第四話 フラヌイの魔女

-辺り一面に紫陽花が広がる


「...これが紫陽花なのか?」


かがんで間近で見る。


「...うん。そだよぉ」


幼い声が聞こえ、顔を上げる。

そこには背丈に不格好な大きなローブを羽織り、顔半分まで隠してしまっている大きな魔女帽子を被った幼い少女が立っていた。


「...君は?」


「...わ、私は《スピネ》っていうのぉ」


語尾のイントネーションに違和感を感じる彼女は《スピネ》という名前だそうだ。


「あ、あなたはぁ?」


立ち上がって威圧感を与えないように、しゃがんだままの態勢で答える。


「俺は優真だよ」


「...ふ、ふーん。ユウマって言うんだぁ」


帽子を被り直してこちらを見る。

帽子で上手く顔が隠れて全体を見ることが出来なかったが、スピネの赤色の瞳がこちらを除いていた。

左は赤色の瞳で、右は緑色の瞳だった。綺麗なオッドアイだ。


「君は一体ここで何をしているんだい?」


「わ、私は、ここに住んでいるのぉ」


...ここに住んでいる?


そう言うとスピネが近づいてくる。

俺の元まで来ると、そっと俺の手を握る。


-一瞬で猛烈な吐き気に襲われた


「...なにをしたんだ?」


その感覚はまるで船酔いに似ていた。

平衡感覚を失い、その場にうずくまってしまう。


「ち、ちょっとだけ、ユウマの中を見せてもらったんだよぉ」


...俺の中?


スピネの言っていることが理解できずに呆然とする。

すると、今度は急に眠気に似た感覚に襲われる。

何かもがどうでも良くなり、無気力に陥っていくのがわかる。

必死にその感覚に抗うが、その抵抗も無駄に終わる。


-意識が落ちそうになった時だった


「目を覚ますんじゃっ!」


強烈なビンタが俺の左頬を捉える。

体力が全損するのではないかと思ったが、体力は一ミリも減っていなかった。


...スピネにこんな力があったなんて


そう思いながら顔を上げると...

そこには先ほどの幼い少女だったスピネが、カールのかかった白銀の髪に、豊満な胸の魔女に変わっていた。

俺は何が起こったのか、状況を掴めずにいると目の前のスピネ?が教えてくれた。


「妾は、リーネ。スピネの姉じゃ」


...姉?


「妾とスピネは同じ身体を共有しているんじゃ。つまりは、二心同体なんじゃ!」


一人で爆笑している。

スピネといい、このリーネといい、この姉妹は可笑しい。


...とんだ姉妹だなぁ


「まぁ、こんなところで立ち話もなんだ、妾の家でお茶会じゃっ!」


...あぁ、語尾が変なところも一緒なんだな


そう言うとリーネは指を鳴らす。

気が付くと、一瞬で家の中にいた。


これは転移魔法...?

こんな所で時間を食っている場合ではない。

夏音と雄大、東にユーリア、そしてユウナ...この間にも彼女彼らは...

一刻も早く、ユウナを見つけ出して合流しなければ...


「...はぁ」


リーネがため息をつく。


「お前さんが気にしている奴らなら大丈夫じゃ。ほれ」


ローブの袖の中から水晶玉を取り出した。

水晶玉を覗き込むと、つるに囲まれた檻の中に囚われている夏音たちの姿が写る。

そこにユウナの姿はなかった。


「...夏音たちを離せ」


必死に殺気を殺して言う。

怒りが込み上げてきて、抑えることが出来ない。

そんな俺を見て、リーネは笑う。


「短気な奴じゃ。奴らは妾が保護しているんじゃ」


「保護...?」


「そうじゃ。最近、妾の森で良くない者達がうろついておるんじゃっ!」


まさか...


「...ユウナはっ!?もう一人の...蝶の髪飾りを付けた子はいなかったかっ!?」


すると黙って奥の部屋を指さす。

俺は急いで奥の部屋に向かった。

そこには穏やかな表情で眠るユウナがいた。


「...良かった」


安堵すると急に体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。


「スピネの魔力が効いておるのんじゃな...ほら、これを飲め」


一瞬、飲むのを躊躇ったが夏音やユウナを保護してくれているので...おそらくは大丈夫だ。

リーネから受け取った飲み物を俺は一気に飲み干す。非常に甘い味だった。

数秒後、体の芯が熱くなり、みるみるうちに疲労感などが消えていった。


「...これは?」


リーネを見上げる。


「紫陽花の蜜で作った万能薬じゃ」



「...少しだけでいい分けてくれないか?」


...これがあれば


きっと、リーネからは、この時の俺は物を欲しがる無邪気な子供に見えていただろう。


「駄目じゃ。この紫陽花は人の手に触れてはならないものじゃ」


あっさりと断られてしまった。


「...折角じゃ。ユウナという奴が目を覚ますまで妾の昔話をしてやろう」


-俺とリーネは向かい合って座る


-これは...リーネたち姉妹の魔女の話


フラヌイの森には古くから魔女が住んでいるという言い伝えがあった。

青く輝く幻の花を育て、守っていると...

