一章 お嬢様、逆転劇を演じる(6)
セバスが去った後、ターニャを呼んだ。
「ターニャ。ライルとディダ、それからレーメを呼んできてくれない?」
「畏まりました」
それから数分後、ターニャと共に入ってきた三人は、幼い頃から私と共にいる三人……つまり、私が拾ってきた者たちだ。
ライルは金髪の美しい髪を持ち貴公子のような顔つきなのだけれども、体つきは王国騎士団と比べても見劣りしないほどのガッシリと戦う為の体格をしている。
一応、私の護衛という扱いだ。
ディダも、ライルと同じく私の護衛。
茶色の髪の毛は肩まで伸びていて、それを一つにまとめている。
ライルと比べると細い体形で、
レーメはメガネをかけた少女で、本好きが高じて我が家の図書室の司書をしている。
図書室と言っても、公爵家のそれは公共施設ほどの規模の蔵書がある。そのため彼女の役割はとても大切なものだ。
「久しぶりね、皆」
三人は学園にまでは役割上付いてくることができなかった為に、王都には来ず、この領地でそれぞれ働いてくれていた。
自由にして良い……と言って私はこの領を離れたのに、相変わらずこの家にいてくれて嬉しいと思うと同時に、申し訳なさを感じる。
「久しぶり、我らが姫様」
一番に返答してくれたのは、ディダ。
いつものように軽い返答で、にこやかな表情を浮かべている。
「ディダ。お前はまた、アイリス様にそのような口調で……」
「良いのよ、ライル。皆は私にとって、家族のようなもの。誰もいない時ぐらい、昔のようにしてくれていた方が私も
「ですが、アイリス様……」
「お願い、ライル」
「……分かった」
ライルは、大きな
「皆も知っての通り、私はエドワード様から婚約破棄をされ、この領地に戻ってきたの」
「私、納得できないですぅ。何故、アイリス様が婚約破棄をされて、しかも謹慎処分を受けなきゃならないんですかぁ」
ターニャと同様、悔しそうに涙を浮かべているレーメ。
「本当にな。全く、見る目がない坊ちゃんだ」
「ありがとう。でも、これは決まったこと。それに私としては、この領でまた皆と共に暮らせて嬉しいというのが本音よ。……それで、本題なのだけど。皆も知っての通り私は、この地の領主代行を任命されたの。それでまず始めに各地を視察するつもりなんだけど……それに皆もついてきてくれないかしら?」
「承りました」
「姫様の護衛かー。腕が鳴るなあ」
やる気を出してくれた二人に対して、レーメは少し難しい表情をしていた。
「二人は護衛だから分かるんですけれどもぉ。私はどうして同行を?」
「それは勿論、
「へ?」
「貴女は我が公爵家のありとあらゆる本を読み尽くしているでしょう? その中には、郷土史や地理についての本もあるわよね。そういった本で得た知識を、私は欲しているの。実際見に行った時に予備知識があるのとないのとでは大分違うから」
ウチって本当に蔵書量が
貴族だからというよりも、歴代当主が宰相職を務めてきたからなのだろう。
この館のどの部屋よりも広いそこは、全て本で埋まっている。
ジャンルは本当に様々。
物語は勿論、歴代当主の趣味の本だとか、政治・地理・法律等々様々。
それを全て読破しているレーメの知識もそれはもう凄いことになっているだろうと私は思う。
「……そういうことなら、分かりましたぁ。お役目、頑張って果たしますねぇ」
「視察は二日後からを予定しているわ。各自、必要なものがあったらターニャに言ってね。ターニャ。準備を頼むわね」
「畏まりました」
「それから、誰かモネダと連絡は取れない?」
「モネダ、ですか?」
「ええ、そう。確か、商業ギルドで働いているのよね?」
商業ギルドとは、名前の通り幾つかの商店で集まった組織。
モネダも、私が拾ってきた子の一人なのだけれども、私が学園に入学する時に使用人を辞して商業ギルドに入った。
「ええ、確か今は会計を行っていると言っていたような……。連絡は取れますよ」
「じゃあ、ライル。連絡を宜しく。できれば、旅程の最後の方で約束を取り付けて」
「分かりました」
それから、視察の細かい内容を詰めて三人は退出。
丁度良いタイミングでセバスからお願いしていた資料が届いたので目を通す。
実は私、日本で生きていた頃は税務事務所で働いていた。
お陰で、収支報告書とか会計関係の数字を読むのは得意な方。
特に苦にもならずに、数字を追っていける。
「……お嬢様。昼食のお時間ですが」
「あら。もう、そんな時間?」
時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に昼ご飯の時間。
にしても、準備をして
正直前世では、結構忙しさにかまけて食事とか適当だったしね。
ご飯をさっさと食べて、また仕事に戻る。
……あ、しっかりと食事は
忙しいと、空腹を忘れるので丁度良いわね。
†††
書斎の机で書類に没頭しているアイリスの横で、そっとターニャは彼女の様子を見つつ過去を振り返っていた。
思えば、予想のつかないことの連続だった……と。
そもそも、こうして自分が公爵家に仕えていること自体、奇跡のようなものだと彼女は思っていた。
彼女に姓はない。
彼女が生まれ育ったスラムでは、皆がそうだった。
食うものに困り、明日をも知らぬ身では、氏などを気にする余裕もなかったが。
そんな生い立ちの彼女が、国内屈指の名家に何故仕えることができるようになったかと言えば、単にアイリスの気まぐれだ。
けれども、気まぐれでも別に良かった。
のたれ死ぬところだったこの命を救って貰ったのだ……それだけで十分だ、と。
それなのに、アイリスは事あるごとに彼女を『大切』だと言い、まるで友人のように扱う。
……だからこそアイリスに誠心誠意仕えたいと、そう思った。
取るに足らないこの身に、生きる意味さえ与えてくれた、と。
アイリスに仕えるようになって、もう少しで十年。
本当に、幸せな日々だったと胸を張って言える。
けれども、その幸せを壊されかけた。
……アイリスの婚約者であったエドワードによって。
アイリスの婚約者である第二王子が、婚約者という存在がありながら、男爵令嬢に
アイリスの表情が日に日に曇り、彼女の笑みが消えていく。
かと思えば、
そんなアイリスに何もできないことが、歯がゆかった。
同時に、第二王子への怒りが、彼女を満たす。
あんな
アイリスの素晴らしさが分からないのもそうだし、男爵令嬢に現を抜かして公爵令嬢たるアイリスを
なのに肝心のアイリスは、別邸に戻ってきた時には既にスッキリとした様子。
『あれ? あんなにお慕いしてます! というのが前面に出てたのに、どうしたのだろうか』とも思ったが、第二王子ごときにアイリスが未練を残す必要はないと特に深く聞くことはなかった。
それよりも、今後アイリスはどうなるのか……そちらの方が、ターニャにとっては重要だった。
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