最終話 L判サイズノ世界
それからの数日間、写真サークルは集まることがなかった。毎日送られてくる薊さんからのお詫びのメッセージ。遂には薊さんからのメッセージと言うだけで、今日もサークルは無いのかと分かるようになっていた。しかし、不可解な事に、里奈さんからは一度もメッセージが送られてくることは無かった。いくら先輩とはいえ、サークルのメンバー同士であるため連絡先ぐらいは知っている。それなのに、送り主はいつも薊さん。まるで、里奈さんが俺を避けているかのようだった。
9月21日。午後の講義が急遽教授の体調不良ということで休講になり、俺はいつもより早く駅に向かおうとしていた。その途中、見覚えのある姿が俺の前を歩いていることに気が付いた。
「あれ?里奈さん・・・?」
サークル以外ではなかなか顔を合わせることがなく、そのサークルにも顔を出してくれていなかったため、久々に里奈さんを見た。講義が休講になったからこそ、本当に偶然だった。
どうやら里奈さんも帰宅するところのようで、俺と同じく駅の方に向かって商店街を歩いていた。
「やっぱり、いつ見ても綺麗だ───」
俺はふとカメラの入った鞄に手を掛けた。しかし、そのカメラがいつものカメラではなく、あの不思議なカメラである事を思い出したのだ。
「そうか、これで撮ったら里奈さんは」
俺はそっと鞄から手を離した。
ここの商店街は活気に満ちている。そうなれば、人通りもあれば人目もある。そんな所でこのカメラで里奈さんを撮ったらどうなる。きっと、辺りは騒然となり忽ちパニックになるだろう。何せ、突然人が消えてしまうのだから。それに、里奈さんだけをフレームに収められなかった場合、写真の中には里奈さん以外の人物が閉じ込められてしまう。そんなことはあってはならない。里奈さんは俺だけの為に、存在してもらわなければならない。その為には、里奈さんただ一人が映った構図でなければならない。そういう理由から、俺は大人しく撮影を諦めた。
駅に着き、電車に乗る。俺と里奈さんが向かう方向が同じく、 同じ電車に乗車していた。知り合いなのだから話し掛ければいいのだろうが、視界の隅に映り込む彼女があまりにも綺麗過ぎて、魅入ってしまっていた。
それから里奈さんは大学の最寄り駅から三駅目の駅で下車すると、どこへ向かって歩き出してしまった。その様子を、俺は後ろからただじっと眺めていた。そう、俺の最寄り駅はこの一つ前。寝過ごして乗り過ごした訳では無い。里奈さんを追ってきたのだ。里奈さんが一人になる、最高の瞬間が訪れるその一時の為に、俺は里奈さんと同じ駅で降りたのだ。
それに、ここは比較的人が少なく、閑静な街並みと言った場所でもある。だから俺は、里奈さんに気付かれないよう、少し距離を取りながら後をつけることにしたのだ。
里奈さんが何処に向かっているのかなんて知らない。何処に向かうが俺には関係ないんだ。だって、もう直ぐで手に入るんだ。大好きだった人が俺のものになる。想像しただけでも笑いが止まらない。しかし、まだ喜ぶには早い。この手で確かに里奈さんを撮さなければ意味が無い。
俺はカメラを手に、その時をひたすら待ちながら、気配を消して尾行を続けた。
そして、その時は意外にも早く訪れた。里奈さんが細い路地に入って行ったのだ。これは、
「さっきからずっと付けてきてるけど、私になんか用なの?安田くん」
どうやら、俺の尾行が里奈さんに気付かれていたのだ。細心の注意を払ってここまで来たというのに、やはり早まる気持ちが俺の行動に荒さを出させてしまったのだろうか。
「この際だからはっきり言っておくけどね、私ね安田くんには迷惑してるの」
あまりにも突然の事で、俺は一瞬里奈さんが言っている意味が分からなかった。
「安田くんさ、私の事勝手に撮ってるでしょ?許可もなく。そりゃ、同じサークルだし、写真サークルだからいいのかもしれないけどさ、いくらなんでも撮りすぎじゃない?
正直ね、気持ち悪いの。勝手に撮られてるのもそうだし、何より撮ってる時の顔が気持ち悪いの。
今だって私の事付けてきてさ。それが犯罪だって、自覚してるの?」
「ああ、そうか。そうだったのか。全部バレてたのか。なんだ、そうだったのか」
「ねえ!聞いてるの?」
「俺はね里奈さん。貴女の事が好きなんですよ。好きで好きで堪らないんですよ。だからね、俺は貴女が欲しいんですよ。ずっと、俺の手の中で、ずっと見ていたいんですよ。だから俺は貴女の写真を撮っていた。だって、貴女が綺麗だから。その美しさに惚れたんですよ。だったら、そんな美しい人を撮っていけないなんて、おかしいじゃないですか?本来、写真は残し置きたい一瞬を切り取るものでしょ?だったら、俺のやっていることは何も間違っていない。そうでしょ?
