第五話 紫陽花の戦い 【前編】
「...ろ。...きろ。...起きろっ!」
リーネに叩き起こされた。
重い瞼を開けると、何やら酷く慌てた様子のリーネがいた。
「...どうしたんだ?」
「...侵入者じゃ」
「...夏音たちはっ!?」
「先ほど、水晶玉で確認したが、無事だった」
-俺とリーネは侵入者を討つべく、紫陽花の畑に向かった
「なぜ、侵入されたんだ?」
...この森はリーネの母、カルネの結界によって守られているはずだ
...それなのになぜ...だ。
昨日のリーネの話を思い返す。
...短剣
「...来たようじゃ」
俺とリーネは木の陰に隠れる。
リーネが指を刺す方向を見ると、プレイヤーらしき奴らがいた。
大柄な男、小柄な男、黒いマントを羽織った男の三人。
大柄な男が高らかな声で笑う。
「っははははは、まさかと思ったが、隠しクエストで手に入れた短剣がキーアイテムだったとはなっ!」
...隠しクエスト?
リーネの昔話で出てきた奴らはこいつらのことなのか?
ってことは、こいつらはNPCではなく、俺たちと同じプレイヤーなのか...?
「ってか、群青花はどこっすかね?」
小柄な男が聞く。
「こんな花は見たことがないな」
黒いマントを羽織った男が言う。
地面に生えている紫陽花を一つ摘む。
「...ふむ」
その紫陽花を嘗め回すように見る。
「見たことのない花だが、高く売れるかもしれん。出来るだけ摘め」
黒いマントの男が言うと小柄の男が大きな声で返事をし、紫陽花を摘み始める。
俺は隣にいるリーネの様子を見る。
リーネは冷静でいるが、強く握られた拳は震えていた。
「ったく、そんなちんけな事はお前らに任せる。そんなことより、魔女っ娘はいねえのかよっ!?」
大柄な男が叫ぶと、地面の紫陽花を必要以上に踏みつける。
それがリーネをおびき出す挑発であることは見て取れる。リーネもそれは理解できているだろう。
だが、それはリーネにとって効果的なやり方だ。
「...すまんが、妾は行くっ!」
そう言うと木の陰から飛び出した。
「妾の大切な...庭を踏みにじった後悔をするのじゃっ!!」
指を鳴らすと、何もないところから一本の本を取り出した。
...リアル・ワールドにはない武器か
初めて見る武器だった。おそらく、魔導書といった類のものだろう。
戦う意思を見せたリーネを見て、興奮する大柄な男。
彼も背中に担いだ大きな大剣を取り出し、構える。
「いいぜっ!!来いよ、魔女っ娘っ!!!」
大柄な男が戦闘態勢に入ると、小柄な男たちも武器を構える。
「ったく、邪魔するんじゃねぇ。お前らは後ろにいる小虫を排除しろ」
...俺のことがばれているっ!?
辺りを見渡す。すると、小さなカラスが飛んでいることに気が付いた。
...使い魔か
リーネは魔導書を何ページか捲る。
「妾の責任じゃ。お前さんはあの娘を連れて逃げろ」
そう言うと小さな火球を空を飛んでいるカラスに目掛けて放つ。
炎属性の魔法ファイアーボールだ。
【ファイアーボール】
炎属性の攻撃魔法。小さな火球を対象者に目掛けて放つ。
...逃げるべきか?
...共に戦うべきか?
どちらにしろ、残りの二人と戦わなければいけない。
なら、答えは簡単だ。
-残りの二人をリーネから離す
俺は出来るだけリーネから離れるように走り出した。
大柄な男が叫ぶ。
「お前らは、あの小虫を追えっ!」
その指示に従い、二人が追いかけてくる。俺の作戦通りだ。
「...死ぬなよ」
リーネが言う。
「リーネこそな」
微かにリーネたちが戦っているのを視認できるほどのところまで走った。
辺りは背の高い草木が生えている。
...隠れられるのは木の陰くらいか
奴らが着くまでに隠れられそうな場所を探す。
ちょうどいい太さの木があった。そこの木の後ろに隠れる。
少しして彼らの足音が聞こえた。
「...ここら辺に隠れているのはわかっているんだぞっ」
アイテムポーチから、空のガラス瓶と小さな針を取り出す。
【ガラス瓶】
生活用アイテム。ガラスでできた瓶。
ガラス瓶をそっと地面に置き、小さな針を腰のベルトに付ける。
そのガラス瓶に向こうの様子が微かに映る。
小柄な男が鞭を構え、うろついている。その近くに黒いマントの男の姿がない。
...厄介だな
「...そこか?」
小柄な男が近づいてくる。
一歩。二歩。三歩。四歩。
...いまだっ!
ガラス瓶を拾い、小柄な男に目掛けて投げつける。
ガラス瓶は見事に直撃し、小柄な男に一瞬のスタン効果を与える。
実際にはそんな効果がないのだが...でも、剣を抜き、間合いを詰める時間はできる。
すぐさまに剣を抜き、小柄な男に目掛けて振り下ろそうとした時だった。
-ふと思った
...こいつらも、俺たちと同じプレイヤーなら...
