師匠と弟子

 見上げれば一雨来そうなどんよりとした空模様の中、ジャングルキャットは不自然に木が伐られて(いや、斬られたが正しいだろう)できた道を歩いていた。


「戦い方のこととかも聞きたかったら明日また来てくれんか?」

 この言葉に従いジャングルキャットはクロヒョウが歩いて行ったこの道を進んでいる。

 数分ほど歩いていると徐々に道が広くなっていき、奥に木でできた小屋に着いた。

 奥の方にはセルリアンを模した人形やヒト型のボロボロになった木の人形が無造作に置いてあった。


「昨日は何の話も聞けなかったし、今日こそは強くなる方法…いやヒントだけでも貰わなきゃ…!と思って来たものの、あの様子は完全におかしかったわよね…。日を改めれば話すとは言ってたけどちょっと心配ね」


 昨日のクロヒョウの豹変っぷりを思い出し少し怖くなったが、頭をプルプルと揺らし頬を叩き気を引き締め直す。




 どうやら入り口は正面のドア一つのみで、窓も中が見えるような穴もないので中の様子はわからない。

 本当にクロヒョウはここにいるのだろうか。

 正面のドアまで行き軽くたたく。

 すぐには反応がなかったが、数秒後木の上を走る音が聞こえすぐさまドアが開いた。

 そこにいたのは紛れもなくクロヒョウだった。


「やぁいらっしゃい。ちゃんと約束通りにきはったな」


 クロヒョウは昨日の様子が変な時のクロヒョウではなく、落ち着いた様子のクロヒョウだった。

 ジャングルキャットは胸をなでおろし、一息をついた。


「えぇ、来たわよ。今日こそはあなたの強さの秘密とか強くなる方法とか教えてもらうんだからね!」

「ええよ、とりあえず中に入って。もうすぐ一雨きそうやから」


 そういうとクロヒョウはドアの横に移動し、ジャングルキャットを招き入れるように手を動かした。

 ジャングルキャットはそれに応じるようにそそくさと中に入っていった。



 ※



「とりあえずそこの椅子に座って待っとってな。」


 クロヒョウの住む小屋は見た目より狭く家具などもそこまでないが、椅子と机などの生活に必要不可欠なものは大体そろっていた。

 ジャングルキャットに座るよう促した後、クロヒョウは奥の部屋のほうに行ってしまった。


「案外いい部屋に住んでるのね…私の寝床とは大違い…」


 もともとジャングルの木の上で生活しているジャングルキャットからしてみれば、小さな小屋でも雨風をしのげる場所はうらやましいものである。


「ええやろ?ヨーロッパビーバーがウチのために作ってくれたんよ。セルリアンハンターになった記念にって」


 クロヒョウがじゃぱマンと水の入ったコップをもって戻ってきた。

 テーブルにそれらを置いた後、クロヒョウも木でできた椅子に腰かけた。


「へぇ~、ハンターにもなるとこんないいことがあるのね」

「まぁうちはなろうと思ってハンターになったわけやないんやけどな。師匠に『お前はセルリアンハンターになれ』って言われてな」

「ん?師匠?クロヒョウは最初から強かったんじゃないの?」

「いんや、うちは最初は弱かった…。うちが弱かったせいで、あの時は何にもできなかったんや…」


 そういってクロヒョウはコップの水を少し飲み、うつむいてしまった。

 その様子はいつもの強気で落ち着いたクロヒョウでも、昨日の様子のおかしかったクロヒョウでもない、弱弱しくなったクロヒョウだった。


「ねぇ、わたしが強くなる方法は後回しでいいからさ、何があったか教えてくれない?」


 様子を見兼ねたジャングルキャットは、昨日から思っていた疑問を投げかけた。

 クロヒョウはおもむろに顔を上げ小さな声で「ええよ」とつぶやいた。


「――うちには昔、おねえちゃんがおったんよ」



 ※



 お姉ちゃんっていうのは『ヒョウ』っていうアニマルガールなんよ。

 うちらは片時も離れずにずっと一緒で暮らしてたんや。

 ご飯を食べるときも寝るときも、喧嘩したっていつの間にか仲直りしてて、セルリアンだって二人で力を合わせて倒してた。

 そんな幸せな時間を過ごしてたんや。


