最終話 再会

ギルド支部の中に足を踏み入れる。中はバーのような作りをしていた。

椅子やカウンター、壁など店の中は落ち着いた色調をベースとしたていた。クラシック音楽が流れている。

取り敢えず、奥の空いている席に腰を下ろす。

人の心理的な物なのか、ただ俺がそういう性格なのかは分からないが、空席が多いと奥に座ってしまう。

腰を下ろし、壮大なクラシック曲に聞き惚れる。どこかで聞き覚えのあるものだが思い出せない。


「モーツァルトのレクイエムです」


考えていることを見通しているかのように答える。

声の方を振り返ると、そこには白髪の美少女、オプティマスが立っていた。


「また、お会いしましたね...お邪魔しても?」


また、という言葉が強調されているように聞こえた。

どうぞ、と返すと俺の向かいの席に腰を下ろした。

初めて会った時も確かこのような感じだった気がする。あの時はオプティマスの方から一方的に声を掛けてきたのだが。

相変わらずオプティマスは微笑んでいた。もしかすると、微笑んでいるのではなく、そういう顔付なのかもしれない。どちらにせよ、不快な気分にはならないことは確かだ。


「...クラシック音楽、好きなの?」


首を横に振り、


「いいえ、嗜む程度のもので、特別に好きと言う訳ではありません」


彼女の声は綺麗な音色だ。

透き通っていてどこか儚げがあり、でも、芯は通った、そんな声だ。

彼女は大きな瞳で俺のことを見つめ、聞いてくる。


「ユウマさんはお好きなんですか?」


そんな顔で、そんな目で見つめられながら、そんな事を聞かれると少しばかり恥ずかしくなる。


「いいや、俺もそんなには...」


親の趣味で俺も少しばかりクラシック音楽やオペラ、演劇といった芸術作品に触れたことがあるだけだ。


「レクイエムは確か...モーツァルトの死により未完で終わった作品でしたよね?」


...たしか、そんなような気がする


「そして、弟子のフランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤーにより補筆、完成したんでしたっけ?」


...そこまでは知らなかった

と言うか疑問形で聞いてくるのをやめて頂きたい。俺も知らないのだから。


「未完成のまま死んでいくって、一体、どのような気持ちだったのでしょうかね」


顎に手を当て、首を傾げる。

一般の女の子がやると鼻につくが、彼女がやると何故か様になって見えた。

美しい、まさにその言葉に相応しい一連の動作だった。

たった一つの動きで人を魅了してしまうだけの魅力が彼女にはあった。


「...ユウマさん?」


思わず見惚れてしまい、考えることやめていた。

オプティマスに名を呼ばれ、我に返る。


「...んー、残念、悔しい...良かった、とか?」


「...良かった、というのは?」


「なんだろう、モーツァルトにも様々な事情があって完成を望んでいなかったのかもしれないから、かな?」


「...なるほど。確かに考えられますね」


オプティマスが微笑む。

なんぜか、彼女と話をしている間は、お花畑にいるような感覚に見舞われる。

まるで彼女のことしか見えていない彼氏のようだ。


「...それにしても面白い方ですね。...ユウマさんって」


クスクス笑う。

きっと、クラスの女子が同じような嗤い方をしたら不快感に襲われ、嫌悪感を抱いたに違いない。

オプティマスだから許されるのだ。

自分でも不思議なくらい彼女のことを受け入れていた。俺と彼女が似ているからなのか、分からない。


「あ!そうでした。...答え見つかりましたか?」


そう言うと彼女の目に炎が灯った。

明らかに先ほどの雰囲気とは変わっていた。

俺の答えを、考えを、彼女は欲している。喉から手が出るほどに。

それほど彼女の碧の双眼は輝いて見えた。


「たしか...仮想世界と現実世界の違いと、仮想世界での死は現実世界での死...だったか?」


頷く。


「まずは後者から...死ぬのか死なないのかは一先ず置いておいて、まずは俺たちの存在について考えた」


顔の前で手を組みながら俺の話を聞いている。

ただ興味があるというだけではなく、何かを見極める、そういった感じもする。

まるで監視者のようだ。


「二つの答えが出た。一つ目は、俺たちがこの世界の住人である説。住人というのはゲームでいったところの登場人物のような位置づけだ。二つ目は、俺たちの意識だけがこの世界にあるという説だ」


