剣豪の黒猫

七尾狐

ジャングルの守猫

 舞台はジャパリパークのとあるジャングル。

 このジャングルではセルリアンが多く目撃されてることがあり、各地の長からの指示でセルリアンハンターが多く配備されていた。

 その一人、あるアニマルガールが今日もまたジャングルにて孤軍奮闘していた……。



  ※



 ――ハァ…ハァ…ハァ……


 ジャングルの木々の中、何かに追いかけながら逃げる影があった。


「ハァハァ…!こ、こっちに来るなでち!」


 逃げる影は木の隙間をするりと避け、追いかける影から逃げ続ける。

 だが、逃げるだけでは差は広がらず、縮んでいくばかりだった。


「――っうわ!」


 木の根っこに足を引っかけ、ついには転んでしまった。

 追いかけていた影…セルリアンは、これを好機としたか速度を徐々に下げ、逃げる影…ジョフロイネコへと進み寄る。


「く、来るなでち!あっちいけでち!」


 そんな言葉も聞いているのかいないのか、そんなこともいざ知らずにセルリアンは迫る。

 攻撃する構えを取るセルリアン、ついには…。


「…きゃーっ!!」



 ――ザシュ!!



「……?」


 ジョフロイネコが目を開けた時、そこにいたはずのセルリアンはその場にはいなかった。

 その代わりそこにいたのは、、、先ほどまでいた影とは違う影だった。


「あんた大丈夫やったか?さっきの雑魚セルリアンは倒したったで」


 銀色に光る刀を納刀しながら話しかけてきたのはこのジャングルの守り人、クロヒョウだった。


「え、あ、ありがとうございました、でち…」

「ん、此処のジャングルは意外と強いセルリアンが出るから気をつけるんやで?」

「わかりました、でち…」


 クロヒョウは刀を収めなおし立ち上がってそう言い残して立ち去って行った。



 ウチの名前はクロヒョウ。

 ジャングルの長である鳥のフレンズから頼まれセルリアン討伐をしている。

 最近は以前よりかは数は減ったが、相変わらずアニマルガールが襲われる頻度は下がるどころが増えるばかり。

 ただ強い種は減ってきたことだけはええことや。


 まぁ、うちの探してるやつはこんなんじゃないんやけどな…。


 そんなこと気にせんと、今日見つけたセルリアンはとりあえずぶっ倒したしちょっと休憩でもしようかね。


 …ん?なんで日本刀を使ってるかって?

 それはのちのち話すってことで、な?



 ※



 ある昼下がりの森の中、クロヒョウは大きな木の下で昼寝をしていた。

 今日は風もなく、木の葉の隙間からこぼれる光が温かい。

 音もなく静寂な森の中は昼寝をするのにぴったりだ。


 そして、音のないこの空間は他のものが動いた音もはっきりとさせる。


 ――ガサガサ…


 無音の空間に草が揺れる音が響いた。

 クロヒョウは片目を開け、音のした方を見る。

 そこには何もいないように見えたがよく見ると何かがこちらを見ているような影があった。


 傍らに置いていた日本刀を左手で握り、いつ襲われても反応できるようその陰を見据えた。


 その影はこちらが気づいてることも知らず、こちらへと近づいてくる。

 こちらまで近づいたそれは、こちらの様子を確認するかのように見回した後、あろうことか日本刀へと手を伸ばしたのだ。


「これがあれば…私も…」


 ぽつりとその影はそうつぶやき、刀を取ろうとした。

 そのとき、、


 ブンッ!