 ――でもある日その日常は一瞬にして消えてもうたんや。


 うちらはいつも通り、のんびりと木の上で昼寝をしてた。

 そんなとき遠くから今まで見たことのない大きさのセルリアンが全速力でこっちに向かってきたんや。

 木の上にいれば気づかれないだろうと思ってたのが間違いやった…。

 そいつは自分らがいた木ごと倒してきたんや。


 ヒョウお姉ちゃんは軽く着地して体制をすぐに立て直してたんやけど、吹き飛ばされたうちは地面に強くたたきつけられてもうたんや。

 突然のことに体が言うことことを聞かんかった。

 そんなうちにあの大きなセルリアンが近づいてきたんや。



 本当に怖かった

 このままうちはこの大きなセルリアンに食べられて…

 全部忘れてまうんやって…



 そんな気持ちもいざ知らず、セルリアンはその大きな口を開き飛びかかってきた。



 ――でもセルリアンの攻撃は当たらなかった。



 その攻撃は、うちの前に立ち、うちを庇ったヒョウお姉ちゃんの身体を抉ったんや。

 一瞬のことやった。

 そのままお姉ちゃんを咥えたままそのセルリアンはどこかに行った。


 その時何もできなかったうちが許せなかった。

 あの時セルリアンに襲われるべきやったのはうちなのに。


 何もできなかった自分がみじめで、悲しくて、許せなくて…。


 強くなるために旅に出たんや。




 それからというもの、ヒョウお姉ちゃんを連れ去ったセルリアンを探すため、色んな場所に行った。あのセルリアンの情報は少なくて、一向に見つかる気配はなかった。


 日が経つにつれ、焦りは増していった。時にはなんの関係のないアニマルガールを傷つけてしまいそうになったり、助けてくれようとしてくれた娘の手を払ったり。冷静にならんととは思ってたんやけど、それ以上にお姉ちゃんを助けたいっていう気持ちが勝ってた。


 そんな状態で心身共にやつれていたうちは、雪山を越えている間に、ついに倒れてもうたんや…。


 次に目を覚ました時には洞窟の中にいた。

 体を起こして周りを見渡すと、一人のアニマルガールが居った。

 そのアニマルガールがうちの師匠になる人やった。いまでもあのアニマルガールの名前は知らないんやけどな…。


 そのアニマルガールがうちを助けてくれたことはすぐにわかった。

 うちが起きたのに気付いたそのアニマルガールは口を開くや否や


「お前みたいな弱いやつが、どうしてこの雪山を越えようと思ったのか。今すぐ縄張りに戻れ」


 と、言ってきたんや。


 お姉ちゃんを助けるために修行旅もしていたうちにとって、その言葉は自分が怒る理由には十分だった。しかもそのときのうちは正常じゃなかったのもあって、助けてくれたそのアニマルガールに対して攻撃をしようとしたんや。


 だけど自分の攻撃は一発も当たらなかった。しまいにはそのアニマルガールが持ってた武器、サーベルがうちの喉元に向けられ、うちが身動きがとれなかった。


 実力の差があまりにもあった。

 自分の力がどんなに弱いか。

 自分がまだまだだということを目の当たりにされた。


 だけど、そのアニマルガールは止めを指すこともなく、武器をしまったんや。

 そうしてうちに向けて、


「お前が強くなるように私が指導してやろう。このままだといずれ身を滅ぼしかねないからな」


 と…。


 悔しかった。

 だけどだけどお姉ちゃんを助けるため、強くならんといけん。

 だからうちは、そのアニマルガールについていくことにした。



 ※



「へぇ~それがクロヒョウの強くなったきっかけなんだね」

「まぁそういうことになるなぁ」


 クロヒョウは呆れたような顔をしてそう呟いた。


「でも、最初の方は全くなんのためにやってるかわからんものばかりやった。先ずは火に慣れろとか体力を付けろってのはわかるんやけど、枯れ木を持って振り回せとかサーベルを持って動き回れとか。もともとうちの得意なんは爪で引っ掻いたりすることやったから、強くなるために必要とは到底思えんかった」

