わたる君の日記帳

リエミ

わたる君の日記帳


 ある日の放課後、わたる君は横断歩道の向こうから、一人のおじさんが歩いてきて、話しかけられた。


「やぁ、やっと会えたな」


「おじさんだれ?」


 わたる君はおじさんの顔を見た。


 どこか自分と似たような目をしている。


「親戚の人?」


「とりあえず止まって話さないか?」


「えっ、横断歩道だよ。信号が赤に変わっちゃうよ」


 わたる君が足を進めようとするが、おじさんはわたる君の腕を、がっしり掴んで放さなかった。


「助けてー」


「助ける、助ける」


 おじさんがそう言った直後、まだ青信号なのに、数歩先へ大型トラックが突っ込んできた。


 わたる君があのまま進んでいたら、どうなったか……。


 トラックはスピードを緩めず、電信柱に追突して止まった。


 酔っ払い運転だった。


「わたる君、おじさんはちゃんと助けたからね。それからね、これはとっても大事なことなんだけど、きみの机の引き出しに、まだ使っていない、緑のノートがあるだろう? ほら、ママが買ってくれた。今日からそれを、日記帳にしなさい。分かったかい?」


「う、うん……」


 おじさんは何でそこまで知ってるんだろう……と不思議に思うまもなく、そのおじさんは名前も告げずに、行ってしまった。


 わたる君は、今日から日記を書き始めた。




 数日後のある昼下がり。


 わたる君は友達と、校庭でキャッチボールをして遊んでいた。


 そこへ、またしてもあのおじさんが現れた。


「わたる君、ちょっとこっちへボールを投げておくれよ」


「いいよー」


 わたるくんから受け取ると、おじさんはボールを持ったまま走り出した。


「ほーら、返して欲しかったら取りにおいで」


「返してー」


 わたる君と友達はおじさんを追いかけた。


 するとその時、突然の突風で、サッカーのゴールネットが倒れて、わたる君たちのいた場所へ飛んできた。


 もう少しわたる君の足が遅かったら、あれに直撃していただろう。


 おじさんはボールを返しながら、わたる君に言った。


「日記はね、三日坊主じゃいけないよ。おじさんの活躍を、ちゃんと細かく書くんだよ」


「うん、わかった。おじさんありがとう!」


 わたる君は元気にお礼を言った。


 おじさんが誰なのか分からなかったが、またふらりとどこかへ行ってしまった。



 その日、わたる君はおじさんのことを、ママやパパに言ってみた。


 しかし、二人ともおじさんに心当たりがなく、おじさんはヒーローだ、神様だ、と言って、わが子の無事を幸せに思った。




 それからもおじさんはちょくちょく現れて、わたる君の危機を救ってくれた。


 別れ際には、


「ママやパパを大切にするんだよ」


 とか、


「しっかり勉強するんだぞ」


 というように言い残し、名前を明かさず去ってゆく。




 わたる君は大学を出て、勉強を続けた結果、立派な科学者になっていた。


 自分の研究する分野に取り組むうちに、あのおじさんが、なんとなく誰なのか、想像がついてきた。


 しかしまだ若いうちは、研究を続けていかねば、真実には出会えない。


 わたる君はそれと同時に、毎日の日記もかかさなかった。




 わたる君は四十歳になった。


 そして今日、わたる君の研究していた結果を、自分の身をもって試してみたくなり、実行してみた。




 わたる君は自分の日記を手に、マシンに乗り込んだ。


 マシンは時間を越えて、幼いわたる君の下校途中にゆきついた。


 幼いわたる君は、横断歩道を歩いている。


 そこで、四十歳のおじさんになってしまった今のわたる君は、言った。


「やぁ、やっと会えたな」




 おじさんはこれから先も、わたる君を助けることで生きてゆこうと、日記帳を眺めつつ思っていた。




◆ E N D

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたる君の日記帳 リエミ @riemi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説