第5話 『シュレーディンガーの猫』と有馬記念の関係性
「ミミ先生落ち着いてください。当たってますから」
「まあいいじゃんかミミ先生。一番安いのでも当たってるんだ。2,220円ついてるから、6点張りでこれなら上等な結果だと思うんだけどな」
「分かっているのだが、やはり信じられない。まるでパラレルワールドに分岐してしまったかのようだ」
トリニティと知子の慰めも効果がない。三谷は自身の理論を根本的に砕かれたような無力感を味わっていた。
「パラレルワールドとか存在するのか? ミミ先生。これでも、えーっと、3330万あるから借金返せるじゃないか」
「それは『シュレーディンガーの猫』の事だな。相反する事象が重なり合っているのだ」
「あ、星子まで訳わかんないこと言いだしちゃったよ。何それ?」
「うーん。これ大佐が言ってたんだよね。意味わかんないけど」
「そうか、競馬とは『シュレーディンガーの猫』だったんだ」
「ギー先生も意味不明」
義一郎の言葉が理解できない知子が不満を漏らすが、トリニティが何か納得したように頷いている。
「なるほど。量子力学におけるコペンハーゲン解釈の事ですね」
「トリニティ。それ、意味わかんね」
「それはですね、知子さん。競馬においては一つのレースにおいて相反する結果が内在しているという事なのです。現実にはあり得ないことなのですが、同じメンバーで10回レースをすれば10通りの結果が現れるのです。通常、我々はその中の一つを見ているにすぎないのですよ」
「今回の有馬記念において、僕たちが見たのはその一端です。何回タイムリープしても同じ結果が得られることはないと思います」
トリニティの言葉に義一郎が付け加える。まだ納得していない風の知子は食い下がる。
「じゃあ中山の10Rはどうなのさ」
「それは偶然1~3着が同じだったのでしょう。勝ちタイム、上りタイム、着差など全て異なっていると思いますよ。着順も4着以下は違っているはずです」
「わかったようなわからないような」
「あの、知子ちゃん。この馬券当たっているか確認してもらえるかな?」
「あ、お前高校生のくせに馬券買ってたのかよ。なになに。阪神10Rって、中山じゃないのか」
「間違えたんだって。中山のつもりだったのに何故か阪神競馬場になってるんだからビックリしちゃったよ。金額も間違えてて、200円のつもりが2000円にしてるし」
「あ、ホントだ。阪神10R単勝3でガンコだって。プッ。こんな名前の馬がいたんだな」
「だからさ、確認してよ」
「あ、悪い。中山で3番来たから阪神も3番とか絶対無いって…………」
「どうしたの。知子ちゃん」
「…………当たってる。阪神10Rは1着3番ガンコだ、払い戻しは5,440円。2000円買ってるから108,800円だ。すげえよ」
「やった。美味しいもの食べに行こうよ。ハードディスクも買えるね」
「おごってくれる?」
「もちろん」
「やたー」
三谷はそれでも肩を落としたままだった。
「ミミ先生。予定より少なかったけど儲かったんだからさ、元気出しなよ」
「確かにな。これで借金は帳消しになった。しかし、今後の野望実現のための布石は打てなくなった」
「ミミ先生の野望だなんてさ。なんかおかしい。異世界行ってハーレム作るとか?」
「異世界じゃなくてもハーレム作ればいいと思うよ」
「それは倫理的に問題があるだろ」
「だからさ、この世界は異なる相反する事象が内在する訳でしょ。だったらミミ先生が科学の先生じゃなくてハーレムの王になってても不思議じゃないよね」
「うん。そういう理屈になるのかな」
「私たちがベッタリミミ先生にくっついてるところ想像しちゃった。きゃは!」
「何馬鹿な事言ってんだよ。ミミ先生が王様だからって私はくっついたりしないぞ」
「えええー。本当はくっつきたいくせに」
「いい加減なことを言うな。この馬鹿星子」
「きゃ。知子ちゃんが怒った」
「このやろ」
キャッキャウフフとじゃれ合う女子生徒が二人。世界征服の野望を捨てハーレムの王になるのもいい。しみじみと思いにふける三谷朱人だった。
透明な大気に磨かれた星空は眩く光っているかのようだった。冬の大三角は大空にその存在を誇示していた。
『シュレーディンガーの猫』と有馬記念の関係性について 暗黒星雲 @darknebula
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