だからね里奈さん。俺の物になってくださいよ」
───カシャッ
シャッター音と共に、そこに居たはずの里奈さんが忽然と姿を消した。
「あああああ、やったぞ!やった!やった!やった!遂に、遂に俺の物になったんだぁぁぁ!!」
その夜、2人目の写真が壁に貼られた。
*****
世間は『連続失踪事件』とやらで話題になっていた。どうやら、犯人は女性ばかりを誘拐しているようで、都内で生活する女性を狙った犯行のようだ。一人目の被害者は都内の不動産会社に勤める
そんなある日、一人の刑事らしき人が俺の通う大学に聞き込みに来ていた。
「あ、ちょっとそこの君」
「はい?」
「どうも、自分はこういうものです」
そう言ってその人が見せてくれたのは、刑事ドラマでよく見る警察手帳。名前は、
「はぁ、何の用ですか?」
「何、最近話題になっている連続失踪事件について何か知っていることがあればと思ってね。こうして、被害者の関連する場所には聞き込みを行っていてね」
「そうでしたか。それは大変ですね。ですけど、俺は何も知りませんよ。この大学に通っているだけで、被害者の女性とは何の関係も無いですし」
「そうだったか。それは失礼したね。
ところで、君は写真が好きなのかい?」
「ああ、これですか?実は趣味程度で写真を撮ってましてね」
「サークルとかには入っていないのかい?」
「ええ、俺も入ろうと思ったんですけど、どうやら俺が入学する頃には無くなっていたようで・・・」
「そうだったのか。
すまん、つい余計なことを聞いてしまったね。協力ありがとう」
「いえいえ、引き続き捜査頑張って下さい」
そう言ってその刑事と別れると、俺は駅に向かった。一方で、シワシワのスーツを羽織ったその刑事は他の人に話を聞きに行っていた。
俺が辿り着いたのは、自宅マンション近くの公園だ。時刻は既に9時になろうとしていた。この時刻になると、人通りも少なくなり、街灯が及ばない所では真っ暗で何も見えないほどだった。
しかし、そんな場所であっても通る人はある訳で、俺はそんな一人歩きの女性の狙っていた。
「来た来た」
ファインダーを除き、ターゲットの女性をフレームに抑える。
「さあ、おいで───」
シャッターのボタンを押す。しかし、いつもの様にシャッターはきられず、空振りになってしまった。
「なんだよ、フィルム切れかよ」
茂みの暗がりから撮影しようとしていた為、フィルムを替えようにも鞄の中の何処に入っているのか、全く見えなかった。
仕方なく、俺は街灯のあるベンチの下まで行くと、ベンチに鞄を乗せ、替えのフィルムが何処にあるのか調べていた。
「あったあった」
丁度一つだけ替えがフィルムケースに入れてあり、それを入れ替えることにした。
フィルムをケースから取り出し、使い切ってしまったものと取り替える。新しいものをセットし、今まで使っていたものをケースに仕舞おう、そう思った瞬間だった。
────ワンワンワン!!
突如聞こえた犬の鳴き声。そして、その声はこちらに近付いてくる。
「待てっ!」
犬の鳴き声よりも向こう、暗闇から聞こえてくる男性の声。その声の主は、何かを追っている。
「来るな来るな来るな来るな来るな来るな───」
こっちの事情など一切お構いなく近付いてくる犬と人の声。それは確実に俺を追っている。
「逃げなきゃ・・・、そうだ、逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!!」
ここで逃げなくては捕まってしまう。きっと今俺を追っているのは、俺を捕まえに来たのだ。捕まってはだめだ。そんなことになれば、折角手に入れた彼女に会えなくなってしまう。そんなことがあってはならない。
そう思い立った時には、俺はその場から逃げるように駆けていた。
「鍵鍵鍵鍵!!!早く、早く、逃げなきゃ!!」
焦りが手元を狂わせる。右手に握られた鍵は震え、中々鍵穴に入ってくれなかった。
「入った!早く、早く!!」
とにかく家の中に入れば大丈夫だ。そう考えた俺は、やっとの思いで玄関を開けると、靴を投げるように脱ぎ捨て、暗室に駆け込んだ。
「来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな───」
壁一面に貼られた15人もの女性が閉じ込められた写真。そのどれもが俺の方を睨んでいる。中には絶望にも似た表情を浮かべている女もいる。
「そうだよ・・・、そうだよ、そうだよそうだよ!ここだ!ここに行っちゃえばいいんだ!そうだよ、そうだよ!」
逃げなければならない。捕まってはならない。俺を襲う恐怖からの回避策。それは、“ここ”だった。
「さあ、みんな入って、入って
それじゃ、撮るよ───」
───カシャッ
89×127mmの世界 新成 成之 @viyon0613
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