第二話 ニホンにサヨナラと微笑んで
私はベッドの近くに置いてある姿見鏡の前で、ベッドのシーツを体に巻きつけ肩開きドレスのように仕立てる。
……本当に見事なまでの黄金色の眼になってるわ。
その間も異世界から来た彼は、私を追求しようと魔物に憑かれていた男を指した。
「精魂尽き果てたようなその男――お前が精気を奪ったからじゃないのか?」
……。
「ふぅん……」
この男、中々ね……。
私の反応に、彼はピクリと眉を動かす。
「何か企んでいるな」
「別に、そんなのじゃないわ」
私は彼に微笑みを向けながら、腰に手を当てた。
「いきなり空間の歪みから出て来たっていうのに、慌てるでもなく……この部屋の状況を見ただけでそんな風に考えられるのがさ、凄いなって思っただけよ」
彼はまだ私をサキュバスという魔物だと誤解したままで、それを早く解かないといけないのは分かってるわ。
でも――。
人間同士のコミュニケーションって、そんな理路整然とって訳にいかないものでしょ?
話してる時でも言葉だけじゃなくて、相手の仕草や表情を気に掛けたりして、それが会話にも影響する。
特に気になる人が相手なら、体の隅々まで見て、色んな事を感じなきゃダメよ……。
彼は
腰に手を当てて微笑むという親しげな仕草を織り交ぜた甲斐、有ったと見ていいわね。
「……一体ここは何処だ?」
疑念の中心が私ではなくなったのは、彼なりに私に対して妥協してくれたから。
これを大事な事だと、私はそう受け取るわ。
「ニホンの、ラブホテルよ」
「ニホン!? ニホンに、俺が転移したというのか……?」
随分驚いた様子だけど、私にじゃなく自問してる感じね。
ニホンを知ってる……。でも今はその事よりも――。
「ねえ、私の質問にも答えて。アナタは何処から来たの?」
私からも攻めの質問をするわ。
お互い、相手の事を全く知らない。
だから強引にじゃなく、あくまで会話の
彼は戸惑っている様子だったけど、私が視線を送り続けている内に、やがて観念して口を開いた。
「異世界ゼルトユニアだ、ニホン人の女」
……ニホン人の女って、言ってくれたわね。
私は魔物の出現からの経緯を彼に話した。
その魔物もゼルトユニアという世界から来た事、私の中に闇のエナジーとやらが有るらしいって事。
そして――。
「私の黄金色になった眼を、魔物は契りの転移に於ける
「契りの転移……そうか、状況が見えてきた」
一人納得した様子の彼に、私は口を尖らせる。
「ちょっと、自分だけ分かってないでちゃんと説明してよ」
私の仕草に、今度は彼が眉をひそめたわ。
「出逢ったばかりの相手に馴れ馴れしい態度だな」
「裸を見られた相手に馴れ馴れしいも何も無いんじゃないかしら?」
「それは、お前をサキュバスだと思っていたからだ。――いや、違うな。どの道素性の知れない者にはその一挙手一投足目を離せん」
彼は本当に少しも悪びれていない感じで、そんな風に言ってきた。
「……ふ、ふふっ」
「おい、何が可笑しいんだ」
「いや、面白い人ねアナタ」
「お前の方が変わっていると思うがな」
あー言えばこう言う。でも彼との会話はなんか楽しいわ。
それこそ出逢ったばかりだというのにね。
どうしてかしら? ふふっ。
もっとゆっくり話していたいけど――でもそうはいかないのよね。
「ねえ。アナタが落ちてきたあの歪み、一向に収まらないわね」
私が上を見たのに合わせるように、彼もまた頭上の空間の歪みを見る。
バチバチって音は弱まったけど、歪み自体はそのまま。
「……今から言う事をよく聞け。あの歪みはお前が起こしたものだ」
「まあ、そうだろうなとは思うわよ」
「ゼルトユニアとニホンは、とても繋がり易い。ある切っ掛けですぐ次元の道が出来る」
「ふぅん。世界同士で具合が良いのね」
「具合?」
「いえ、気にしないでくれて良いわ」
「……あれを収める為の方法は、お前があれを通ってゼルトユニアへと異世界転移を果たす事に他ならない。あれはお前の為に開かれた物だから、そのお前が通れば自ずと消える」
「えっ?」
流石に驚いて言葉に詰まる。そんな急に言われてもってやつよ、仕方無いわ。
「転移しないとどうなるのよ?」
「色々パターンはあるが、今回お前が闇のエナジーに依って道を開いたのは良くないパターンだ」
「そんな抽象的な話はどうでも良いわ」
多分彼は私に覚悟を促す為に、段階を追った言い方をしてくれてるんだろうけど、歪みが強くなっていってる事が私を急かす。
「……このままでは渦巻く闇に惹かれたゼルトユニアの忌むべき存在達が、逆にニホンに来てしまう恐れがある。俺のようにな」
「アナタのように?」
それって、何? アナタもその忌むべき存在で、でも私の闇に惹かれてわざわざ世界を越えてやって来たっていう事?
契りの転移って言葉も出てるし、なんか意識しちゃうわね……。
「アナタみたいなイケメンが他にも来るなら、ニホン人の女は割と歓迎するんじゃないかしら?」
半分冗談半分本気で言ってみたけど、彼はノッてはくれなかった。
「俺は、いわば特別だ。後は精々魔物の類か、もっと明確にニホン人に対して悪意を向けるような者達が来る」
「あら、それは怖いわね」
自分がイケメンって所は否定しなかったわね、彼。
面白いけどさ。
「アナタはなんで特別なの?」
「……そんな事、簡単に説明出来るか」
自分の話になると、彼は吐き捨てるような口調になった。
もしかして自分の事が、嫌いなのかしら?
