第16話「願い」

「始めに」

 未だ動けないユミトは、ウォーターベッドの場所を移された。個室である。そこに、エストレーリャ、フォーマルハウト、ステラとアルファが集まった。切り出したのはエストレーリャ。

「ネヴァン商会とは、孤児や貧困者など『水を持つ階級の者』に恨みを持つ者を集めた組織でした。その首魁である女……彼らに『姉御』と呼ばれていた者の名は『エトワール・ヘーベー』と言うそうです。彼女が何者かは分かりませんが、アルファ殿の話だと」

 アルファを見る。

「『私の水を還せ』と」

 そのまま答えた。

「――言っていたそうです。水装の技術を持ち、『水瓶の座』と『星海の姫』を狙った所を見て、私はアクアリウスの元関係者では無いかと思っています」

「だが確証は無いし、これから調べられもしない。全ては推測だ」

 フォーマルハウトが付け加えた。

「はい。……エトワールはアクアリウスに反感を持つ国へと働きかけ、多国籍軍を作り従えます。その手腕は流石で、瞬く間にアクアリウスを妥当し得る戦力を揃えました。計画的に、水装まで使って」

「……それと、あの兵器だ」

 ユミトが呟く。自らの身体を悉く撃ち抜いた忌々しい兵器。

「″火器アームズ″。火薬の力で鉛の弾を打ち出す兵器。激しい音と共に、当たれば大怪我、悪ければ即死という強力な兵器です。これの技術はエトワール個人のものでは無いように思えます」

「火炎瓶の応用だろう。つまりはトンデモ技術ではなく、新たな『文明の利器』という訳だ。これからの戦争は、火器だらけになると」

「姫様……いや女王。それなんだ?」

「?」

 ユミトが訊ねた。自分の首元をつついている。エストレーリャの同じところにある傷のことだ。

「……自殺未遂……痕でしょうか。私はナイフを自ら突き刺し、ネヴァン商会相手に自死を演出しました。彼らが慌ててろくに調べもせずに出た所で、『水』を使って治しました」

 エストレーリャも自分の首筋を触る。痕が残るほど深く突き刺したのだと分かる。本気だったのだ。治り、生き返ることすら賭けだったのだろう。何回もできる芸当ではない。

「……そんな無茶を……」

 フォーマルハウトが呟く。

「良いのです。それより、戦争の、あの場の結末について。語らねばなりません」

 だがエストレーリャは気にしていなかった。『それより』も、これから話す内容こそ本題であると。

「水装士アルファ殿」

 呼ばれて、アルファが説明する。

「はい。『宝瓶の間』を抜けた先の丘で、エトワールと遭遇しました。奴の兵器で私の足はやられましたが、姫さ……ステラ姫が『口に含んだ水を吹き掛け』ると苦痛を訴えて怯みましたので、その隙を突いて首を刎ねました」

「……『星海の姫』の水で……苦痛?」

 また、フォーマルハウトが首を捻った。

「水将は『水瓶の座』については?」

「……200年前、『星海の民』の先祖が築いた『浄水場』だと」

「その通り。当時の女王の座する席。ヴェルトラオム大陸の『清水』の源です。そしてその『瓶』を、ステラ。あなたは割ったのですね」

 フォーマルハウトへ説明しながら、ステラへ目を向けた。

「……うん。あんまり覚えてないけど、そうしないといけない気がしたの」

「あの時ステラ姫は様子がおかしかった。何かが乗り移っていたかのように見えました」

 アルファが補足する。そんな大切な物を割ってしまったら、この世界はどうなるのだろうか。

「……結果、伝説の通り『水』は『毒』に戻り、それを浴びた『星海の民』と『水の民』『以外が』倒れた。国内から、まるで身体の老廃物を洗い流すように。『敵方のみ』『突然倒れた』」

「!!」

 エストレーリャが締め括った。フォーマルハウトは得心する。

「惨劇は惨劇だが……それで国は護られた訳だ。ってことは、アクアリウス人以外大陸は全滅か?」

 ユミトが言う。理屈ではそうなってもおかしくない。

「いえ。問題は『雨』。あの時降っていたのは国内のみ。と言うより、『雨が降る』こと自体、殆ど奇跡のようなものなのですがね」

「雨?」

「ええ。ステラは『毒』をそれに乗せて送った。勿論『宝瓶』にも注がれます」

「…………」

「そんなものが、そんな手段があればとお思いかも知れませんが、破壊された『水瓶』はもう元には戻せません。本当の最終手段だったのです。恐らく私の元侍女はそれを知り、なお国を護ろうとステラを誘導したのでしょう」