カズマやシュンのように死んでしまうのかもしれない。
もし、そうなれば俺は人殺しになってしまう。
勢い良く振り下ろされた剣は、小柄な男の耳を掠り、空を切った。
「チ、チャンスっ!」
そう言うと小柄な男は鞭を振り回そうとする。
俺は剣を捨て、鞭を持っている彼の手首を抑える。
「なっ!」
「...この間合いで鞭を使うのは愚かな行為だ」
腰のベルトに付いている針を彼の首元に突き刺す。
すると彼は急に態勢を崩した。
彼に使用したのは《女王蜂の痺れ針》。
【女王蜂の痺れ針】
モンスターのドロップアイテム。素材用アイテム。また、戦闘にも使用することができ、対象者を麻痺状態にする。ただし、効果時間は短い。
...こいつを装備しておいて良かった
彼らがNPCではなく、プレイヤーであるなら殺すことはできない。
それなら戦闘不能にすればいい。そう思った俺は予め、装備しておいた。
倒れた彼を見下ろしていると、微かに足音が聞こえた。慌てて後ろを振り返る。
「...なめんなっ!」
黒いマントの男が小さな短剣で切りかかってくる。
短剣を持っている手を掴もうとした時だった...
もう片方の手にも同じような短剣が握られていた。
「...まさか」
ニヤっと笑みを浮かべる男。
「セ・フィニ」
もう片方に握られた短剣が俺の太ももを切り裂く。
その瞬間、強烈な痛みに襲われた。
その痛みにもがこうとするが、身体が動かない。
左隅の体力ゲージを見ると、麻痺状態のアイコンが点滅していた。
...くそっ
「まさか、同じような手口でやられると思わなかっただろう?」
そう言うと黒いマントの男が目の前にしゃがむ。
「それにしても、良く俺の場所に気が付くことが出来たな。...この俺に気が付くことが出来たのは、お前で三人目だ。...光栄に思え」
そう言うと唾を吹きかけてくる。
「その褒美といったら何だが、お前には死の恐怖を教えてやるよ」
片手で遊んでいた短剣を俺の掌に突き刺す。
その瞬間、またも激痛が走る。
声を上げたいが、それすらも出来ない。
「...痛いか?」
不気味に笑う。
「...俺もその痛みを知って気が付いた。ここは現実世界そのものなんだとな。...それに気が付いた俺は興奮したよ。最高だと思った。だってよ...」
何か言い掛けたときだった。
隣に倒れている小柄な男が立ち上がろうとした。
それを見た男が立ち上がり、俺に刺さった短剣を抜き、近づいていく。
「...た、倒したのかっ!?......ぐはっ」
立ち上がろうとした小柄な男の頭に短剣を突き刺した。
血しぶきが飛び、小柄な男は動かなくなった。
...殺した!?
「...だってよ、俺はPK専門だからよ~」
血の付いた短剣を舐めながら言う。
PK専門とは、プレイヤー殺しを目的として遊ぶことをいう。
プレイヤーを殺し、アイテムや所持金、装備などを剥ぎ取ることを目的とする者は少なく、ほとんどの者が快感を得られるために行っている。
...黒いマント、両手に短剣...まさか...
「...俺は、インビジブル・アサシンなんて呼ばれていた奴だよ」
-インビジブル・アサシン
一時期、姿の見えない者に殺されるといった噂が広まった。
装備者の姿を視認できなくなるマント《失望の羽織》が超低確率でドロップするイベントがあった。
そのドロップアイテムを使ったプレイヤーの仕業であることが判明し、運営はこのアイテムの使用を禁止した。それ以降、姿の見えない暗殺者の噂は消えた。
「...ある女騎士が俺の正体を見破り、運営に報告した。...そして、このアイテムは使用禁止になった。俺は殺されたような気分だったよ」
俺の髪の毛を掴み、鬼のような形相で叫ぶ。
「恐れられていた、この俺がっ!たった一人の女のせいで地に落ちたっ!...だが、神は俺に味方してくれた。...この世界に連れて来てくれたのだっ!!」
嗤う。
「...このアイテムを使えると知った時には、それは、それは、それは、それはもう手を叩いて喜んだっ!!...また、この俺の時代が来るとな」
嗤う。
「...俺はあの女に復讐する」
そう言うと黒いマントの男の姿が徐々に消えていく。
足音だけが聞こえる。
そして、聞こえなくなった。
「...あ、言い忘れていたが、体力ゲージ、確認した方がいいぞ、アデュー」
言われるがままに体力ゲージを確認すると、先ほどまでフルだったゲージが半分までに減っていた。
麻痺状態のアイコン以外にも、毒状態のアイコンが点滅していた。
...この減り方は猛毒かっ
猛毒は、毒の倍の速さで減っていく。
急いでポーションで回復をしなければいけない。
徐々に削られていく体力ゲージ。
...なんとかしなきゃっ!!
必死に体を動かそうとするが、一ミリも動かない。
そんな俺をあざ笑うかのように麻痺状態のアイコンが点滅する。
体力ゲージはその間も減っていく。
-レッドゾーンに達した
...死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
死にたくない、という、ただ一つの感情が俺の体を支配する。
頭は考えることをやめ、死にたくない、という言葉がよぎる。
これが彼の言っていた死の恐怖というものなのだろうか。
...あぁ、死にたくない
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