第七話 ユウナの本音

-夜


...眠れなかった


思い出したくもない目に遭って、心も身体も疲れているはずなのに寝付けない。

目を瞑ると、あの瞬間が蘇る。

徐々に削れていく体力ゲージ。徐々に近づいてくる死の恐怖。


「...これが...あいつの言っていた死の恐怖なのか...」


気分転換をしようとベランダに出る。二人用のベンチに腰を掛けた。

今日の朝までは綺麗だった景色も、今は荒地となっていた。

昨日のように心地良い風は吹いていた。

少しばかり黄昏れていると、ベランダの扉を開ける音がした。

リーネが目を覚ましたのかと思い、後ろを振り返ると、ユウナが立っていた。


「...隣、いいかな?」


「...うん」


横に座る。

二人で荒れた紫陽花の畑を見つめる。


「...私、チャンスだと思ったの」


ユウナが口を開く。


「...チャンス?」


「うん」


ユウナの横顔を見る。

彼女は遠くを見ていた。


「...カズマくんとシュンくんのように死ねるって」


「...」


掛ける言葉を探しているとユウナが続けた。


「私、カズマくんのことが好きだった。小さい頃から...」


-私とカズマくんは幼馴染だった


引っ込み思案だった私は、友達ができずにいつも独りだった。

一方、カズマくんは友達がたくさんいて、いつもみんなの中心にいた。

でも、彼は何故か私と遊んでくれた。どんな時でも、彼は私の傍から離れないでいてくれた。

私とカズマくんはゲームが好きだった。だから、よく学校帰りにゲームをして遊んだ。

...二人で遊べるゲームは片っ端から遊んだ。

そして2098年、初の仮想世界のゲームが発売された。もちろん、ゲーム好きの私たちは抽選に応募した。

でも、見事に私たち二人は外れた。

それから、半年後に一般発売され、私たちも遂に仮想世界に踏み出すことが出来た。

私たちは、どのゲームを始めるか迷っていた時に『リアル・ワールド』に出逢った。迷いもなく始めた。

そして、リアル・ワールドで素敵な二人の仲間に出逢った。

半年近く、カズマくんたちと一緒に冒険をして、あることに気が付いた。


...この世界なら、カズマくんと並んで歩くことが出来る


現実世界の私はカズマくんの後ろを歩くことしか出来ない。肩を並べて歩くことなんて出来ない。

カズマくんと私は不釣り合いだ。私はカズマくんに相応しくない。

そう気が付いた瞬間、心が張り裂けそうだった。毎晩、泣いた。

でも、仮想世界のユウナはカズマくんと肩を並べて歩くことが出来る。

だから、それで良いんだ。仮想世界の私が幸せなら、それで良いんだ、そう思った。

だって、仮想世界の私だって、もう一人の私なんだから。


「...でも、違ったの」


「...違った?」


「ユウマくん、現実世界にあって、仮想世界にないものって何だと思う?」


...現実世界にあって、仮想世界にないもの...


考えてみたが、それらしい答えが浮かんでこない。


「...ごめん、わからない」


ユウナが俺を見つめてくる。

すると、急に手を握られた。その手からは温もりを感じる。

俺は気が付いた。


「...気が付いた?」


「ああ。...温もり、か...」


ユウナがそっと手を離し、また遠くを見つめる。


「そう。温もり...これに気が付いたとき、私は思い知らされた。...仮想世界はあくまでもデータでしかないんだと。0と1のただの数字でしかないんだと...」


...0と1の数字で出来た世界...


「だから、やっぱり私は現実世界がいいと思った。...肩を並べて歩くことはできないけど、カズマくんの温もりは感じられる。...一緒に生きてるって感じられる」


いきなり強い風が吹いた。


「...カズマくんとシュンくんがあんな目に遭って、ユウマくんとアズマくんの話を聞いていたら急に怖くなって...それで、私...」


遠くを見ていたはずのユウナが俯いていた。

太ももの上で、強く握られた手に涙が零れた。


「...ずっと、この世界から出ること、それ、だけを、考えていた」


ユウナの涙は止まらない。


「でも、気付いてしまった。...この世界は、現実、なんだって...」


ユウナが一層、手を強く握りしめる。


「...ユウマくんの、頬に触れたとき、に...」


...俺が昼寝していた時のことだろう


「...それから、カズマくんのことしか頭になくて、死んだら、現実世界に戻れるかと思って、一人で森に向かって...」


抑えきれない涙を拭う。


「男たちに見つかって...それで急に、死ぬのが恐くなって...」


俺はユウナの手を握った。


「えっ、あっ...」


突然のことで言葉を失うユウナ。


「...俺も同じだと思う」


「...え?」


ユウナがこちらを見つめる。

瞳にはたくさんの涙が溜まっていた。


「...夏音や雄大、東が死んだら、俺もきっとユウナと同じことを考えたと思う。そして、同じように死の恐怖に直面して...きっと、逃げ出すと思う」


視線を荒れた花畑へ移す。


「実際、死に直面して気が付いた。...死ぬのは怖い。そして、あぁ、このまま俺は何も出来ずに、生きた意味すら残せないまま死んでいくのか、と思った」


ユウナを目を見つめる。

握った手をもう一度、強く握りしめる。


「...俺たちは今、こうして、この世界で生きているんだ。...だから、この世界に来た意味、生きた意味を見つけてるんだ。...簡単に死のうと思うなっ!...カズマやシュンの分まで生き続けろっ!...それが、生き残った俺たちの使命だ」


「...でも、きっと、いつか、苦しみ、悲しみ、絶望を感じる時が来る...今だって、そう...」


俺は一層、手を強く握る。


「その時は、俺が手を貸す。温もりを感じたいなら、手を貸す。...だから、こうやって手を取り合って生きていこう」


「...ユウマくん」


俺の手の上に水滴が落ちる。

一つ、二つ、三つ、四つ...

やがて、休む間もなく水滴が落ちてくる。


...雨か。これもリアル・ワールドにはなかった要素だな


「...戻るか」


「...うん」


-俺とユウナは家の中に戻った


-それから二人は元居た部屋に戻り、休んだ。


『...カズマくん、シュンくん、私、この世界でもう少し頑張ってみようと思う。...また会えるのが少し遅くなっちゃうけど、許してね。...この世界に来た意味、生きた意味を見つけるまでは...』


「...ありがとう。ユウマくん」


私は誰にも聞こえない声で呟いた。






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