早くに父親を亡くしたリーネとスピネ。母親のカルネが一人でリーネたちを育てていた。

リーネたちは何の不自由なく三人で幸せに過ごしていた。

でも、その平穏の日々は唐突に終わりを迎えた。


-フラヌイの森に数人の人間たちがやってきたのだ


彼らの狙いは群青花だった。

しかし、フラヌイの森はカルネの力によって守られているため、彼らはこの家に近づくことが出来なかった。彼らは諦め帰っていた。


-数日後


彼らはまたこの森に戻ってきた。

彼らは森に入らず、森の入り口前で短剣らしきものを地面に突き刺した。その短剣は結界を破壊するものだった。

気が付くと、彼らはこの群青花畑まで来ていた。カルネが応戦したが、見たことのない魔法や攻撃のせいで母は彼らに敗れてしまった。

次々とむしり取られ、踏みにじられる群青花たち。

その光景を目の当たりにして、我慢できなかったリーネは抗戦しようと立ち上がったときだった。

リーネの脇からスピネが走り抜けていき、彼らの元へ向かった。

そのとき、リーネはスピネの背中をただ、ただ、見守ることしか出来なかった。

あっけなくスピネは殺されてしまった...

そして、彼らは用が済むとその場を去っていった。

彼らの去ったあとは、それはもう目を逸らしたくなるような光景だった。

ただ一本の群青花がスピネの血を浴び、太陽の光を受け、輝いていた。


-それから


何とか一命を取り留めたスピアだったが、それでも危険な状態であることには変わりなかった。

最後に残った群青花をカルネたちは使うか迷っていた。

なぜなら、青というより紫色に近い色に輝いており、何か嫌な雰囲気をしていたからだ。

カルネの懸命な治癒魔法でも一向に良くなる気配がなかった。

意を決したカルネとリーネは紫色に輝く群青花を材料とした万能薬をスピネに使った。


-次の日


スピネは走れるまでに回復していた。

カルネとリーネは喜びに満ちていた。これからまた三人で仲良く暮らせると...


-次の日


目を覚ますとカルネが泣いていた。

急いでスピネのいる小さな部屋へ向かった。そこには穏やかに表情で眠るスピネがいた。

がしかし、その寝顔からは生気を感じられなかった。

そう...スピネは死んでいた。

死因は失血死。原因は群青花だった。群青花は使用者の体内に住み着き、その者の血を吸い上げ増殖する。

そして、スピネの体内からは沢山の群青花の種子が見つかった。


-カルネは鬼に憑かれたように蘇生方法を探した


それからのカルネは目を当てられないほどだった。リーネの言葉にすら耳を貸さなかった。

カルネは様々な方法を試した。

...村の娘を攫い、その体を媒体としてスピネの魂を憑依させようとした。

残念ながら、それは失敗に終わる。

...次に標的にしたのは森にやってきた人間だった。同じくらいの年頃の人間だけを群青花畑に誘い、生贄として捕らえた。

それも失敗に終わった。

その間、リーネは彼女のやり方でスピネを蘇生しようとしていた。


-やがてカルネは禁忌の魔法に手を染める


様々な方法を試したが、どれも上手くいかなかったカルネは行き詰っていた。

そして、彼女は遂に禁忌の魔法に手を染めた。

それは...『キメラの錬成』

本来は違う生き物同士を錬成するのに使われるが、それを人格に応用できないか、カルネは考えた。

それから、また森にやってきた人間を攫い『キメラの錬成』の実験をし始めた。


-やがて、成功する。


成功したカルネはリーネとスピネの人格を錬成しようとした。

リーネは乗り気ではなかったが、成功することで、また三人で幸せに過ごせると思うと受け入れることにした。それに、もう一度、母の笑顔が見たかったのだ。


-無事に成功するが...


無事に成功したが、結果的に見れば失敗だった。

リーネの人体に宿ったスピネの人格は不完全なものだった。

なぜなら、スピネの人格はカルネとリーネの記憶から作られたものだったからだ。

魔力を使い果たしたカルネは帰らぬ人となった。

そして...皮肉なことにカルネが死んだ次の日に、リーネは群青花の副作用を抑えることに成功したのだった。

リーネは太陽に照らされ、紫色に輝く花畑を見て、こう呼んだ...《紫陽花》と。


「...これが妾の昔話じゃ」


最初に襲ってきたの間違いなくプレイヤーだろう。まさか、あの霧の結界を壊す道具があったとは...

特定のプレイヤーだけが魔女の家に辿り着けていたのはカルネが選んでいたから。

そして、紫陽花という花の名を聞いたことなかったのはリーネが名付けたから。

紫陽花の抗体も作成した。でも、抗体があるのになぜだ...

それについては明日にでも聞いてみようか。

それにしても、本当にこれらのことを全てリーネたちが行ったとというのなら


...NPCの枠を超えている


NPCの中にも自立思考をプログラムされた特別な個体が存在するということは聞いたことがあるが、リーネたちのように高度なNPCがいることは聞いたことがない。

もしかすると、俺たちにイレギュラーが発生したようにNPCたちにも...?

気が付くと、外は真っ暗だった。

部屋の明かりを付けながら、リーネが提案してくる。


「...もう夜か。今日はここで休んでいくのじゃ」


リーネの提案は凄く有難いものだった。

夏音たちのことも気になるが、リーネが保護してくれているのなら問題はないだろう。

彼女たちのは申し訳ないが、ここでゆっくり休ませてもらおうとするか。


...明日は色々と大変そうだ。





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