一章 お嬢様、逆転劇を演じる(3)
「ターニャ」
「なんでしょう?」
「……ありがとう」
短い言葉だな、と我ながら思う。でも、それ以外思い浮かばなかった。
心配してくれて、ありがとう。私のために泣いてくれて、ありがとう。
そんな、色々な感情を込めたつもりだが。
「
「私は、幸せ者ね」
「いえ、私の方こそ。そして、この館の私と同じ立場の者達も同じ想いでいるということを、どうかお心に留め置いてください」
実はターニャの他にも、私が拾ってきた者は六人いる。
幼少期の頃から私は大分変わっていて、プレゼントはいらないからと、ターニャのような身寄りのない子を拾っては、その子達を側にいて
初めは渋っていたけれど、珍しい私の
この辺りはゲームの設定にもないし、もしかしたら思い出していなくとも前世が影響していたのかもしれない。
でも、彼らとの語らいは、私にとって公爵令嬢という肩書を忘れることができるとても貴重な時間だった。
年を経るごとに、互いの立場というものをハッキリさせないといけないという周りの圧力から、ターニャのように主人・使用人という立場になってしまっているが。
……それでも私にとって、彼らは特別な存在。
「だけど、ターニャ。貴女は貴女の幸せを一番に考えてちょうだい。他の皆もね」
私の言葉に、ターニャは
実際は無表情なんだけど……長く共に過ごしたお陰で、大体どんな気持ちなのかはそれで伝わってくる。
「私の我儘で、貴女達をこの
「お嬢様、それ以上は仰らないでください」
ターニャが、珍しく私の言葉を遮った。
「私は、あの時死ぬ
「まあ。それではターニャは、死ぬまで私の側を離れられないわよ」
少し冗談めかしてそう言ってみたのだが、全く動揺する素振りを彼女は見せない。
「それに勝る幸せがございましょうか」
それどころか、
「……貴女の気持ちはよく分かったわ。やっぱり、私の方こそ幸せ者ね。だけど、ターニャ。幸せは決して一つではないと思うの。だから先ほどの私の言葉も忘れないでね」
「……お嬢様がそう仰るのであれば」
渋々といった体で、ターニャは
……もしも身分剝奪からの教会幽閉コースになってしまったら、やっぱりターニャにはついて来てほしくない。それだけ、大切だから。
でも、何だかこの調子だとついて来ちゃいそうだな……。
ああ、やっぱり何としてもお父様に勝たなければ。
そんな決意を新たに、ターニャが
「……お嬢様」
気持ちが落ち着いたところで、別の使用人が扉をノックしてきた。
「どうぞ」
「……失礼致します」
入ってきたのは、女中頭のエルルだった。
女性使用人を束ねている彼女は
「お嬢様。旦那様がお呼びです」
「あら、もう? 確かお父様は夜にならないとお戻りになられないと……」
「お嬢様の件で、早めに切り上げられたそうです」
「まあ……」
ふう、と溜息を吐く。
ああ、さっきの誓いはどこへやら……何だか胃がキリキリしてきた。
「僭越ながら、お嬢様。私は今回の件、お嬢様が旦那様に責められる必要はないと思っております」
普段はとても厳しいエルルからのまさかの味方宣言に、私は驚いて思わず目をぱちくりさせてしまった。
「この館の者は、皆お嬢様のお味方です。ですから、堂々と旦那様にお会いなさって下さい」
……物語では、悪役として描かれているアイリス。
けれども実は、アイリスは家では使用人達と良好な関係を築いていた。
勿論、貴族出だろうが平民の出であろうが関係なく。
つまり、物語でヒロインを『男爵令嬢の癖に
改めて、アイリスに同情する……と、いけない。
今はワタシがアイリスなのだ。ワタシは私の為に、アイリスを幸せにしなければ。
覚悟ができたところで、エルルに先導されてお父様の書斎へ。
後ろには、ターニャが付いてきてくれている。
「……それでは、お嬢様」
「ええ、ありがとう。エルル。ターニャもこちらで待っていてちょうだい」
「畏まりました」
さあ、戦いの場に着きましたよ。
重厚な扉を前に、
「入れ」
「失礼致します」
重々しい雰囲気の中、私はお父様の正面の席に座る。
……それが今、通常の二割増しでそうなのだから、対面している私は居た
「……本日はお時間を取ってしまい、申し訳ございません」
「ほう……自分がそれだけのことをしでかしたと、分かっているのか」
「いいえ」
ピクリとお父様の顔面の血管が動いた……気がする。怖い。
「宰相職に就いている父にも、公爵である父にも迷惑はかけたと思っておりません。私が謝罪すべきなのは、父としてのお父様だと思っております」
「ほう……? それは、何故」
「第一に、私のしたことと言えば彼女に対して嫌みを言うぐらいでしょうか。それも状況証拠のみですから、宰相であるお父様が出るほどの事ではないかと。……何より、あちら側は公爵家を
「学園でのやり取りは既にこちらも聞いている」
「そうでしょうね。それから、公爵であるお父様に対しての謝罪ですが……そもそもお父様は、私とエドワード様の婚約を反対していたのでは?」
「何故、そうだと」
「私の血筋は、結婚する王子によっては、王家のパワーバランスを崩しかねないからです。何せ筆頭公爵家であり宰相であるお父様と将軍家の一人娘であるお母様の血を引いているのですから。第一王子と婚姻を結ぶのならまだしも、第二王子ではいずれ国を二分化しかねませんもの」
私の言葉に、父はここにきて初めて表情を浮かべた。
……とはいえ、ニヤリという効果音が出ているような意地の悪い笑み……当人にとってはそんな意図は全くないのだろうけれども……だから、怖いって。
「そうだとして、では何故私はお前とエドワード様の婚約を許したと思う?」
「……どちらでも、良かったのでは?」
色々考えたけれど、それが一番しっくり来る答えだった。
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