スプリング・ガール ~不謹慎なメイド~
星浦 翼
第1話
私は変人である。
それは、私が他人には理解できない趣味をもっているからだ。そして、変人とは他人から軽蔑されるものだ。お返しに、私も他人を軽蔑している。だから、私は人里離れた丘の上に家を構えている。
しかし、変人の家を訪ねてくる変人というのも、この世には存在する。
私がチャイムの音で外に出ると、そこにはメイド姿の女が立っていた。
「ごめんください」
「うちには、メイドを雇う余裕はありませんよ」
開口一番、私はそう言った。
正直に言えば、私は裕福だからこそ丘の上に引き篭もれている。私の言葉は、いわゆる断り文句というやつだ。人が嫌いな偏屈人間は、メイドを雇わないのだ。
私が扉を閉めようとすると、彼女は慌てて口を開いた。
「ぜんまいバネを、ご存じですか?」
普通のメイドとは違うらしい。
「ぜんまいの動力に使うバネですよね」
私が答えると、彼女は途端に笑顔になる。
「さすがは世界1のバネコレクターですね」
彼女の褒めるような言葉に、私はふんと鼻を鳴らした。
そう、私の趣味はバネを収集することだ。
私の趣味を理解して訪ねてくるとは、なかなか勉強熱心なメイドである。
しかし、私はぜんまいバネを他のバネよりも劣った存在だと考えていた。
なぜなら、ぜんまいバネは地味なのだ。
用途も子供のおもちゃなどに使われたり、掃除機の延長コードを戻すのに使われたりする。私の家には様々なバネが飾ってあるが、ぜんまいバネは棚の奥に眠っており、飾ってはいなかった。
「私のことを調べて来てくださったのは嬉しいのですが、私はあなたを雇う気はない。申し訳ありませんが、他を当たってください」
私が扉を閉めようとすると、彼女は声を荒げた。
「待ってください! 私、雇先を探しているのではないんです」
彼女は下を向いて付け加える。
「……あの、前の仕事もクビになってしまったんですけどね」
私は彼女に対して、少しだけ興味をもった。
「では、なぜ私を訪ねたのですか?」
彼女は鞄の中から、何かを取り出した。
「それは、ぜんまいバネですね」
彼女が差し出すように見せたそれは、片手に収まるほどのぜんまいバネだった。しかし、そのぜんまいバネは真ん中あたりで折れており、もはやバネとしては使い物にならない。
「これと同じバネを探しているのですが、心当たりはありませんか?」
なるほどと思う。
彼女はバネを探しに、ここに来たわけか。
「そのバネは、すでに生産が中止されている品物ですね。私の家にも1つしかありません」
「それを譲っていただくことはできないでしょうか?」
彼女の不安そうな顔に、私は困ってしまう。
「それは、あなたを雇うことよりも不可能ですね」
「そうですか」
しかし、私は彼女にさらなる興味をもっていた。
バネを探しにここまで来た変人は、彼女が初めてだった。
「できれば、どうしてそのバネが必要なのか、教えていただけませんか?」
彼女は少しだけ躊躇した。
「笑わないで聞いていただけますか?」
私が頷くと、彼女はゆっくりと話し始めた。
「頭が回らない時に、ネジが緩むって、比喩で言うじゃありませんか?」
「そうですね」
「それが本当に起こってしまったんです。私の場合はバネでした。ある日突然、私の体からバネが外れてしまったんです。そして、私はそのバネを踏んづけて壊してしまった」
「……はい?」
「そして、これがその時のバネです」
冗談か何かだろうか。
私はまじまじと壊れたバネを見つめた。
「バネが外れてからというもの、私にはいろいろなことができなくなりました。時計を読み間違えるので、遅刻をしてしまいます。手元が不安定になり、お皿も割ってしまいます。細かい作業が行えないので、掃除も行き届きません」
「それで、バネが欲しいと?」
私の苦笑を見て、彼女は怒る。
「メイドにとっては大問題なんです。なんなら、私のバネが外れている証明をしてみせます」
そして、私はようやく話のオチに気がついた。
「どうか、1週間だけでも働かせていただけませんか?」
彼女の真剣な表情に、私は心から笑ってしまった。
人と会話することが、これほど愉快だとは思わなかった。
「わかりました」
彼女は私の言葉の意味を測りかねているようだった。
彼女は私を窺うように見つめている。
「うちで働いてください」
「ほ、本当ですかっ!?」
彼女の反応の1つ1つが面白い。
「つまりあなたは……遅刻はするし、皿は割るし、掃除は隅々までできない、といった仕事をなさるおつもりなのですね」
素晴らしい仕事があるものだと、私は感心させられた。
「ありがとうございます」
彼女自身、こんな話で働けるとは思っていなかったのだろう。
飛び上がらんばかりに喜んでいた。
「明日からよろしくお願いします」
彼女がぺこりとお辞儀をするのを、私は笑いながら見つめた。
彼女がそそくさと帰るのを、私はひきとめる。
「待ってください。証明はなさらなくて結構です」
「……はい?」
「少しだけ待っていてください。あなたにはバネを差し上げましょう。ですから、明日から真面目に働いてくださいね」
おわり
スプリング・ガール ~不謹慎なメイド~ 星浦 翼 @Hosiura
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