保育電車が1番線にまいります

ちびまるフォイ

子供思いの素敵な親御さん

「まもなく、1番線に保育電車が参ります。

 保護者の皆さまは黄色い線までお下がりください」


駅のホームに電車が到着する。

ドアが開くと車内は子供が好きそうなおもちゃが置かれている。

椅子はなく、保育士がマットの上に立っている。


「それじゃ、お願いします」

「はい。お預かりします」


子供を預けると、電車は発車ベルを鳴らして次の駅へと進んでいった。


その日、会社の給湯室では保育電車の話になった。


「保育電車って、あれですよね。ニュースでやってた」

「そうそう。保育園と電車を組み合わせたやつ」

「あれってどうなんですかね」


「意外と便利だよ。仕事終わりにいちいち保育園行く必要ないし、

 電車だから変な人に連れ去られる心配もないし」


「あ、佐藤さん、お子さん預けてるんですか?」


「ええ、もうしばらく使ってるよ」


「私も使ってみようかなぁ~~」

「競争率高いから早めに応募したほうが良いよ」


休み時間が終わって仕事に戻ると、おびただしい書類の山が待っていた。


「なにこれ……」


「佐藤くん、すまないが、今日中にこの書類の整理頼むよ」


「今日中って……とてもムリですよ!」


「いやわかるけどね、これ処理できるのは君だけだろう?

 先方もすでに納期を過ぎているから、これ以上伸ばせないんだよ」


「そんな……」


「頼むよ。今日だけでいいからさ」


上司の言う通り、実際に対応できるのは私しかいない。

私が離れればその責任や迷惑は多方面に渡ってしまう。


まるで生贄に捧げられた生娘のように覚悟を決め、仕事を進めた。





「もうこんな時間……?」


ふと、時計を見上げるとすでに夜遅くになっていた。

やっと仕事は終わって一段落。


仕事でいっぱいだった頭にスペースができたことで、

そのことが思い出されてしまった。


「あっ! 保育終電やばい!!!」


慌てて会社を出て保育電車のホームに向かう。

通常よりも早い終電だということを忘れていた。


時刻表を確かめるのももどかしくなり、駅員に詰め寄った。


「あの! 保育終電は!? 保育終電はいつですか!?」


「あ、ああ、終電ならさっき行っちゃいましたよ」


「ここを過ぎたんですか!?」

「え、ええ」


保育電車のホームを出ると慌ててタクシーを止める。

あまりの剣幕にタクシー運転手も焦った。


「な、何事ですか!? 前の車を追ってくださいとかですか!?」


「いいえ、保育電車を追ってください!! 早く!!」


運転手は保育電車の駅に沿ってタクシーを走らせた。

駅につくたびに降りては電車の通過を確認したが、


「ダメでした! 次の駅行ってください!」


「お客さん、あっちは電車。こっちは車じゃとても追いつけませんよ」


「じゃあ、最終駅まで行ってください!!」


「なにをそんなに必死なんですか……」


「子供の安全が確かめられないと、正気でいられないんですよ!!」


下手に抵抗されれば椅子越しに背中刺されそうな空気もあり、

運転手は保育電車の路線図で最終駅まで車を走らせた。


「この駅、もう閉まってますよ? 入るのマズくないですか?」


「ほっといてください」


非常出口から駅に入り、照明の落とされた駅のホームにやってくる。

駅には電車用のガレージが並び、そのうちの1つにファンシーな柄の保育電車を見つけた。


「勇太!」


我が子の名前を呼びながらドアをこじ開ける。

保育電車も電気が落とされて、端から端まで歩いても、誰も乗っていなかった。


「そんな……」


嫌な予感で頭がいっぱいになる。


終着駅で待っていた知らない人が連れ去ったのだろうか。

どこかで、誰にも気づかれないうちに落ちてしまったのか。


冷や汗が流れ始めた顔がライトで照らされた。


「誰だ! そこで何をしている!!」


高圧的な声とともに、制服を着た警備の人がやってきた。

強盗かと身構えていたようだが、こちらを見てライトを下げた。


「ああ、すみません。不審者かと思ったもので。こんなところで何を?」


「私の子供が……保育電車に預けていた子供がいないんです!!

 あの子の顔が見れなくちゃ、安心して家にも帰れない!!」


「ああ、それなら大丈夫ですよ。

 保育電車の終着駅で親御さんが迎えられなかった子供は」


「食べられるんですか!?」


「そんな怖い昔話じゃないです。一時的に託児所に預けられてるんですよ。

 こっちです、ついてきてください」


警備の人の後ろをついて歩いていくと、

暗い駅の中でも明かりで照らされている部屋が見えた。


「勇太!!」


タコ部屋のように簡素な部屋に子供はちょこんと座っていた。

駅員さんとちょうど遊んでいたところだった。


「ああ、この子の親御さんですか?」


「はい、見つかって本当に良かった……」


「ちょうどあなたに連絡するところでした。

 託児所に預けられた場合はすぐに連絡するようになってるんですよ」


「え……それじゃ必死に探す必要なかった……?」


「いえいえ、あなたの子供への深い愛情がわかりましたから。

 子供もきっと喜んでいますよ」


「ああ、本当に見つかってよかったです。

 この子が元気な顔を見るまでは、生きた心地がしなかった」


「あなたのようにお子さん思いなご両親がいて、本当に幸せだね」


駅員は子供の頭をなでた。


「あの、安心できたんで、そろそろ……」


「ああ、そうでしたね。どうぞ、一緒にお帰りください」


「あ、いえそれはいいんです。そうじゃなくて――」






「保育電車の始発っていつですか?

 持って帰るのは面倒なので、始発まで預かってもらえます?」

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