俺は首をかしげた。
「その、宿は一部屋?」
「お金が用意できなければ仕方ないだろ?」
「まさか、お金を工面するために私に売りをやらせるんじゃ」
「そんなことしないって!」
「でも、一部屋ならあなたが寝ている私に悪戯と称して卑猥なことをするんじゃ」
見た目は清楚そのものなのになぜここまで頭の中が、ピンク色な女の子なのかと少し残念な気持ちになりながら、その場で立ち上がった。
「ほら、町に戻るぞ」
「まっ、待って。おっ、とと」
エルフィアは石につまずきそうになりながら、俺の後についてきた。
そういえば、魔法とか使えるのかどうか全く確認してなかったことを思い出し、後でひそっりやってみようと思ったのだった。
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