第367話 夢、破れて(前編)
昼食を食べ終えた葉子は、花と共に流し台に立ち、後片付けをしていた。
「お母さ~ん、おそとにいきたい。それおわったらこうえんいこうよ~」
優菜が葉子のそばにやって来て、エプロンを軽く引っ張る。
「ダ~メ!昨日も言ったでしょ?しばらくお外に行けないの。好きな動画いっぱい観ていいから、おうちで遊んでね」
「え~っ!きょうは、おてんきいいからそとがいいのっ!!なわとびしたい!」
「縄跳びはまた今度に――」
「なら、庭でやろうか?」
花が葉子の後ろから声を掛けると、「うん!」と優菜が頷き、葉子はギロリと姉を睨んだ。
「うちの敷地内なら問題ないでしょ。海生、優菜と遊んであげて」
「はぁ~い。じゃあ、縄跳びやりましょうか~。千草も一緒に行く?」
海生が誘うと、千草は一瞬母の顔色を伺うが、「行く……」と返事をして、海生達と共に庭に出た。
花は、周囲に自分と葉子以外誰もいなくなったのを確認すると、「本当に北斗くんと離婚するつもり?」と、皿を拭きながら言った。
「私は伝え聞いた話しか知らないけど、離婚はするのもした後も大変よ」
「でも、私は……あの人とはもう、一緒に暮らせないわ……」
葉子は泡の付いたスポンジを握る手に力を込め、ガシガシと乱暴にフライパンを擦る。
「確かに、北斗くんは葉子に甘え過ぎてたと思う。でも、葉子だって今まで辛かったことを北斗くんにきちんと言ったことが無いでしょう?どうせ言っても無駄だなんて最初から諦めないで、はっきり伝えたらよかったのよ。うちにはいくらでもいていいから、もう一度冷静によく考えて……焦って離婚なんてしない方がいいわ」
「焦ってない。ずっと前から何度も考えてたの……」
「子供達はどうするの?」
「昨日言った通りよ。千草と優菜は私が育てる。緑依風のようになる前に、この二人だけは私がちゃんと道を作って、将来は安定した道を――」
「千草達を緑依風と同じ目に合わせる気⁉」
花が食器を拭く手を止め、声を張り上げた。
「何よ、その言い方。……大丈夫よ。千草と優菜はあの人に洗脳されてない。緑依風みたいに、成功するかどうかもわからない馬鹿げた道に行きたいなんて言ったこともないし、そうなる前に引き離したんだから」
「馬鹿げた……?」
「だってそうでしょ。世の中に才能を持って生まれる人間はごく僅か。それを生業にして生きていけなければ、いくら努力を重ねようと、費やした時間は全部無駄になる。ギャンブルと一緒。緑依風にはせっかくそれを伝えて来たのに……」
「――それは、自分のことを言ってるの?」
「…………!」
花の問いかけに、葉子はカッと目を見開き、身を固める。
「緑依風は……葉子じゃないのよ」
「…………」
「今までは、ただ北斗くんへの反発心で、緑依風の将来を否定しているんだと思ってた……けど、あなたはまだ――」
「やめて……」
「葉子、あなたは緑依風がパティシエールになれなかった時、緑依風に自分と同じ悔しさを知って欲しくないから……」
「やめてっ!!!!」
葉子がバンッと流し台のフチを叩き、姉の言葉を遮る。
「…………ッ」
葉子は大きく肩を動かし、フーッ、フーッと荒い呼吸をしながら花を睨み付けた。
「その話は、もうしないでって言ったでしょ……!!」
葉子がそう言うと、玄関の方から「ただいま~」と部活から帰った立花の声がした。
「おかえり」
花が立花を出迎えると、葉子はリビングから出て、寝泊まりしている部屋へと戻っていく。
「おばちゃんと何かあったの?」
立花は自分を素通りしていく葉子を横目に、小声で母に問う。
「……ううん、なんでもない。立花の分すぐに用意するから」
花は、冷蔵庫から立花の分の昼食を取り出し、電子レンジで温め直す。
レンジの起動音を耳にしながら、花は暗い部屋でベッドに伏して泣き続ける妹の背姿を思い出していた。
マジックストーリー 夏穂 @natsuho0715
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