第六話 紫陽花の戦い 【後編】

...あぁ、このまま俺は何も出来ずに、生きた意味すら残せないまま死んでいくのか


徐々に減っていく体力ゲージを見つめながら思う。

もっと、この世界で生きたかった。

もっと、この世界を知りたかった。

もっと、この世界を見たかった。


...あぁ、ユウナにも謝ることが出来なかったなぁ


体力ゲージが残りわずかになった時、俺はそっと目を閉じた。

死を迎えるかのように...


...おそらく、もうすぐだろう


だが、なかなか、そのときはやってこない。

不思議に思った俺は目をゆっくりと開ける。

体力ゲージを確認すると、僅かだけ残っていた。それに麻痺、毒状態も解消されていた。


「...一体何が?」


麻痺状態が解消されたことで声も出るようになっていた。

考えていると、足音が聞こえた。

すぐに立ち上がり、落ちている剣を拾い上げる。うしろを振り返り、剣を構える。

一人の人間がこちらに向かって走ってくる。


「...リーネか?...いや、違う。...あれは」


-ユウナだった


「...ユウナ?...どうして?」


目の前で止まり、深々と頭を下げた。


「...ごめんなさいっ!私のせいで...」


いきなりの謝罪に俺は困惑した。


「...ど、どうしたんだよ?」


-目を覚ますと


私が目を覚ますと、身に覚えのない家のベッドの上だった。

取り敢えず、自分の居場所を調べるためにマップを開く。

すると、ユウマくんの体力がレッドゾーンまでに減っていることに気が付いた。

それに麻痺と毒状態。最悪の状況だった。

マップでユウマくんの位置を把握し、私は急いでベッドから起き上がった。


『...どうか間に合って。もうこれ以上、パーティーメンバーを死なせたくないっ!』


ドアノブを握る。


『...カズマくん、シュンくん、私に力を貸してっ!』


そして、思いっきりドアを開けるとカズマくんの倒れている近くに出た。

このままでは確実に間に合わない。

私はカズマくんだと視認できる距離まで全力で走った。


『...お願いっ!』


愛用の杖を取り出し、走りながら詠唱を始める。

...魔法は走りながら詠唱をすると失敗しやすい。

でも、それでなければ間に合わなかった。


『...カズマくん、シュンくん、お願いっ!!』


再度、今は亡き仲間の名前を叫ぶ。


『...我らのあらゆる災厄を、困難を、異常を取り除きたまえっ、フレッシュっ!!』


【フレッシュ】

回復魔法の一つ。対象者の状態異常を全て回復させる。対象者は一人。


「...そうだったんだ」


俺はユウナの手を握って感謝する。


「...ありがとう。...本当にありがとう」


ユウナがどんな表情をしているのか、わからない。

今にも零れ落ちそうな涙を堪えるので精一杯で、顔を上げることが出来なかった。


「...本当に良かった」


それから俺とユウナは落ち着くまで、手を握り合った。


-きっと、感じた温もりは忘れないだろう


減った体力を全快させ、ユウナに軽く事情を話した。

俺の話を信じてくれたユウナと話し合った結果、死体はそのままにしておくことにした。

もしかすると生き返るのかもしれない。僅かな希望を残すように...