「うわっ!?えっ、起きてたの!?」


 クロヒョウは鞘で押し返し驚く影にすかさず刀を相手の喉元へ向ける。

 そこにいたのは自分が初めて見るアニマルガールだった。


「う、うわっ!ご、ごめんなさい!お願いだから斬らないで!!」

「なんやあんた、アニマルガールみたいやけど…、なんでうちの相棒とろうとしたん?」

「ち、ちがう!その、これにはちゃんと理由があって!」

「理由?そのわけを聞かせてもらおうか?」


 そういうとそのアニマルガールはクロヒョウを見据えてこう言ったのだ。


「私は、もっと強くならないとだめなの!」


 彼女はそう言い放った。



 ※



「強くなりたい…?」

「そうよ!このジャングルの長としてジャングルのフレンズを守りたいの!」

「ん?ジャングルの長は鳥系だった気がするんやけど…?」

「いいえ!私は『ジャングルキャット』!名前にジャングルが入ってる猫だから私がここの一番なの!」

「はぁ?そんな名前だけでみんなを守りたいなんてちゃんちゃらおかしいわ…。その程度の覚悟でセルリアンと戦えると思ってるんか…?」

「うっ…で、でも守りたいって気持ちはほんとだよ!」


 ジャングルキャットと名乗ったフレンズは、必死にクロヒョウに弁解する。

 この様子を見る限りでは本当に彼女はジャングルのフレンズを守りたいという思いはあるのだろう。

 だが、口ではどうとでもいえる、クロヒョウは思いだけじゃ守れないことを知っている。


「その思いだけは分かった、じゃあどうしてうちの刀を奪おうとしたんや?」

「そ、それは…。あなたがそれを使ってセルリアンを倒してるのを見て、それで…」


 彼女の思ってる事は安易に読めた。


「これを使えば、自分も強くなれると思ったんやな?」

「――うん…」


 クロヒョウの使っている刀。

 確かにこれを使ったクロヒョウは強い。


「せやけど、これを使って強くなれるのは長い修業があってこそや。これを使えば簡単に強くなれるなんてこと、あるわけないやろ」

「やっぱりそうだよね…。取ろうとしたわけじゃないけど、ごめんなさい…」

「ん、素直でよろしい」


 クロヒョウは刀をしまい、ジャングルキャットに手を貸し立ち上がらせる。

 ジャングルキャットは一息を吐き胸を下ろした。


「そういうことや、この刀は渡せんけどほかにつよなる方法があるやろ。うちは帰るで」

「あ、待って!少しだけ話を聞いてほしいの…」

「ん…?」


 帰ろうとしたクロヒョウをジャングルキャットが呼び止める。


「うちはあんたに教えるようなことはないで?ましてや刀術は簡単に学べるものやない」

「そ、それでも!あなたに強くなる方法を教えてほしいの!私なんでも頑張るから!!」

「ほう?なんでもねぇ…」


 彼女のその気持ちは素晴らしいものではあるが、まだ小さい彼女をセルリアンとの戦いに連れて行ってはいつか身を滅ぼしてしまう。

 守り人として、ひとりのアニマルガールとしてフレンズ一人を危険にさらすわけにはいかない。


「ジャングルの長というあんたにひとつ聞きたいんやが、今のもともとの強さはどんなもんなんや?」

「えっ…えーっと、それは…」

「丁度いい、そこにいるセルリアンを全部倒せたらあんたを弟子として迎えてあげる」


 そう言ってクロヒョウが指さしたのは、木の隙間からこちらを覗くセルリアンだった。

 こちらから見える限りには五体、小さい種でそれほど強いわけではないが複数体のため相手にするときは少し厄介だ。


「わ、私一人であれを!?」

「せや、あんたの強さを見るためや。うちはなんも関与せんし助けもせんからな」


 鬼のような試練を押し付けるクロヒョウ。

 だが、小さな彼女にこの数は倒せないことは分かっているので一応助ける準備だけはしておく。

 セルリアンたちはこちらをじっと見つめじりじりと迫ってくる。


「やれるかどうかわからないけど…やってみる!」


 ジャングルキャットはセルリアンを見据え戦闘態勢を構える。

 クロヒョウは少し離れたところで様子を見る。

 殺意を察したのかセルリアンたちはジャングルキャットめがけ襲い掛かる。



 クロヒョウはジャングルキャットがセルリアンに負けないとしてもどうにかできないと予想していた。

 だがその予想はすぐに覆された。



「ニャアアアアアッ!!!!」



 ジャングルキャットは素早いジャンプと高速移動でセルリアンとの距離を詰め手前にいた一番小さいセルリアンの弱点を爪で切り裂いた。

 も一つおまけにといわんばかりにもう一体の身体に打撃を入れる。


 クロヒョウはこの光景に驚きを隠せなかった。

 まさかこの数の相手に速さで優っているというのはくしくも予想できなかった。


「そんな遅さで私に手が出せると思った?」


 ジャングルキャットは余裕な表情で三体目に攻撃をかける。

 たくさんいたはずのセルリアンは半分以上減り残り見えている数でも二体となった。


(あなどってたわ…見た目で判断したのはうちの落ち度やな…)


 クロヒョウは刀を構える姿勢を解き、ただただセルリアンが破裂していく様子を見ていた。



 ※



「ふふふ!あなたで最後ね!!」


 パッカーンッ!!