「でもそれは、いま使ってるソレを使うための修行だったのね」

「いま思えば師匠は最初から刀を持たせる気でいたみたいやな。『今日からお前の武器は爪ではなくこの刀だ』何て言われたときは唖然としたわ…」


 そういってクロヒョウは昔話に話を戻した。



 ※



 ある時師匠は、洞窟の奥から長い棒みたいなものをもって来た。

 形は似て非なるものだったが、師匠が持ってたサーベルのように刃がついた武器だった。


「今日からお前の武器は爪ではなくこの刀だ」


 師匠そう言い、その刀をうちの前に置いた。

 だけどうちは「そんなにすぐに戦い方は変えられん」とその刀を受け取ろうとはしなかった。

 でも師匠は刀を使えと聞かんかった、だからしょうがなくその刀を受け取ったんや。


 その後からの修業は刀を持って素早く動き回りそのうえでセルリアンを倒すための攻撃力を上げるものへと変わっていった。しかし最初は全く使えこなせなかった。

 何せ木の棒とは違う、まずとにかく振り回すには重すぎだった。それに加え一つ間違えると自分自身を傷つけてしまうという危険もあった。

 それでも何回も素振りや練習の末、師匠が投げた雪の塊を斬ることや大きな枯れ木の幹を切り倒すところまで上り詰めた。

 だけど師匠はまだ合格をくれなかった。

 師匠に負けないように合格をもらえるように何日も何回も素振りをし、時には師匠に内緒で山を下りセルリアンを倒したりしもして…。


 そしてついには体を壊すほどに。

 師匠の前で素振りをている最中にまた倒れてしまったんや。


 師匠曰く、うちは丸四日間も意識を失ってたらしい。

 これにはさすがに驚きを隠せなかった。四日間飲まず食わずで寝てたにしては体の衰弱を全く感じなかったからだ。せいぜい数時間倒れてたぐらいに思っていた。

 だけど師匠はそんな慌てるうちをよそにこういったんや


「お前のお姉さんはいいフレンズだな」と。


 この言葉に混乱せんほうがおかしい話である。自分の姉はもういない。セルリアンに飲み込まれていなくなったのを自分の目で見たのだから。



「師匠、からかうにも限度っちゅうもんがあるやろ…。そんな悪い冗談なんも面白くないで?」

「いや、私は冗談など言ってないぞ。むしろ真面目にお前の姉のことを尊敬の意味で『いいフレンズだな』といったのだが?」



 いつも意味不明なことをいうとは思っていたが、今回のことはさすがにからかってたとしても笑って済ませるものではない。



「いくら師匠でもお姉ちゃんのことでからかうのはどうかと思うで?」

「本当にからかってはいないのだがな…。やはり姉が起きてるときはお前の意識はっ完全に眠っているようだな」

「ん?何を言ってるんや?意識が眠ってる?まさかうちの中にお姉ちゃんがいるとでも…?」

「その、まさかさ」


 師匠は真剣な顔で、それでも笑いかけるようにそう言った



 ※



「そのあと師匠がうちが寝ていた間のことを詳しく教えてくれたんや。うちが倒れた後、うちがいきなり『うひょ~!?ここはどこや!?なんでうち雪山なんかにおるんや!!?』なんて言いながら飛び起きたらしく、師匠はものすごい困惑してたらしいな…」

「いやそんな風に飛び起きてきたら誰でも困惑するでしょ…」

「それもそうやな。もしあんたがいきなり『うひょー!!』なんて言い出したら刀を抜くわ」

「冗談で言ってやろうかしらと思ってたけど言わなくてよかったわ…」


 胸をなでおろしながら言うジャングルキャット。


「ふふ、話を戻すで?そのあとの数日間はお姉ちゃんの人格がうちの身体つこうて師匠となんからしい。食事もその他もろもろおねえちゃんが代わりにしてくれてたから空腹とかもなかったみたいやな」

「へぇ~、そのお姉ちゃんの人格ってのが昨日のあれだったのね」

「そうやね…、あれはあんまりほかのフレンズには見せたくないんやけど、昨日はなぜか起きてきちゃったみたいなんよ…。」

「普段は絶対にないことなの?」

「まぁうちが気づいてないうちに起きてるのかもしれへんけど、基本はうちの意識があるうちはお姉ちゃんが起きてくることはないんやけどね」


 ため息交じりにクロヒョウは言う。


「うちが寝ていた四日間は師匠もいろいろお姉ちゃんと話してたらしいけど内容は教えてくれんかったんよ…どんな話をしてたか知りたくても師匠は教えてくれんかった…」

「きっとクロヒョウのことを話してたんだよ」

「どうなんやろなぁ…今となっては師匠とも会えないし、わからないな」


 小屋のライトの方を向き、師匠のことを思い出す。


「そのあと数か月後、師匠は突然いなくなった。『お前は十分強くなった。姉のこと見つけられるといいな』と書かれた置手紙をおいて」

「え、そうなの!?」

「いまも師匠がどこにいるかはわからなんだ。でもいつかまた会える気がするんや」

「きっと会えるよ!クロヒョウならきっと」

「うん、ありがとなジャングルキャット」


 そういうとクロヒョウは座ってた椅子から立ち上がりドアに向かって歩き出した。

 そしてドアを開けながら


「こんどはうちが師匠になる番や!きっつい修行でもついてこれるか?」


 と今まで見せたことのない笑顔で問いかけた。

 それにこたえるように


「あんたの修業なんてすぐに超えて見せるわよ!!」


 ジャングルキャットは意気揚々と答えたのである



 のちにクロヒョウの修業で地獄を見ることを知らずに、、、

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剣豪の黒猫 七尾狐 @nanao1068

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