-俺たちはリーネのもとへ向かった


紫陽花が咲き誇っていた綺麗なお花畑の面影がないほどに、荒れていた。

紫陽花は散り、踏みつぶされ、燃やされていた。

その光景から、リーネと大柄な男の戦いは苛烈を極めたものだということが伺えた。

リーネを探していると畑の中央にリーネらしき人と、黒く焦げて炭化した大きな物体が転がっていた。

俺たちは急いでリーネのもとへ向かった。

リーネの様子を見ると、服のあちこちが破け、肌が露出していた。その肌からは血が流れていた。


「...酷い。今すぐ、回復魔法をかけるわっ!」


そう言うとユウナは《ヒール》を使う。

徐々にリーネの傷が癒えていく。傷が完璧に癒えると、俺のは上着をかけてあげた。

だが、一向に目を覚ます様子がない。


...まさか


「...リーネ?...リーネっ!」


必死に彼女の名前を叫ぶ。

すると、それに応えるようにリーネの身体が光に包まれた。

あまりにの眩しさに俺たちは手で顔を覆う。

光が消えていくと、先ほどのリーネの姿とは打って変わって、幼い少女の姿になっていた。


「...まさか...スピネ?」


その幼女の名前を呼ぶ。


「ユウマぁ...久しぶりだねぇ」


語尾の変なイントネーション。

まさしく俺の知っているスピネだった。

ユウナを見ると、呆気にとられていた。


...それもそうか


-それからスピネに事の経緯を聞いた


俺と二人が居なくなると同時に戦いが始まった。

大柄な男は、大きな両手剣を振り回していた。


「大剣スキル...サイクロンっ!」


彼の持つ両手剣が風に包まれ、それが竜巻へと変化し、リーネを襲う。

逃げられないと判断したリーネは、魔導書をめくり、魔法を発動させた。


「土魔法...アース・クエイク」


リーネの足元の土が盛り上がり、彼女の目の前に大きな土壁を築いた。

竜巻が土壁にぶつかる。最初は大きな音を立て、土壁の表面を削っていくが、徐々にその力は失われ、やがて消滅した。

その瞬間、大柄な男が雄たけびを上げた。それと同時に土壁に大きな亀裂が入った。


「...こんなもん、壊せばいいだけのことだぜっ!」


彼は土壁を破壊すると、両手剣を抱えながら突進してくる。


「うおおおおおおっ!」


「...ちっ。喰らえ、ファイアーボール」


リーネの周りに三つの火球が現れ、それを同時に飛ばす。

物凄い速度で彼に目掛け、飛んでいく。動じない彼は、一つを両手剣ではじき、残りの二つを背中で受け止めた。


「...ぐはっ!」


一瞬、よろめいたが、振り返ると突進してくる。

リーネが対処しようと、魔導書をめくるが既に遅かった。

彼の両手剣がリーネの腹を目掛けて、横一線に切りかかった。

リーネは後ろに避けようとするが、少しばかり刃の先が掠る。


「...くっ」


僅かだが、出血していた。


「ほぉ?...今のを避けるなんて大したもんじゃねぇか...前の魔女っ子よりは楽しめそうだな」


彼は嬉しそうに両手剣を振り回す。


「...かにするな」


俯きながら、リーネは力強く言う。

怒りに身体を震わせる。握り拳からは血が滴る。


「なんだ?」


両足を開いて、地を強く踏みしめる。


「妾の母をっ!!カルネをっ!!ばかにするなっ!!」


顔を上げ、力いっぱい叫ぶ。

魔導書をめくる。

リーネは今まで以上に魔導書に魔力を注ぐ。

魔導書が赤い輝きを放ち始める。

リーネの目の前には巨大な火球が出来始めていた。

一方、大柄な男の持つ両手剣が風に包まれ、彼の上空に大きな竜巻が出来始めていた。


「...これが妾の本気じゃ」


大柄な男は嬉しそうに笑う。


「面白れぇっ!...なら、俺も本気で行くぜっ!!」


「...炎魔法...フレイム・バーストっ!!」


巨大な火球が彼を目掛けて一直線に飛んでいく。


「...行くぜ、テンペストっ!!」


大きな竜巻がリーネに向かって飛んでくる。

その二つがぶつかると、衝撃波が発生した。

リーネは飛ばされないように踏ん張る。

火球の炎を竜巻が巻き込んでいく。すると、やがて、炎を纏った大きな竜巻に変化した。


「...俺の勝ちだぜっ!!」


大柄な男は高らかに笑う。


「妾を...魔女をなめるなよっ!!」


さらに魔力を魔書に込める。

魔書が先ほどより一層強い輝きを示す。


「...これが魔女の戦いじゃ」


大きな竜巻が形を変え、やがて大きな龍の形に変わった。


「...なっ」


大柄な男は、あまりにも唐突なことに驚いて、声すら出せない。


「最終形態じゃ。...フレイム・ドラゴン」


大きな竜巻は龍に形を変え、大柄な男を襲った。

彼も負けじと両手剣を構える。


「...来いっ!」


赤く燃え上がった龍が大柄な男を目掛けて飛んでいく。

その姿は、まるで復讐の炎を纏った悪魔のようだった。

それからの記憶はない。


「...ってことは、あそこに転がっているのは大柄な男だってことか?」


「そういうことになるねぇ」


その瞬間、ユウナが口を押さえた。


「そう言えば、黒いマントの男を見なかったか?」


「見えなかったねぇ」


「...見えなかった?」


...まさか透明になれることを知っているのか?


「...お姉ちゃんが意識を失っていたからねぇ」


「...なるほど」


...手掛かりなしか


-それから


俺たちは魔女の家に戻り、身体を休めることにした。

カルネの結界およびリーネの拘束が解けたことで、夏音たちと連絡を取ることが出来た。

夏音たちには俺とユウナが無事であることを伝えた。向こうも全員が無事に合流していたようだ。

丸一日以上、拘束されていたので疲労を考慮して、先に戻るように伝えた。明日、俺たちも戻ると伝えた。

スピネはすぐさま自室へ戻り、気を失うかのように眠りについていた。

俺とユウナも空いた部屋で適当に休ませてもらうことにした。



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