近所のおねーさん

ごんべい

近所のおねーさん


 うちの近所にはおねーさんがいる。


 小学生ぐらいからの知り合いで、私の学校の教師をしているから歳はそれなりに離れている。

 私が17歳で、おねーさんが24歳だから7歳は離れているのか。


「おねーさん、今日も私の家で寝るの?」

「うーん、家帰るのめんどくさいし、泊まりたいなー」

 ちらりと甘えるように私の方を見てくるおねーさんの顔はお酒のせいで熱っぽくて、少しだけ色っぽい。

「まぁ、私は大丈夫だけど。お父さんもお母さんも出張でいないし、くつろいで」

 明日は休日だし、おねーさんの晩酌に付き合っても問題ないといえば問題ないし。っていうか、言っても居座る人だから帰ってよと言っても無駄だ。


「ありがとー、あかりちゃん。あかりちゃんは優しいなぁ」

「ふぎぅ……」

 急におねーさんに抱きしめられる。いつものことで慣れてしまったけど。酔ってるときはいつもそう。

 私を抱きまくらにしてお酒を飲んでいる。20歳になったときからずっとそうだ。

 嫌な気持ちはしなかった。お酒と、女の人の匂いと、息苦しさで頭がくらくらして気持ちいい。

 学校では、ちゃんとしてるのに家ではこんなに無防備で、みんなの知らないおねーさんを知ってるみたいで嬉しかったけど、大学の頃の友だちとかには、やっぱりこういう姿を見せたりするのかな。


 彼氏とか、友達とか、ほんとのところを言うと、おねーさんのことはあまり知らない。そりゃそうだ。私は学生で、おねーさんはもう大人で、子どもじゃ手の届かないところに、おねーさんは居る。

 それに私もおねーさんも女性同士で、恋なんておかしいかな。

 ついでに言っちゃえば教師と生徒で。ますます恋愛なんて馬鹿げている気がした。だけど、おねーさんのことは、やっぱり好きだ。


「あのさ、おねーさんって……」

「んー、なぁにー?」

「おねーさんって、その彼氏とかいるの……?」


 思い切って、聞いてみることにした。酔ってる今なら、ポロッと口に出すかもしれない。


「彼氏かー、彼氏はいないなぁ。あたしにはあかりちゃんがいるし!」

 そう言って、缶ビールを傾ける。

 ああ、うん、やっぱ素面のときに聞くべきだったかも……。

「はいはい、おねーさん、お酒はほどほどにね」


「あれ、冗談だと思ってる? 本気だよ、あたし」

「え……?」

 

 両手に頬を添えられて、目線を無理やり合わせられる。

 心臓の音がやけにうるさくって、胸のあたりが跳ねるように痛い。心臓が飛び出してしまいそうなほど、脈打ってる気がする。

「あの、おねーさん、ほんとにお酒はほどほどに……」

「うーん、酔った勢いとかじゃないんだけど、なんであたしがあかりちゃんの学校に赴任したのかって、あかりちゃんを近くで見ておきたかったからなんだよね」

「へ、あの、えーっと」

 顔が熱い。今私はなんの告白を受けてるの。私のために、私の学校に来た……? 

いやいや、なんで急にそんなこと言うの。


「今日はご両親もいないし、いいタイミングだと思ったんだよね、酔ったフリしたらあかりちゃん、そーいう話してくれるかなって。最近言いたいことありそうだったし」

「いや、あのおっしゃる通りなんですけど……」

「それで、あかりちゃん。あたしのこと好き? あたしはあかりちゃんのこと、好きだけど」

 時間が止まったかと思うぐらい静かだった。

 おねーさんの好きという言葉が頭の中で何回も反響して、それを意味のある言葉として咀嚼するのに。ものすごく時間がかかった気がする。

「す、好きです。おねーさんのこと、私も。ずっと、前から……」

「よかった。あかりちゃんとあたしだけの秘密だよ」


 はじめてのキスはお酒の味がした。唇から流れてくる唾液は少し苦くて、だけど甘い味がした。

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近所のおねーさん ごんべい @gonnbei

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