 ジャングルキャットが最後の一体を倒し、森に静寂が戻った。


「強いかなと思ってたけど、案外弱かったわね!ねぇクロヒョウ!私の戦い方どうだった!?私もジャングルのみんなを守れる!!?」


 ジャングルキャットはえっへんと腰に手を当てながら最後のセルリアンが破裂したほうから振り返ってクロヒョウがいたはずのほうへ向いた。

 しかし、呼んでもクロヒョウからの反応がない。


「あれ、クロヒョウ?私の戦術がすごすぎて何も言えないのかしら?」


 冗談を言ってみるがさすがにそれはないので思い直す。

 もう一度名前を呼ぶがされど反応はない。

 ここまで来るとさすがに心配なのでクロヒョウがいたはずの木の元へ駆け寄る。

 そこにはしっかりクロヒョウがいた。


「もぉ、そこにいるんだったら返事してくれたっていいじゃない。もしかして本当に私の戦いに何も言えないの?」


 心配していたことをごまかすようにまた冗談を言ったが、クロヒョウの様子が明らかにおかしい。


「ちょ、ちょっと?あんたほんとに大丈夫?何か言ってくれてもいいんじゃない…?」


 ジャングルキャットが心配そうに話しかけなおすと、突然クロヒョウがジャングルキャットの肩をつかんだ。

 そして、


「なんや子猫ちゃん!ごっつ強いやないか!!見た目と裏腹に強くてウチ驚いたで!」

「え、えっ?」


 突然しゃべりだしたこととさっきと違う口調に驚きを隠しきれなかった。


「いやな、正直な話子猫ちゃんにはこの数相手じゃ負けちゃうやないかと思ってたんよ!いやぁ人は見かけによらんってよく言ったもんやなぁ」


 先ほどの落ち着いたクロヒョウはどこへやら、正反対の、まるで人が変わったようだ。


「ちょちょちょ、ちょっと待って!!クロヒョウ?あなたクロヒョウよね?」

「ん?なにいってるんや、ウチはクロヒョウやなくて……うっ!」


 何かを言いかけたクロヒョウは急にジャングルキャットの方に置いていた腕を離し頭を抱えた。

 うめき声もあげ苦しそうにしているクロヒョウにジャングルキャットはただ困惑するしかなかった。

 数秒後、幾分か落ち着きを取り戻したクロヒョウは、また最初のような落ち着いた口調に戻った。


「えっと、今度こそ大丈夫、よね…?」

「ん、あ、あれ、ウチは、あれ…?」

「ねぇ、あなた今さっきいつもと違う感じにしゃべってたけど大丈夫なの?変なのに取りつかれたりとかしてない?」


 本気で心配してきたことにハッと何かおもいだしたかのようにクロヒョウは頭に手を当てる。


「ごめんなぁ、心配させたみたいで…」

「い、いやあなたが大丈夫ならそれでいいんだけど…」

「うん、大丈夫や。あれは、うちのもう一つの人格、多重人格っていうんか、で実はお姉ちゃんの人格なんよ…」

「えっ?おねえちゃん?」


 ジャングルキャットは聞きなれない単語に首を傾げ聞き直そうとした。

 だが、


「すまん、今日はちょっと疲れてしもうたようやわ…。この話は今日はやめにしていてくれんか?」

「え、う、うんわかった」

「ありがとうなぁ」


 そういうとクロヒョウは踵を返し立ち去ろうとする。

 しかし二歩ほど歩いたところで何か言い忘れたかのように振り返った。


「あ、そうや。うちの住んでる小屋がここを進んだ先にあるんやけど、明日以降に来てくれたらちゃんと話す。戦い方のこととかも聞きたかったら明日また来てくれんか?それと今日のうちのことは他言無用で頼むで?」

「うん、わかった」


 そういってクロヒョウは満足したように一瞬笑顔を見せ、その場から立ち去って行った。

 ジャングルキャットはその後姿を見て、一つ覚悟を決めたのだった。

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