第八話 眠り少女
-次の日の朝
目を覚ますとリビングの方から何やら物音がしていた。
身体を起こそうとすると、全身が鉛を付けているかのように重たい。
どうやら昨日の疲れが残っているのだろう。
「...本当にありがとうございましたっ!」
部屋から出ようとするとユウナの声が聞こえた。
誠意のこもった謝罪だった。
同時にその声からは決意も伺われた。
昨日のことが彼女の心境に何かしらの変化を与えたのだろう。
...これで暫くは大丈夫かな
なんて思っていると、
「盗み聞きとは...関心せん」
ユウナには気が付かれていなかったみたいだが、リーネには気が付かれていた。
...やはり、魔女は侮れないな
「もしかして...聞いてた?」
ユウナが懐疑的な目をこちらに向けてくる。
全力で否定する。
「聞いていないよ...最後以外」
嘘は付けないので最後だけは、と付け加えた。
しかし、一体どんな話をしていたのかが気になるが、ここは聞かずにいよう。
乙女の秘密というものだろう。
-それから
俺たちは軽い食事をご馳走になり、宿屋に戻ることにした。
「お世話になった。ありがとう、リーネ!...それじゃ」
頭を下げる。
NPCに頭を下げることは可笑しく見えるかもしれないが、彼女は俺の仲間を助けてくれた。
彼女は、俺の命の恩人でもあり、大切な友人だ。
そこにNPCや人間といった壁は存在しない。
そして、今回の件で俺は学んだ。
...NPCも生きていると
俺とユウナは踵を返した。
少し歩いていると後ろから足音が聞こえているのに気が付いた。
後ろを振り返るとリーネが付いて来ているではないか。
「...なんで付いて来ているんだ?」
「なんじゃ?言っておらんかったか?...妾もフラヌイの村に向かうのじゃ。...この小娘のお願いでな」
ユウナのお願いでフラヌイの村に向かうといったら、その目的は一つしかない。
きっと、先ほどの感謝の言葉はリーネが了承してくれたためだろう。
でも、なぜだろうか?
リーネは紫陽花を人間に使うことを拒否していた。
...待てよ
俺が魔女の家に招待された際に飲み物を渡された。
元気が出ると言って...
たしか、あれも紫陽花から作られた万能薬だったはずだ...
どういうことなんだ?
「...リーネ」
彼女の名前を呼ぶが、既にリーネとユウナは先に行ってしまっていた。
俺が立ち止まって考え事をしている間に歩いて行ってしまったんだろう。
ユウナとリーネが振り返りこう言う、
「置いてくよ」
「迷子になるぞ」
また二人揃って歩き出す。
「...ったく、二人揃って俺のことを子ども扱いかよ」
小さくため息交じりに言う。
お別れを告げるようにもう一度、魔女の家を、紫陽花の畑を振り返る。
すると、畑の真ん中に赤い髪をした女性が立っているような気がした。
目を凝らして見ると、微かにだが見えた。
そして、その女性は俺に向かってお辞儀をした。
俺も応えるようにお辞儀を返す。顔を上げると、既に女性はいなくなっていた。
会ったことも見たこともない人だったが、不思議と誰だか分かった気がした。
「...カルネさんか」
その女性の名前をそっと呟いた。
-俺は合流し、ことの経緯を聞いた
ユウナが三人組の男たちに、襲われそうになった時に、リーネに助けられた。
ショックなのか、魔法の影響かはわからないがユウナは気を失ってしまった。
ユウナはリーネに助けられ、リーネはユウナに助けられたのだ。
命を救ったユウナは、リーネに何か一つお願いを聞いてやると言われ、村の女の子のことを話した。
それで、今こうしてリーネも一緒にフラヌイの村に向かっているのだった。
...きっと、リーネにも思うところがあったのだろう。あの少女は彼女の妹であるスピネと同じくらいの年頃だった。
それにしても、何でも一つお願いを聞いてやるか...これはNPCの性ってやつなのかな。
あの少女のことで一つ思い出したことがあった。
それは、娘を助けるために一人で森に向かった父のことだ。
「リーネ、あの三人以外に若い男の人を見なかったか?」
ユウナも思い出したかのように頷く。
「...死んだ。奴らの仲間の一人が殺しておった...すまない」
リーネは最後に小さく謝った。
それは俺たちに対しての謝罪でもあり、死んだ者への謝罪でもあるだろう。
リーネは強いが、万能ではない。
そのことはユウナも理解しているだろう。
だから、彼女は責められる資格はないし、俺たちも責める資格はない。仕方のないことだ。
でも...むやみにNPCだろうが人の命を奪った、あいつだけは許せない。
...インビジブル・アサシンっ!
