第3話 契約成立

 表情を硬くする女性の鼻先に契約書をつきつけながら、青年は鼻を鳴らす。

「偉そうなことを抜かしていたが、踏ん切りとやらがつかないのだろう? それならそうと、さっさと記憶を消してくれと頼めば……」

 青年が言い終わらないうちに、女性は彼の手から契約書をひったくる。そうして、驚いた表情の青年を尻目に持っていた鞄の中から筆箱を取り出し、ボールペンで契約書の名前の欄に名を記そうとする。その前にざっと契約書に目を通した。そこには、目の前に立つ青年の名前が「つかさ」というのだということ、副業可能であることや、給与についてなどの勤務体系が書かれていた。女性は署名欄に

「菊野彩羽いろは

と記し、契約書を司というらしい青年に返す。司はとても複雑な表情をしていたが、渋々書類を受け取り、先ほどの深海色の本に挟んだ。すると、同じ書類がもう1枚増えた。彼はそのうちの1枚を司は彩羽に手渡す。そうして、ぶっきらぼうに一言言った。


「……いつまでぼさっと座り込んでるつもりだ? さっさと仕事を始めるぞ。ついてこい、新米。お前の仕事を教えてやる」


 そう言って、司はさっさと図書室に向けて歩き出す。慌てて鞄を拾い、服についた埃を手で払いのけながら立ち上がり追いかけようとする彩羽。そんな彼女の方を司は思い出したように振り返り、立ち止まった。そして追いついてきた彩羽に一言言葉を発した。


「わたしは、つかさという。書護は苗字を持たないので、名前しかない。……お前の名前は、なんというんだ」

 

 契約書を読めばわかるじゃないか、そう思いながら彩羽は言った。


「菊野彩羽いろは。……これからよろしくお願いします」


 こうして、司と彩羽との奇妙な関係が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

図書館暮らし。 工藤 流優空 @ruku_sousaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