第5話 フィルム式一眼レフカメラ
写真サークルの活動は不定期だ。決まった活動日は定めておらず、部室に集まった人達で写真を撮ろうというのがモットーという何とも緩いサークルだ。今日も講義を終えサークル会館にある部室に向かおうと教室を出ると、スマホにメッセージが来ているのに気付いた。アプリを開くと、送信主は
『ごめん!今日用事あるから行けない!里奈も行けないから、今日の活動は無しで!』
メッセージを確認し終えると、俺は踵を返し駅に向かった。
こういうことはよくある話で、別に何とも思わない。薊さんと里奈さんは三年生だ。きっと、色々忙しいのだろう。別にあれこれ考えるなんてことはしないけど、きっとそうなのだろうと想像出来た。
駅に向かう途中にある商店街を一人歩く。路地のブロックは日中に熱を吸収したのか、夕方になってその熱を放出し始めていた。おかげで足元から暑さが伝わってくる。
俺は一度立ち止まってカバン入っていたフィルムカメラを取り出した。そして、それを構えるとカシャリとシャッターを切る。そして、ジージーとフィルムを回す。俺がファインダー越しで見たその先、そこには一人の綺麗な女性が歩いていた。恐らく、俺と同じで大学から駅に向かう途中なのだろう。商店街を行き交う主婦とは違う可憐さが漂っていた。
「綺麗な人だ───」
俺はあたかも何事も無かったかのようにカメラを仕舞うと、また歩き出した。
こういうことにはもう慣れたもので、周囲から不審がられずに女性を撮ることが出来るようになっていた。これがれっきとした盗撮だということは承知している。それでも、俺はこの行為が止められないのだ。目の前でとても美しい
駅まで続く商店街は都内のにしては賑やかで、八百屋や鮮魚店、薬局のどれもが客で賑わっている。俺は次の電車があとどれくらいなのか、確認する為に腕時計に視線をやった。次の電車までは、後10分程。このままのペースで歩けば駅には3分程で着く。それだけ確認して視線を前方に戻した。すると、先程まで随分な賑わいを見せていた商店街が一変、突如閑散としたシャッター街に変わり果ててしまったのだ。
「どうなってんだ・・・?」
まるで別世界に迷い込んでしまったかのような違和感に胸がざわついた。しかし、それでも俺は構わず駅を目指した。一見さっきの商店街とは違う場所に見えるが、店の位置や看板の位置はどれも変わっていない。つまり、商店街がおかしくなっただけで、このまま歩けば駅には着く。そう思ったのだ。
「変なこともあるんだな」
流石にこんな事態に直面するのは生まれて初めてだ。けれど、どうということは無い。なんせ、現実として事が起きているのだ。だったらそれを受け入れればいい。ただそれだけのこと。
そう思っていたのだが、いくら歩けど駅には着かず、同じようなシャッター街をぐるぐると回っているような感覚に陥っていた。
とうとう気が狂いそうになっていたところで、一軒だけ営業をしている店を見つけた。歩き始めて30分は経った頃だろう。その店は他の店とは全く異なる風貌をしており、さながらログハウスの様だった。
「『骨董品店』・・・?そんな店あったか?」
この商店街にその様な名前の店があったか思い出すが、俺の記憶が正しければそんな店は見たことが無い。
どう見ても怪しい店。それでも、このまま無限のシャッター街を歩くよりかは、この店に寄ってみるのもありなのかもしれない。そう考えると、早速店のドアを押し開けていた。
───カランコロン
俺が入店するのと同時に、ドアベルが鳴る。
「すいません。誰かいますか?」
店内を見渡すと、そこには店と言うにはあまりにも乱雑した陳列棚が乱列されていた。
「ガラクタハウスかここは」
骨董品店と看板を掲げているのだから、壺とか掛け軸とか、もっと高価なものがあるものだとばかり思っていた。しかし、実際にあったのは、安価な日用品ばかり。看板に偽りありとはこのことだろう。
「いいカメラをお持ちですね」
突然の事だった。誰も居ないと思っていた店内で、突然背後から何者かに声を掛けられたのだ。俺は咄嗟に声のする方に振り向くと、そこには何とも奇妙な人が立っていた。
「貴方は余程カメラがお好きなのでしょうね」
9月だというのに黒のロングコートを身に纏い、頭にはシルクハットをのせている。それに、そのシルクハットの下、その人の髪は見事なまでの金色をしていたのだ。声質からして男性であることは推測できたのだが、彼と呼ぶべきか分からぬその人の金の髪は女性なのかと思わせる程に長く、後ろで一つに結んでいるほどだった。
「あの・・・、貴方は一体・・・?」
顔はシルクハットのつばでよく見えない。それでも、綺麗な顔をしているのは何となく分かった。
「私ですか?私はこの店の店主と言ったところでしょうか?
そんなことより、貴方は随分と強い“望み”をお持ちだ。さぞかし、これからを面白くしてくれるのでしょう」
この店主を名乗る謎の男は一体何を言っているのだろうか。「望み」とか「これからを面白く」とか、まるで傍観者のような口振りは何なのだろうか。
「そんな貴方には、これが必要ですね」
そう言って唐突に謎の男が手にしたのは、近くの棚に置いてあった一台の一眼レフカメラだった。それは俺が愛用しているフィルムカメラに何故かよく似ており、流石に恐怖に似た感情を抱き始めていた。
「何ですか・・・?カメラ、ですか?それなら、俺持ってますので大丈夫です───」
謎の男が差し出してきたカメラを押し返す。しかし、次の男の言葉に、俺はそのカメラを掴むこととなる。
「これはただのカメラではありませんよ。このカメラはですね、撮った人を我が物に出来るんですよ」
「そ、それは、具体的にはどういうことですか?!」
「おやおや、一瞬にして血相を変えましたね。いいですね、人間とはそういうものではないと
いいですか?このカメラはですね、撮った人、つまりは被写体ですね、それを写真の世界に閉じ込めることが出来るんですよ」
男の話を聞き終える前に、気が付くと俺はそのカメラを手にしていた。
「フィルムは貴方がお持ちのもので大丈夫です。このカメラで撮りさえすれば、全てが貴方の物ですよ」
それからのことはよく覚えていない。男に何を言われたのかすら、記憶が曖昧で思い出せない。ただ、俺は確かにそのカメラを手に、賑やかな商店街で佇んでいた。
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