一章 お嬢様、逆転劇を演じる(4)

「それは、どういう意味だ?」

「私が第一王子と婚約した場合は、弟も第一王子に仕えさせて第一王子の地盤を盤石なものに。私の婚約者が第二王子であれば、弟は第一王子の陣営に。その場合、私が第二王子側の動向を見張りつつ、手綱たずなを握ることを期待して。まあ……前者の方が手間暇もない上、非常にシンプルですから、お父様としては前者の方が良かったでしょうけれども」

 実はこの物語、ゲームだと第一王子にそんなにスポットが当てられていない。

 むしろ、第二王子が次期王様になるみたいに描かれている。でも現実はそう簡単にはいかない。

 第一王子は亡くなられた正室の子ども、第二王子は現在唯一の妃にして側室の子ども。

 正室から産まれた第一王子が次期王に決まっているように思うが、そうは問屋が卸さない。

 側室は現在力を付けつつある侯爵家の娘であり、正室の家は伯爵家のため家格でいえば側室に劣る。

 王が殊の外正室を愛していたが為に、周囲の反対を押し切って彼女を正室に据えるという力技をしてしまい、このような微妙なバランスとなってしまった。

 そしてその微妙なバランスの上に成り立つ貴族社会も、ここから先揺れに揺れるのは目に見えている。

 ゲームだとこんなドロドロとしたところは描かれてなくて、ザックリと第一王子は国外に留学しているという設定で終わっていたから、そうなんだ……程度にしか思っていなかったけれども、やはり現実は厳しい。

 そしてお父様は、王家ではなくこの国に仕えていると言っても過言ではない程、徹底して王家のいざこざには中立の立場を取っている。

 第一王子寄りの陣営なのも、「王位継承権は第一王子にある」という法に基づき下した判断であり、もしも第一王子が暗愚な人物であれば国の為にならないとすぐに切り捨てるであろう。

 ……王が愚かな場合、国が荒れるだろうから、正しい対応といえばそうだ。

「とはいえ、弟は完全に第二王子寄り。であれば、お父様は私と第二王子の婚約破棄を狙っていた筈。良かったですね、お父様」

 今回の一件があっても、最終的にお父様ならば私を正室としてじ込めた筈。

 それだけの力が、公爵家にはある。

 けれどもそうしなかったのは、他ならぬお父様がそれを願わなかったからだ。

「ふははははっ」

 お父様は、楽しそうに笑った。

 けれどもその笑い方、悪役のそれにしか見えないわ。第三者が見たら、完全にしゆくするでしょう。

「そうだな。確かに、私はお前と王子の婚約破棄を願っていた。アレには散々第二王子と距離を取るよう言い含めていたのだが……やつめ、己が役目を忘れて完全に今では第二王子の取り巻きと化している。……だが、アイリスはそれで良いのか? 第二王子にれていたではないか」

「恋は病のようなもの。冷めてしまえば、それまでですわ。……私としても、早々にこうなって良かったと思っております」

 アレじゃ、百年の恋も冷めるものでしょう。

「……ふむ。だが、アイリス。今回のことは対外的にはお前の失態。故に、ケジメはつけてもらわなければならない」

「……そうですか……」

 やっぱり身分はくだつ、勘当からの教会幽閉コースは免れない……か。

 ターニャは付いてきそうだけど、何とか残るように説得しなければ。

「お前は、領地に戻り謹慎だ。……まあ、王都より遠く離れた地だから、お前が何をしようとも私のあずかり知らぬところだがな」

「……え?」

 それって、何してもオーケーってこと? え、幽閉はなし?

「それと、ただそこにいるのはもつたいない。お前には領主代行の地位をやるから、つつがなく領地を治めよ」

 ……領主代行? それってつまり、お父様の代わりに領地を治めるってことよね。

 こういうのを何て言うんだっけ……棚からぼたもち? 猫に小判? ああ、どっちも違う! 何だか混乱し過ぎて訳の分からない言葉しか浮かんでこないわ。

「……領主代行は、普通、嫡男である弟の役目では?」

 ひとまず、一番疑問に思っていることから聞いてみた。

「やったところで、どうせ領地に行かないだろう。奴は今、お前の言うところの病に夢中なようだからな」

 ……まあ、確かに。ユーリ男爵令嬢に夢中な為に、距離を取らなければならない筈の第二王子の取り巻きと化しているし。

 きっと長期休暇も王都に残ってキャッキャウフフの展開を繰り広げていることだろう。

 ……彼女は第二王子のものになったのだから、それこそ距離を取れば良いのに。

 多分弟の中じゃ、好きになった人の幸せを見守るだとか何とかで自分の立ち位置を美化しちゃっているんだろうな。

「……承りました。王都が〝どんな状態に〟なろうとも揺らぐことのない領にしてみせます」

 私がそう言うとお父様は満足気に頷き、下がって良いとのジェスチャーをしたため、部屋を出た。


          †††


 ……アイリスが部屋を出て行った後、部屋に残っていた彼女の父、ルイ・ド・アルメリアは先程の娘との会話を思い出してフッと笑った。

 思えば、今日は色々なことがあったものだ……と。

 まずは、娘アイリスの学園追放と婚約解消。……これは、既定路線を辿たどっただけの事。

 そもそも、娘の動向を知った時からいさめ止めることはできた。

 けれども、そうしなかったのは全て婚約解消をさせるため……これに尽きる。

 逆にもしも娘が愚かな事をしなくとも、病気を理由に早々に婚約破棄をさせていた。

 そしていずれにせよ、教会に幽閉という形で貴族社会から一歩引いてもらおうと思っていた。

 ……第二王子に惚れ抜いていた娘のことだから、何を言ってもきかないだろう、丁度良い。

 そう思っていた。

 だが娘に会ってみれば、惚れた男に屈辱的な別れを切り出されたにもかかわらず、随分スッキリとしていて落ち着いた様子。オマケに、自分の考えを見事に当ててきた。

 ……面白い。そう思った。

 仕事を理由にあまり娘息子と触れ合わない間に、妻に甘やかされた二人。

 娘は思い通りにならないことは何もないという、典型的な貴族に成り果てていた。

 ちなみに息子は己が力を過信し、詰めの甘い若造に成り果てたが……城勤めが始まったらこちらは徹底的にしごこうと思っている。

 それはともかく、そんな娘がある種の悟りを開いたように話し、こちらの考えを物の見事に当てた。

 ……現時点で悲しいことに、息子よりも世の流れを見る力があり、かつ、己の分をわきまえていた。

 まるで人が変わったようだと思ったが、そう言えばたまにおかしなことを仕出かしていたな、と彼女の話を聞きながら思い返していた。

 その最たるものは、平民の子を拾っては、側に置いていたこと。

 年頃の娘らしい高価なプレゼントは欲しがらないのに、身寄りのない子を拾ってきては側に置けるように取りはからえと言ってきた。

 ……自分の子飼いを作るつもりかと、最終的に了承したものの、そのような素振りを見せることもなかった。

 やはり奇天烈きてれつな娘だとその時は終わったが……さっきの彼女は、そう言いだした時の顔によく似ていた。

 ただで置いておくのは、勿体ない。

 そう思った彼は気がつけば、領主代行の地位をやると言っていた。

 酔狂なことだと、思う。

 けれども、領地には現在領政を取り仕切っているセバスがいるし、早々おかしなことにはならない。

 であれば、アイリスがどんなことを仕出かすのか、それを見るのも一興。

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