これらはベヒーモス戦後に俺と東が中心となって出した答えだ。


「...前者なら、仮想世界の死=現実世界での死となる。後者なら...俺たちの肉体は無事、つまりは現実世界に戻ることが出来る」


「...なるほど」


そう言うと微笑む。

その微笑みは何かを意味を含んだもののように感じられた。

彼女に対しての印象が美しい、可愛いから、恐い、に変わっていた。


「一つ。一つだけ間違いがあります」


「...間違い?」


「ええ、後者です」


後者...俺たちの意識だけがこの世界にあるとしたら、現実世界の肉体は無事であるがゆえに俺たちは帰還することが出来る。

これのどこが間違いだというのだろうか?

たしかに健康状態などのことを考えると無事だとは言えない。

でも、病院などに搬送されていれば、ある程度の無事は保証されるのではないだろうか?

この考えのどこが間違っているというのだろうか。


「ユウマさんは植物状態というのをご存知ですか?」


植物状態...遷延性意識障害と言われる重度の昏睡状態を指す症状の別名。


「...名前ぐらいなら」


「言葉通り、意識を失うと肉体だけの存在になります。それがずっと続くのです」


オプティマスが目を細め、声を低くする。


「それを無事であると、生きていると言えるでしょうか?...もちろん、回復の見込みがあります。ただ、私たちのように完璧に意識が消えるとしたら...?」


「...それは」


それこそ本当の意味で植物状態になってしまう。

自分の意識、自我、つまり心だけがなく、心臓など生きるために必要な器官だけが虚しく動き続ける。一定のリズムで...

そんな状態が生きていると言えるのだろうか?

残酷な話だが、俺たちが無事で帰還すできる可能性は絶たれた。


「それで...違いはなんですか?」


まるで今の話を忘れたかのように話を切り替えす。

彼女は怖くないのだろうか?彼女は生きて帰りたくないのだろうか?彼女は諦めているのだろうか?

...それとも、この世界で生きたいと思っているのだろうか?

彼女の碧の双眼が不気味に輝いて見えた。


「マジレスをすると、0と1だけの数字で作られているか、いないか、だ。...でも、オプティマスはきっと、このような答えは求めていないはずだ」


「...ええ」


「なら、俺の答えはこうだ...違いはない」


一瞬だが、彼女の碧の双眼に灯る炎が揺らいだように見えた。


「...違いですか?」


「ああ。これは俺の仲間が教えてくれたことなんだが...当人が現実世界だと認識した世界が現実なんだと、そう言っていた。...俺もそう思う」


微笑み、ではなく笑いが零れていた。


「...なるほど、なるほどっ!」


凄く嬉しそうだ。

まるで欲しがっていた物を与えられた子供のようにはしゃいでいる。

失礼、と咳ばらいをし、聞いてきた。


「それで...ユウマさんにとっての現実世界はどちらなんですか?」


俺にとっての現実世界...それは紛れもなく、このリアル・ワールドだろう。

俺の元いた世界は酷いものだった。

人に勝手な不等な評価を受け、蔑まれ、罵倒され...そんな日々の繰り返しだった。

それに比べ、この世界は平等だ。

自分の時間を代償にした分だけ、強くなり、正当な評価を受けることが出来る。

何より、蔑み、罵倒する仲間がいない。みんな優しく、時には厳しい。そんな素晴らしい人に囲まれて俺は生きている。

だから俺にとっての現実世界は...


「ここだよ」


満面の笑みを見せた。

オプティマスもこんな笑顔を見せるのかと思った。

常に微笑み、穏やかな表情をしていても心の底から笑っている感じはしなかった。

でも、今の彼女の笑顔は本物だった。


「...私もです」


-それから関係のない話が弾み...


気が付くと、外が暗くなりつつあった。

夜も更けてきていたので解散することになった。


「今日はありがとうございました。...また会えることを願っていますね」


そう言うと彼女は深々と頭を下げた。


「俺の方こそ、ありがとう。またの機会に」


踵を返す。

みんなが待っているであろう宿屋に戻る。

宿屋の方へ向かって行く彼の後ろ姿を見つめる。


「...ここが俺にとっての現実世界か...その言葉だけで私は報われた気がするよ。.........ありがとう、少年」


白髪の少女は暗闇の中に消えていった。



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仮想世界〈リアル・ワールド〉 @sota1317

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