「転移してもまた戻れる術は有る、楽にとはいかないだろうが。……行くなら手を貸してやる、俺も帰らねばならんからな」
気遣いがちに私に手を差し出す彼に、――私は、不満げな顔をしていた。
「ダメね。そんな誘い方じゃ女はその気にならないわ」
私は女と言ったけど、別に必ずしも他の女がそうだとは思ってないし、寧ろそこはどうでもよかった。
ていうか。他の女なら同じ状況でどうするかなんて一々気にするようじゃ、到底イイ女にはなれないって位に思ってる。
「――? 今はふざけてる場合じゃないぞニホン人!」
「相手の覚悟が欲しいんでしょ! だったら、アナタも本気を見せなさい!!」
少なくとも私は男にアレコレと、確証して貰う事は望まないわ。
でも一つ、これは絶対に譲れないものがある。
私に、私自身が決意を促す為の覚悟を付けさせてくれる強さを――。
男に見せて欲しいって、そう思う。
そしたら例え世界が違おうとも、きっと飛び越える。
……元恋人とは、住むべき世界が違うと思ったから別れた。
それで一度慣れたからかもしれない。
今は、飛び越える勇気が湧きそうなのよ。
「本気……?」
彼が一瞬、凄く辛そうな顔をしたのが――私の黄金の眼に焼き付くようだった。
「……俺の本気、見せてやるさ。しかしそうなればお前も、この先タダでは済まないと知れ!」
何かを、心の奥底から今にも壊れそうな大事な何かを、彼は掬い上げているようだった。
彼の心から辛い痛みが感じられて、私の心にも伝染してきて……。
それは、私に熱情を起こさせるのには十分過ぎた。
「イイわね。アナタ、イイわよ!」
そう言いながら彼の手を取る。
この手の熱は、きっとニホンに居たままじゃ感じられないものだわ。
彼が空間の歪みに向けて手をかざした。
「ねえ、アナタ名前は?」
「フェゼルート・ギル・アーリス」
「フェゼルートゥ……」
最後のトが発音し辛いわね、消え入りそうになっちゃう。
「フェゼルって呼ぶわ」
うん、ゼを強く発音するそのままの流れでルって締めるのが心地良いわ。
「勝手に愛称を付け――」
「私はモチヅキ・シュウ。私の場合シュウの方が名前だからそう呼んでね、ニホン人は名前が後に来るの」
「……まったく。だがそれは分かる、ゼルトユニアで暮らすニホン人は少なくないからな」
「それは楽しみね。なんなら私の古い知り合いなんかも居たりしてね?」
フェゼルは「さあな」とぶっきらぼうに答えてから、次はもう歪みへと意識を向けてた。
「……生き続ける理由が、出来てしまうとはな」
「えっ?」
不意を突く彼のそんな言葉に私が反応したのと同時に、二人の体は淡い光に包まれて、歪みの中へと高速で突っ込んでいった。
………。
空間の歪みの中はまるで絶叫系マシンに乗ってるみたいな、そんな視界も定かじゃない光と闇の渦がブワッと超スピードで流れてるみたいな感じだった。
……これはぶっちゃけそこまで学の有る訳でもない私には、とてもじゃないけど形容し難いまさに異空間。だからこんなフワフワとした説明になるけどごめんね?
長いようで短いような……、時間の感覚さえあやふやになっていた感覚も有ったわ。
フェゼルに話し掛けるのさえ無理……。ずっと、私の手は離さずに居てくれてるけど……。
突然――。
「シュウ……。モチヅキ・シュウ……」
フェゼルじゃない、何か女の声が聴こえてきた。
「誰!?」
あ、声が出せる。ていうか、声が聴こえた途端に異空間の流れが緩くなってる。
けど何故かフェゼルは時が止まったみたいに固まってる。
戸惑う私の目の前でパアッと光が起こって――。
その中から、なんか『I LOVE NIHON』ってプリントされたタンクトップにジーンズ姿の、真っ金色したソバージュ・ヘアの女が出て来た。
「良かった、
姿と共に声もはっきりしたけどその分アホっぽい口調をしてると分かって、ちょっとイラっとしたわ。
「アナタ、誰?」
力強さも感じさせる彫りが深い系の美人なのは認めてあげる。
でもぶっちゃけ胡散臭さが尋常じゃない彼女に、私は疑いの眼差しを向けずには居られない。
「私は今から貴女が転移する、異世界ゼルトユニアの女神です!」
……はあ?
ツッコミを入れる。
私は今から、この女にツッコミを入れるわ!
「いや、どう見てもニホン被れの外国人でしょう! ていうかそれ家着よね、遠慮無しに濃いピンクのブラが透けてるわよ!」
「ニホンに被れてるのは合ってるけれど、外国人ではなく私は女神です!」
「女神がなんでニホンに被れるのよ! あと家着かどうかを答えなさい!」
「私女神ですよ? 次元の繋がりが濃い世界同士なら、自由に行き来するなんてお茶の子さいさいですからっ」
「全っ然、答えになってないわ!」
ていうかお茶の子さいさいって『そんなの余裕だわ』みたいな意味の言葉だけど、今時じゃ使わないわよね!
まったく、本当になんなのよこの女……。
――第二話 完――
FIERY BRIDE ~焦熱の花嫁~ 神代零児 @reizi735
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