「!」

「アニータ……」

 初めから、アニータがそれを考えていたとしたら。

「ともかく、『水瓶』は割られました。代わりに浄水をする役目が必要になったのです」

「えっ」

 エストレーリャはステラの肩を抱いた。ステラは強く頷く。

「うん。それが私の責任。私はもう一生、王都サダルスウドを離れられない」

「!」



 その話し合いが終わり。ステラとアルファは部屋を出ていった。残されたエストレーリャは、苦しそうな溜め息を吐く。

「我が愛しの幼き娘に、とても重い枷を着けてしまいました。まだまだ冒険したいでしょうに」

 それを聞いてフォーマルハウトとユミトが思い出すのはやはり、自分達の冒険の記憶だった。

「……ああ。だがそうするのが一番の良策だろう。次の『黄道審判』ではステラ姫も罪に問われる」

 事実、ステラは今回大量に殺人をした。戦争行為であったとは言え、非人道的なやり方で。さらには『水瓶』の破壊は大陸全体の危機にも直結する。ステラの行為は全く褒められたことではない。

「ユミト。あなたの子も責任を感じているでしょう」

 言われてユミトは、体勢を変えてウォーターベッドを揺らした。

「んー。……まあ、良いんじゃねえか。久々に奴を見たが、『充分冒険した』って顔だ。『随伴水装士』は『星海の姫』の隣なら、どこでも良いのさ」

「!」

 その台詞で顔を赤くしてしまったのは、エストレーリャだった。

「……よくやった。アルファ。お前はもう立派な『水装士アーバーン』だ」

「(……アステイル様。落ち着いたら、立派なお墓を建てて、盛大に水葬をします。貴方のご遺志はもう、私とユミトと水将だけでなく、ステラやアルファ殿にも『流れている』)」

 ステラのことは不憫に思う。よもや10歳で還御せざるを得なくなり、さらに随伴にはたったひとりの水装士見習いしか居なかったのだ。

 自分の時は、ユミトとフォーマルハウト。さらに姉とその随伴であったアステイル……後の夫王も居た。

 戦争など無い、とても楽しい旅だったのだ。

「…………ねえユミト」

「ん?なんだよ。そんな声の掛け方」

 エストレーリャはまだ、若い。

「いつまでも王不在じゃ『黄道審判』には出られないわね」

「!!」

 ユミトは少し嬉しそうに、『とても嫌そうな顔』をした。



「姫様」

「うん」

 『宝瓶の間』に、ふたりは居た。アルファは杖を使って移動している。

 未だ戦いの痕跡が残る場所。だがしかし神秘的に、ふたりの顔を映し出す水面。

 その縁に座るステラ。

「アルファも座って」

 片足では辛いだろうと促され、隣に座る。するとステラは彼へ寄り添うように項垂れた。

「…………」

 お互い無言になる。落ち着いて話す機会は無かったと言って良い。いざ時間が出来ると、何を話して良いか分からなかった。

「……皆の」

「?」

 アルファがぽつりと切り出した。

「皆の墓を建てよう。アニータや王様の。ネヴァン商会も。この戦争で亡くなった全ての人達の墓を」

「……うん」

「皆、『水が欲しかった』。それだけなんだ」

「うん」

「…………」

 また無言になる。しばしの沈黙が続く。

「……戦争が終わってからどうすれば良いか、アニータに教わらなかったね」

 今度はステラから口を開いた。

「そう、だな。俺はこれからどうしようか。この足じゃもうまともに戦えない」

「え?」

「えっ?」

 頓狂なステラの声に、思わず聞き返した。

 ふたりの目がぱちりと合う。

「……アルファは私の水装士なんだから、どうするもこうするも、無いよ?」

 それはやや、彼女にとって挑戦的な言葉だった。旅立ちを思い出す。ともすればこの男は、ふらりとどこかへ去ると、無意識に感じていた。それはユミトが、エストレーリャとアステイルを置いて去った日のように。

 ステラの心臓は速くなる。

「……ふっ」

 そしてアルファは。

 ユミトとは違う。

「え。何その笑い」

「いやいや。あはは。そうだな。俺は姫様の水装士だよ」

 アルファは縁から離れ、ステラの目の前に跪く。

「アニータがいつか言っていた」

「……!」

 ステラは一瞬止まったが、すぐにはっとした。

「そうだね」

 そして『宝瓶』から両手で『水を掬う』。

「今だと、『それ』の意味も分かる」

 いつか、旅立ちの前に。『森の泉』でやったこと。『星海の姫』が『水装士』に、その手で水を与えるという行為は。

「改めて、飲んでくれる?罪深い私に、付いてきてくれますか?」

 守り守られる関係が川の様に続く。もっと引いて見れば、天から降る雨が川となり海へ。

「ああ。水の無い荒野でも、灼熱の地獄でも。俺はステラと共に居よう」

 世界が、国が人が、正しい方向へ。

「……ありがとう。私のアルファ。大好きだよ」

 『流れる様に』。

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STARLIT KNIGHT 弓チョコ @archerychocolate

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