シャーデンフロイデ症候群のすご腕ドクター!

ちびまるフォイ

この話を楽しめたらあなたはシャーデンフロイデさん

「先生……僕は病気なんでしょうか」

「どうしてそう思うんですか?」


「最近、電車に乗っていても、誰かが痴漢で捕まらないかとか

 学校がテロリストに襲われたりしないかとか

 そんな妄想ばかりしてしまうんです……」


「それは危険ですね。思想犯罪の一歩手前です」


「なんとかなりませんか!?

 このままじゃ自分がどうなるかわからない!」


医者はカルテを出すと、難しい顔をした。


「あなたの病気の名前は『シャーデンフロイデ症候群』というものです」


「しゃーでん……アイスみたいな名前ですね」


「自分が手をくださずに、相手が不幸になるさまを見ないと

 どんどん気持ちが不安定になって、最後にはひざの爆弾が爆発します」


「えっ!?」


「安心してください。私はあなたと同じ病気を詳しく知っています。

 幸運でしたね。一緒に頑張って治療していきましょう」


「はい!」


「君、説明書を渡してくれ」

「どうぞ」


医者が看護師に指示を出すと、看護師は分厚い冊子を渡した。


「そこにシャーデンフロイデ症候群の内容が詳しく書かれています。

 治療には人の不幸を多く見ることで満足感を与えることが必要です」


「ってことは、不幸なものを見続ければ良いんですね」


「そうです。できるだけ絶やさずに。それが治療への糸口ですよ」

「お大事に」


2人に見送られて病院を出た男は家に帰るなりテレビをつけた。

テレビでは今ちょうど真っ最中のスポーツのニュースがやっていた。


『9回にも及ぶ激戦でしたが、最後の最後でサヨナラホームランを打たれ

 この試合が引退だったピッチャーは膝から崩れ落ちています』


画面には涙を流して悔しそうにしているピッチャーと、

対称的に気分良さげに塁を回るバッターが映し出されていた。


「お、おおおお!!」


そんな映像を、とくにピッチャーの落ちぶれっぷりを見ると多幸感が襲ってきた。


これまで「人の不幸を喜ぶなんて」とストッパーをかけていたが、

治療のお墨付きをもらったことで、遠慮なく楽しむことができる。


「治療だから……これは治療だから……!」


ネットで不幸そうなニュースをチェックして、その情報を集めていく。

過去の情報も収集しては動画サイトにアクセスする。


『はい……喫煙の事実は……本当です。薬もやっていました……。

 毎日の多忙な芸能生活で疲れてしまって……魔が差したんです……』


「あははははは!!!」


人気俳優の不祥事動画で涙を浮かべる様子を見て、心から晴れやかな気持ちになる。

特に恨みも妬みもない。ざまあみろとも思わない。


ただ、自分の手の届かないところで、

安全圏から人の不幸を楽しめることが最高に気分いい。


「これは治療だから! 治療だからしょうがない!」


ネットで拡散された動画を見ていく。


『えーーそれじゃ、今からこのライターで鉄を溶かせばどうなるか

 やってみ……おわ!? やっべ、燃え移った! うああああ!!』


「ぎゃははははは!!!」


生放送中に大火事を引き起こした配信者の映像を見ると腹がよじれる。

誰かが勝手に失敗したり、怒られたり、不幸な目に合うと気持ちが楽になる。


「治療だから……しょうがないんだ……!」


 ・

 ・

 ・



「その後、どうですか?」


「ええ、先生の言うとおりですよ。今まで自分の罪悪感でセーブしていたものの

 やっぱり人の不幸を楽しむと体が楽になったような気がします」


「……そうですか……」


「先生?」


再診にやってきたが、医者の表情はけして明るくなかった。


「実は……悪い知らせと、もっと悪い知らせがあります」


「……世界で一番聞きたくない選択肢ですね」


「悪い知らせは、あなたの病気は治るどころか進行しているということ」


「もっと悪い知らせは?」


「すでに、もうこの治療は効果が出ないということです」


「はぁ!?」


納得できないことで思わず立ち上がってしまった。


「例えば、拒食症の人が自分の病気を治すのに少しずつ食べるようになることで

 だんだん病気を克服していくとしましょう」


「はぁ……」


「でも、"これからは食べてください"といった後で、

 拒食症の人が暴食繰り返したらどうなるかわかりますか?」


「胃が慣れていないから……体が壊れちゃうとかですか」


「ひざの爆弾が爆発します」

「そっちかよ!」


「とにかく、あなたの病気はすでに脳にまで転移しとても危険な状態です」


「なんとかならないんですか……?」


「方法はひとつだけあります。おい。あの薬を」


医者は看護師に指示を出して、別の薬を患者に渡した。


「その薬を使ってください。

 ただし、薬を使っている間は、けしてハッピーにならないように」


「幸せになったら……どうなるんですか?」


「効き目が反転して、もう二度とシャーデンフロイデ症候群は治らなくなります」


「げっ……」


「一生、人の不幸を喜ぶような性格の悪い人になりたくはないでしょう。

 この薬の効き目は今日から1週間。その間は幸福な物をけして見たりしないように」


「やります……やり通してみせます……!!」


決意を新たに過酷な治療生活がはじまった。


やることは前と変わらないものとばかり思ってテレビを付けていたが、


『続いては、大変可愛らしいニュースが届いています。

 下野動物園で赤ちゃんパンダがついに生まれました!』


「うおおおい!!」


慌ててテレビのコードを引っこ抜き中断させる。

幸福な情報を見てしまえば薬の効果はなくなってしまう。


「危なかった……急に差し込んでくるとは思わなかった……」


自分で見聞きする情報を制御できないテレビやネットは見なくなった。

なにせ、政治家が失脚する不幸情報のすぐ横で、芸能人の結婚が並んでたりする。


いつどこで不意打ち打ち込まれるかわかったものじゃない。


とはいえ、医者からは「それでも定期的に不幸は摂取キープしてください」と釘を刺されている。


「この世界で不幸だけを摂取なんてできるのか……」


もうこの状況がすでに不幸だった。




1週間後、病院を訪れると、経過後のカルテを医者は難しい顔で見ていた。


「むむむ……」


「先生、どうですか? 効果出ていますか?」


「素晴らしい!! しっかり治っていますよ!!

 よくぞ1週間も幸福を受け入れずに過ごしましたね!」


「やった!! 刑務所の出口でずっと過ごしていたかいがありました!!」


「な、なんでそんなところに……?」


「収監される人は決まって不幸ですから。捕まって幸せな人なんていないと思いまして」


「大変でしたね。でももう完治しましたよ。

 これからは思う存分好きに暮らして大丈夫です」


「ありがとうございます!!」


患者は深くお辞儀をして、医者に感謝を伝えてから病院を出ていった。

病室には医者と看護師だけが残った。



「……先生も人が悪いですね」


「なにがだい?」


「今日から1週間、つまり、今日まで幸福な物を見てはいけないのに

 患者に治っていると伝えてしまえば、薬の効果は台無しになるでしょうに」


「しょうがないじゃないか。

 これも私のシャーデンフロイデ症候群を治すためなのだから。

 人の不幸を見なければ、私の病気は治らない。そうだろ?」


医者はニコリと笑って答えた。

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