エピローグ
物語というものは、必ず終わりがある。何らかの結末を迎える。
けれど<人生>というものに結末などというものがあるのだろうか? 人生を終えて亡くなった時がその人にとっての結末なのかもしれないが、その人にゆかりのある人達の人生はそれからも続いていくわけで、それこそ人類そのものが絶滅でもしない限り、明確な<終わり>はないのだろう。
だから、アオとミハエルの時間は、少なくともアオがこの世を去るまでは続く。
その後も、すぐには妊娠しなかったアオだが、本人が言っていた二年後よりも先の三年後に、めでたく妊娠した。
「おめでとうございます!」
と、本当に嬉しそうに祝福してくれた。
「いや~、なんか、照れくさいものですなあ……」
アオは頬を染めながら頭を掻く。
そんなアオに、
「そんなことを言ってられるのも、今の内だけですよ。これからとんでもない目に遭わされるんですから」
などと、ちょっと悪戯っぽく微笑みながらさくらが言う。
「うへえ、おどさないでくれよ。これでも不安はあるんだ」
やや腰が引けてしまったアオに、さくらは続けて言う。
「心配ありません。ミハエルがちゃんと守ってくれますよ。もちろん、私も力になります」
そう言うさくらも、編集者の仕事の方で、またアオ以外の何人かの作家の担当をすることになり、すっかり育児休業を取る以前の状態に戻っていた。それは、さくらが家庭と仕事をしっかりと両立させている証拠と言えるだろう。
ただし、さくらがそれをできるのは、エンディミオンが家を守ってくれているからというのもある。
相変わらず近所の人間にはその存在を隠してはいるものの、それはあくまでダンピールとして人間社会と折り合いをつけるためであって、必ずしも人間達を忌避しているというわけでもない。今はそうするのが賢明という判断なだけだった。
なお、すでに実年齢で四歳を過ぎた
だから今は学校にいる。
明るく朗らかで見た目も爽やかイケメンな洸は、さっそく、女子にモテモテらしい。
が、当の洸自身はまだその辺には目覚めていないので、ただ、
『友達ができて嬉しい』
程度にしか考えていないそうだけれど。
一方、
「アオもあかちゃんできるの?」
三歳になってまさに『可愛い盛り』となった恵莉花が、しかもエンディミオン譲りの美しさも持ちつつ、ぷっくりとした頬をさくら色に染めながら問い掛けてくる。
「そうだよ。恵莉花と秋生の妹か弟だね」
「わあ♡」
嬉しそうに笑顔になったその姿は、痺れるほどに愛らしい。
なお、秋生の方は、文字通り<天真爛漫>といった感じの姉とは対照的に、ややおとなしくて引っ込み思案な性格のようだった。それでいて性根は穏やかで柔和なのは間違いないので、さくらもアオも心配はしていない。
しかも秋生は、父親であるエンディミオンのことが大好きらしい。それでいてミハエルにも懐いていて、そのことで時々エンディミオンをやきもきさせるようだ。
今も、ミハエルと一緒にお絵描きをしていた。その姿が少し前の洸にも似ている。血の繋がりはないのに、まさに兄弟という感じだった。
この世には、たくさんの苦労や厄介事や面倒事や辛いことがある。けれど、同時に、楽しいことや幸せも存在しているのだ。そしてそれを掴む方法も、確かに存在している。
さくらが恵莉花と秋生を連れて家に帰った後、アオはミハエルと軽く口付けを交わし、見詰め合った。
「いつまで一緒にいられるかは分からないけど、私、長生きできるように頑張るよ。だから一緒にいさせてね……」
「ああ、もちろんだよ。僕の方からも改めてお願いする。
一緒に生きよう。アオ……」
その後、アオとミハエルの間には三人の子供が生まれたが、上の二人は外見上もミハエルに似たプラチナブロンドのダンピールとして、一番下の子はアオに似た普通の人間として生まれた。
そのため、成長が遅い上の二人はミハエルと共に一年の半分は世界を転々と渡り歩き、三十年後、やっと六歳くらいの外見になったところで、一番下の子の子供と一緒に、留学という形で日本の小学校に通うことになったりもした。そして成長しないことで周囲に合わせるのが難しくなってくると<帰国>と称して海外に渡り、そこで別の学校に通ったりという生活を送った。
もちろん、その度に友達と離れ離れという形にはなるものの、今では地球の反対側にいてもビデオ通話という形で顔を合わせて話もできるので、それほど寂しくもなかったようだ。
ただし、外見が変わらないので、多くの場合、いつの間にかフェードアウトという形で疎遠になってしまうが、これは普通の人間でもよくあることなので、特に気にしてはいない。
かように、普通の人間とは同じ時間の流れの中では生きられないけれど、それぞれが互いに『そういうもの』として違いを受け入れていた。
世間に対しては、吸血鬼やダンピール、そして洸に連なりその形質を受け継いだ者達はウェアウルフであることを隠してはいたものの、家族のなかでは当然、分かっている。しかも、数年に一人の割合で、正体を知った上で親しくしてくれる人間も現れたりした。
こうやって徐々に徐々に、人間の社会に溶け込んでいくのである。気の遠くなるような、砂漠の砂の粒を数えるようなじれったい歩みだけれど、少しずつ先へと進んでいくのだ。
そんな在り方を、アオの子孫達もさくらの子孫達も受け入れている。
「生まれてきてくれてありがとう。私のところに来てくれてありがとう」
そう言って、アオやさくらが受け入れてくれるから。ただの口先だけでない、本気の想いで受け入れてくれるから。
こうして、さくらは九十一歳まで、アオに至ってはなんと百十歳まで生き、それぞれたくさんの孫やひ孫や玄孫に囲まれ、共に満足したように穏やかにその生涯を終えたと言う。
当然、その時には、ひ孫のふりをしたミハエルやエンディミオンの姿もあったし、養子縁組をして法律上もさくらの子となった洸とその孫達もいた。洸もすっかり髪が白くなった好々爺となっていた。
そしてアオやさくらを見送ったミハエルもエンディミオンも、自分に由来する者達の幸せを守るために、人間との共生を目指し続けたのだった。
~完~
クセの強い喪女作家のショタ吸血鬼育成日記 京衛武百十 @km110
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