俺は犯人の名前を心の中で叫んでいた。
-フラヌイの村
それから少しして、俺たちはフラヌイの村に着いていた。
宿屋に向かう前に、あの少女が眠っている民家へ向かった。
おおよそのことは、事前に夏音たちにも伝えてあったので多少帰りが遅くなっても大丈夫だろう。
俺は民家のドアをノックした。
「すみません」
「なんの御用でしょうか?」
少女の母がドアを開け出てく。そして、俺たちの顔を一瞥すると、
「どうぞ、中にお入りください」
そう促され、俺たちは中にお邪魔した。
俺は正直に驚いていた。
リーネとスピネ、それにカルネと、彼女たちは特殊なNPCだからある程度のことは説明できたが、今回はそうはいかない。
少女の母と初めて会った時はNPCらしい受け答えだった。
でも、今はどうだろうか、俺たちのことを覚えており、何も言わずに家の中に招き入れた。
それは俺の知っているNPCの行動ではなかった。
...まさか
-少女の母に事情を説明した
俺たちは少女の部屋に案内された。
前に見たときと何一つ変わらない光景だった。少女も相変わらず穏やかな表情で眠っている。
その光景を見たリーネは深く息を吐いた。
そして、ポーチから綺麗な紫色に輝くガラス瓶を取り出した。
その瓶の口を開け、少しづつ少女に飲ませていく。
全部飲み終わらせ、少し経つと少女がゆっくりと目を開けた。そして少女が目を開けると、
「...サクラっ!」
少女の母が娘の名前を叫び、抱き付く。
今までずっと堪えていたのだろうか、何度も、何度も、娘の名前を叫んでいた。
「...ママ」
その光景を見ていると心が和らいでいくような気がした。
きっと、二人も同じなんだろう。二人の目には涙が浮かんでいた。
-落ち着くと、改めて少女の母から感謝の言葉を告げられた
最初は旦那が死んだことにショックを受けていたが、意識を取り戻した娘を見て幾分か元気を取り戻していた。
「どうお礼をしたらいいか...何か欲しいものはありますか?...大したものはご用意できませんが」
俺とユウナは、別に構いませんと答えた。
少女を救ったのは目的ではなく、あくまでも結果だった。
そんな俺たちが、お礼をされる資格なんてない。ましてや、報酬を求めることなんて...
「...あ!」
何かを思い出したように少女の母が声を上げた。
「主人の馬車があります。主人は商人をやっていたものですから...」
最初は断ったが、何度も受け取ってくださいと言われ、さらにはリーネに、人の好意を無碍にするのは好ましくない、と言われ、俺たちは折れることにした。
こうして、俺たちは馬車と言う移動手段を手に入れたのだった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、魔女さん、ありがとっ!」
民家をあとにする時、サクラちゃんが手を振りながら、大きな声で叫ぶ。
俺たちはサクラちゃんに手を振り踵を返した。少女の母は最後まで深々と頭を下げていた。
-宿屋に戻ろうとした時だった
オプティマスらしき後姿がギルド支部の方へ歩いて行くのが見えた。
「悪い。先に戻っていてくれないか?」
そう言うとユウナとリーネは頷き、二人で宿屋の中に消えていった。
俺はオプティマスが向かったと思われるギルド支部へ向かった。
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