第6話 魔ノ欲望
辺りは日も暮れ、街が橙色に染まりかかった頃、俺は一人暮らしをしているマンションの最寄り駅に着いていた。大学の最寄り駅からは二駅で、マンションも駅近くと、一人暮らしの大学生にしては贅沢な生活を送っている。
改札を抜けると、俺は首に掛けていたあのカメラを手に取った。
「本当に、本当にあいつが言っていたことができるのか・・・?もし本当なら、これは、魔法のカメラなんじゃないのか・・・?」
俺がこれを買ったのか、それとも貰ったのか、それすらも覚えていない。それでも、はっきりとあの男の言葉だけは覚えている
撮った人を我が物に出来る。
マンションに向かう途中、いつも通る不動産会社の前に差し掛かった。この不動産会社は、俺が春からこっちで暮らすということで、部屋探しで世話になった会社だ。今のマンションも、ここのおかげという訳だ。
「そういえば、俺の担当してくれた人、かなり綺麗な人だったよな」
記憶を掘り返すと、俺の部屋探しの担当をしてくれた人の顔が浮かんできた。名前までは覚えていないが、綺麗な人だったということは覚えている。そういえば、あの時は不動産屋にカメラを持っていくのはおかしいと思い、担当の人の写真を撮っていなかった。
「まだいるのかな」
腕時計で時刻を確認すると、そろそろ営業終了時刻になろうとしていた。
「あ、いるじゃん」
すると、店のシャッターを下ろしに店先に一人の女性が出てきたのだ。忘れもしない。あの人が前に俺の担当をしてくれた人だ。
いることが分かった俺は、近くの公園で彼女の帰宅を待つことにした。店じまいを始めている頃だ、きっと直ぐに出てくるだろう。そう考えたからだ。
暫くして、予想通り会社の制服から私服に着替えた彼女が裏口から出てくるのが見えた。俺は咄嗟に公園から出て彼女の近くに駆け寄ろうとしたが、直ぐに思いとどまった。確か彼女はこの近くではなく、別の所に住んでいると、春に話をしたことを思い出したのだ。だから、彼女がこの公園を通るはずだと考えたのだ。それに、この公園は都内にしては珍しく木々が多く、敷地もそれなりの広さがある。何かあった時、隠れるには持ってこいだと踏んだのだ。
淡い桃色の服に身を包んだ彼女は、スマホを片手に駅に向かっていた。そして、俺のいる方、この公園にとことことやってきたのだ。
「さあ、どうなるんだい」
俺は茂みに隠れると、彼女が近付くのを息を殺して待った。手にはあのカメラを、視線はファインダー越しに彼女を捉えている。人差し指はシャッターのボタンに乗せられている。彼女の周囲には誰も居らず、この場にいるのは俺と彼女のみ。
───カシャッ
人差し指がボタンを押し、光がたかれる。シャッターがおりた音が俺の耳に届くと、ファインダー越しには信じられないことが起きていた。
「消えた・・・」
ついさっきまでスマホの画面だけを見詰めながら歩いていたはずの彼女が、シャッターを切ったことで一瞬にして姿を消してしまったのだ。
「おいおい、まさか───」
ある考えが脳裏に過ぎり、俺はすぐ様その場を離れ自室のあるマンションに向かった。
「嘘だろ嘘だろ嘘だろ」
部屋に戻るや否や、暗室に駆け込んだ俺は早速先程撮った写真の現像に取り掛かった。すると、写真に浮き上がってきたものは、俺の予想を超えるものだった。
「動いてやがる───」
背景は街灯が灯る木々の生い茂る公園。その手前、いや写真いっぱいに広がる女性の助けを求める顔。そう、そこには消えたはずの彼女がこちらに助けを求めるようにして映っていたのだ。しかも、まるで写真の世界に閉じ込められているかのように、透明な壁を叩くようにして。
「そうか、そういう事か。この写真で撮った人は、こうやって写真の世界に閉じ込めることが出来るってことなのか」
写真であるはずのに、動画のように動く彼女。口は確かに動いているけれど、その声はこちらには全く聞こえず、背景の公園の木々も一切動いていない。本当に写真という世界に閉じ込められた住人を眺めている様な気分だった。
「良い、凄く良い・・・これだよ!こういう写真が欲しかったんだ!切り取った時間じゃない、風景じゃない!本物を、本当の人間を閉じ込めた写真!
これこそ、俺が追い求めた写真だ───」
今まで何千、何万と写真を撮ってきた。その殆どが女性を被写体にした盗撮写真だ。何でそんな写真を撮ってきたのか、理由は簡単だ。美しいものが欲しかったんだ。目の前に存在する「美」に対して、何もしないんて失礼だし、勿体ないことだ。だから、この暗室の壁が埋まるほどに
あの店主の言う通りだ。これこそが、俺に必要な物だったんだ。
9月15日、俺は不思議なカメラと不動産会社に勤める女性を手に入れた。
*****
翌日、俺はいつも愛用のカメラを入れていた鞄に、魔法のカメラを入れて学校に行っていた。最早講義など、これっぽっちも頭に入ってこない。ただ退屈でしかない時間を浪費し、時計の針が進むことだけを考えながら一日を過ごしていた。
そう、俺はサークルに行くことだけを考えて学校に来たのだ。理由は単純、
そして遂に講義も終えてサークルの時間。俺は急いで部室に向かった。もうなりふり構っていられない。俺はただ撮りたいという欲望のままに構内を駆けていた。スマホのバイブなんて知ったことじゃない。
「お疲れ様です!」
サークル会館の一番奥の角部屋、写真部が部室である部屋のドアを勢い開ける。しかし、そこには里奈さんはおろか、いつもソファーで寝ている
「まだ来てないのか?」
俺はポケットに入れていたスマホを確認する。すると、薊さんからメッセージが来ているではないか。恐らく、走っていた時のバイブはこのメッセージのだったのだろう。
『ごめん!今日も二人とも行けないんだ!だから、また今度ねm(_ _)m』
一向に整わなかったはずの呼吸が、そのメッセージを読み終えると不思議と正常に戻っていた。
「帰ろ・・・」
俺の中で昂っていた何かが、一瞬にして冷めてしまったのが分かった。薊さんも里奈さんも3年生だ。忙しいのは当然だ。そもそも、このサークルに明確な活動日は無い。当たり前のように部室に来たところで、二人がいる保証なんて何処にもなかったんだ。
そういえば、
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