第2話 生き延びた

(……)

(……)

(……はっ!)


 僕は慌てて目を覚ます。ケガが治り安心した僕は気が抜けて少しの間、寝ていたようだ。


「ケガ、脇腹のケガは!?」


 上体を起こし刺されていた脇腹を慌てて確認する。


 「よかった。夢じゃない……夢じゃなかったんだ。しかしなんだろう、モヤっとしたこの気分は」


 僕は今度こそ異世界を楽しみたいと思っているコウイチの意識と、手にいれた力を喜ぶシオンの意識とが交じり何とも複雑な感情に混乱していた。


「?」


 でもそんな感情もすぐに落ち着く。コーヒーに入れたミルクがうまく混ざり合うかの様に違和感なく。不思議だ。

 今の僕はシオンでありコウイチでもあるらしい。


「えっとたしか、僕(コウイチ)が召喚された国はクイール帝国とか言ってた。

 この世界にその国はあるのかな? 考えてもわからないか、あ、でもスキルは使えるようになったから同じような世界じゃないのか?」


 その辺りの知識がない僕にはわからなかった。でもただ一つ理解できたことは、僕を毒殺したクイール帝国にそれほど怒りを感じていないということ。


 それも当然、この世界にクイール帝国が存在するのも今の僕には分からないのだから。腹を立ててもしょうがないんだ。


「ああ、少し思い出した」


(そうだ、帝国一の美姫と謳われていた王女に果実水を薦められて……うーん、顔がぼやけて思い出せないけど、たしかに、綺麗な人だったような?)


「あ~、でも毒で苦しむ僕を周りの取り巻き? が嘲笑っていたっけ、その中心人物だけに綺麗なのは顔だけってことだろうな。あれはないわ」


 僕だけ別室に通されたときに疑うべきだったんだけど、女性にモテた事のない僕は浮かれていたんだと思う。


(そうそう、あの時は焦って再生スキルが使えなかった、いや所持したばかりで頭になかったんだ。あー、そして1回もスキルや魔法を使う事なく、城からも出る事なく人生が終了したんだっけ)


 過去の自分を思い出したらなんだか悲しくなってきた。


「そうだ、今度こそ今のうちにスキルを使ってしまえ」


 そうすることで過去の失敗をなかったものにしたかった。


「まずは」


 一番気になっていた【身体魔強化】のスキルを使うよう意識してみた。


「おお、これはすごいっ」


 これはどうやら魔法で全身を強化して、全てのスキルや魔法の威力までも上げてくれるみたいだ。


 視界がとんでもなくクリーンになり何もかも鮮明に見える。ダンジョン内の小さな虫の動きさえも捉えることが出来た。


「これはいい。これがあれば敵の攻撃もそう簡単には当たらないぞ」


 次は【毒耐性】をと思ったが、これはそのままの意味だろうから別に試さなくていい。たぶん前世は毒で死んだから耐性がついたのだろう。


「残りは【暗黒魔法】だけど、暗黒魔法って何だ?」


 暗黒魔法の知識が流れてくるが、魔法属性は基本的に無、火、水、風、土、光、闇、雷、木、聖、の10属性だ。


(やっぱり暗黒属性は魔族の魔法になるのかな? まあいいや……使えるものは使わないと今の生活は辛い)


「よし、これで僕も戦える、はず。これなら荷物持ちじゃなくて冒険者にもなれるんだ。後は武器を確保して冒険者ギルドで登録しよう」


 そうと決まればこんなダンジョンさっさと出なければ。


 僕はさっそく解除していた身体魔強化を再び使う。

 すると感覚が鋭くなり辺りの魔物の気配が手に取るように分かった。


「やっぱり、これは凄い……ん、この気配って」


 この安全部屋の扉の向こうに3体いる。

多分、先ほどのゴブリンだろう。わざわざ僕を追いかけて来たらしいが、


(まだ居たのか、いや、僕がそう思うだけ、長く感じていた時間はそれほど経っていない?)


 それでもかなりしつこいと思う。僕が弱いと知っているからだろうか。


(ゴブリンめ。僕はもうさっきまでの僕とは違うんだぞ)


「……そうだ、良いこと思い付いた」


 暗黒魔法の中に暗黒魔装とある。この暗黒魔装は暗黒属性の魔力でできた武器と鎧を纏えるみたいだ。


(武器だけでも魔装できない? やってみるか?)


 すぐに僕は暗黒剣をイメージして暗黒魔法を発動してみた。


 体から魔力が抜けていく。


「うわっ、これが魔力の減る感覚か、採血されている感覚に似ているな」


 ちょっと気持ち悪い。そんな意味の無いことを考えていると、僕の右手に暗黒の魔力が集まり、次第に黒い光を放ち始めた。


 その黒光が緩やかに剣の姿を形取っていく。


「おお!!」


 僕の右手にはイメージ通り全体的に真っ黒くありながらも、臼黒いオーラを放つ暗黒剣の姿があった!!


「凄い、暗黒魔法凄いよ!!」


 これならゴブリンだってやれそうだ。不思議と僕に恐れはなかった。

 一度死にかけた……いや一度死んでるんだった。何でもやれそうな気がした。


(いくよ)


 心の中でそう呟いた僕は勢いよく扉を開ける。


ギャギャ!?


すると驚いたゴブリンが一瞬だが硬直した。


(ラッキー)


 別に狙ってやったわけではないが結果オーライ。

 僕はすぐにゴブリンが手に持っている物を確認しすると、先に倒すべきゴブリンを定めた。


(まずは、僕を刺したあいつからだ。あの時のニヤケ顔は忘れてないぞ)


 僕は尖った骨を持っているゴブリンに向かって駆ける。


 身体魔強化のおかげで自分でも信じられないほどの速さで素早く近づけたことに笑みを浮かべつつ、右手に握っていた暗黒剣を軽く横に振った。


「はっ」


 すると、そのゴブリンは抵抗という抵抗はなくあっさりと首から胴体体が離れた。


(!?)


 驚きはするが、ゴブリンはあと二体残っている。


「そこっ!」


 僕は後ろに回り込もうとしていたゴブリンに振り向き際に暗黒剣を薙ぎ払う。


 ここでも、ゴブリンは身体魔強化された僕の動きに全く反応してこない。


 これもスパーンっと抵抗なく振り切り。ゴブリンを真っ二つに。


 そのまま油断することなく僕は最後の一体のゴブリンに肉薄し暗黒剣を突き刺した。


「はあ」


 ゴブリンの3体はすぐに溶けてダンジョンに吸い込まれるように消えた。


 そして、ゴブリンが消えた後には魔石、錆びたナイフ、無骨なメイス、尖った骨、が残っていた。ドロップアイテムだ。


「抵抗が全くなかった」


 今更ながら暗黒剣の切れ味の良さに恐ろしくなるが、役目を終えた暗黒剣はスッと消えてしまったため、そんな気分はすぐに消えた。


 というのも、あれほど怖くて倒せなかったゴブリンをあっさり倒してしまったから。世界が変わった気がした。


 再取得したスキルや魔法は、何も無かった僕に確かな自信を与えるものとなった。





 

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異世界転生者の奮闘 ぐっちょん @kouu

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