ドロップアウト・ヒロインズ
築家遊依那
Episode#1 平凡であるがゆえ
「あぁ~。平和だ」
高校に通い始めてはや、二ヶ月。俺、
ただ、少しだけ贅沢を言わせて欲しい。どうせならもう少しイベントというか、リアルが充実しそうな展開が巻き起こってもいいんじゃないかと思う。具体的に一言で言うなれば、後輩に告白されるだとか、彼女ができる、みたいなことだ。
「そんな気配、まるでないけどな」
帰宅部の俺は、部活で青春するみたいなこともなければ、クラスでも目立って何かをするような人間でもない。
「そりゃ彼女なんて、夢のまた夢だよな」
それでも、俺がそんな退屈な日常を平然と過ごしていられるのはきっと『あれ』が家で待っているからに違いない。
「さて、家に帰って荒んだ心を癒してもらうとしよう」
俺はさっさと荷物をまとめて、誰と挨拶することもなく家路についた。
早足で家に帰ると真っ先に自室へ向かい早速、ベッドに身を投げ出す。
「あぁ。今日も何もなかったなぁ。さて、『あれ』でもやるか」
俺は机に置いてあるノートパソコンを手に取りベッドの上で起動する。パスワードを入力するとデスクトップ画面にはたくさんのアイコンが並んでいた。
「今日はどれにしようか」
そう。俺の荒んだ心を癒す処方箋。それは、可愛い女の子たちとイチャラブできる、俗に言うエロゲーというやつだ。リアルに潤いがない俺はここからリア充成分を補充するようにしている。
「別に可愛い女の子だったら、二次元でもいいんだからね!」
なんて一人で強がってみる。若干の虚しさと自分の言い方に腹立たしさを感じたが、今さら気にするようなことでもないだろう。パソコンのデスクトップ画面のアイコンに矢印を当てながらああでもないこうでもないと一人悩んでいると、まだパソコンにインストールしていないディスクがあることを思い出した。
「そういえば、少し前に体験版とか言って配ってたやつがあったな。それやってみるか」
俺は机の引き出しから一枚のディスクを取り出しパソコンのドライブに入れる。
「見たことないブランドだな。新規か?」
『神様そふと』? なぜそんなに意味不明なブランド名をつけてしまったのか、つけた人物のネーミングセンスを疑いたくなる。
「ふーん。童話とか伝説とかがモチーフになってるみたいだな」
インストール画面にはディスクに描かれていたキャラたちの立ち絵が映っていた。わりと好みな絵柄だった。
「よし。終わったみたいだな」
パソコンからディスクを取りだし、ケースにしまう。
「容量的にはそれほど長くなさそうだし、サクッと終わらせるか」
俺はヘッドホンをつけて、デスクトップに新たに表示されたアイコンをダブルクリックした。ソフトが起動し、お決まりのメーカーロゴが現れる。その後にどこのブランドでも必ず表示される注意書きに何となく目を向けると不可解な一文が目に入った。
「ん? なんだこれ? 『このゲームは、選ばれし方のみがプレイできるリアル恋愛アドベンチャーです』だって?」
それを目にした直後、モニターが明滅して辺りが真っ白な光りに包まれる。
「うわっ! 眩し!! な、なんだ!?」
部屋にいたはずの俺は、上と下も右も左も真っ白な空間に取り残された。目につくのは何もなく上下の感覚は自分が立っていることで足のあるほうが地面だということだけが理解できる不思議な場所。辺りをキョロキョロと見回すと、頭の上から女性の声が降ってきた。
「ハジメマシテ。ハイバライツキさん」
「あっ、はい。初めまして」
「今の状況にさぞ、驚いていることでしょう。何も心配することはありません。貴方は選ばれたのです」
「選ばれた?」
俺は天の声の言葉を反復する。
「えぇ。貴方は普通の世界から普通すぎるが故に追放される人物として選ばれたのです」
「それってつまり、俺はいらん子として世界からハブられたってことだよな?」
「確かにそういうことになりますが、安心してください。あなたのための新たなステージは既に用意されています」
天の声に続いて、目の前にゲームなどでよくある中世の町並みの映像が流れ始める。石畳の道路に赤レンガの家々が立ち並び、遠くを見渡せば雪を被った山脈がありいかにも異世界というような世界がそこには広がっていた。
「ここが、俺の新天地……」
「はい。ここが貴方の新たな生活の場所、エクシール地方」
「エクシール地方……」
俺は流れる映像に釘付けになりながら、天の声に耳を傾ける。
「この場所で貴方には、没個性的な生活から脱却していただきます。もし、それが実現できなかった場合――」
「実現できなかった場合?」
「世界から退場していただきます」
世界から退場というのは、きっと俺の死や存在の消失のことを言っているのだろう。
「なるほど。これ以上にないほど分かりやすいな」
しかしこれって、俺にとって平凡な生活を脱するまたとないチャンスなのでは? と、考えた俺は真っ白な天に向かって声を張り上げた。
「分かった! やるのは構わないが、俺が無事にミッションをクリアした場合の見返りはあったりするのか?」
「そうですね。その提案がくるとは予想していませんでした。いいでしょう。考えておきます」
「なら、決まりだな」
「承知しました。では、貴方にとって意義ある人生になりますように」
再び辺りが真っ白な世界に変わり、やがてキーンという耳障りな音が頭の中で響く。
きっと、次に目を開けたときには、新しい世界が俺を待っている、そう思いながら目を閉じた。
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