第2話 

 しばらく歩いていると、ゴブリン3体と遭遇した。


「あっ、冒険者様、ゴブリンが3体来ましたよ。肩慣らしには丁度いいんじゃないですか?」


「ででで、出たよ。やっぱり出るのか……」


「はい? 何です?」


「ぁゎゎゎ、、き、きぇぇぇぇっ」


 中年冒険者は突然ガタガタ震えだしたかと思えば、奇声を発して僕の背中をドンッと蹴った。ゴブリンの前へと蹴り出した。


「えっ、何を」


 蹴られた僕は意図せずゴブリンの前に。


 ——これって!?


 すぐに囮にされたのだと気づいたのだが、運が悪かった。


 倒れない様にへんに踏ん張った僕は蹴られた事と担いでいた荷物の重さで体勢を崩してしまった。


 素直に倒れて荷物を囮に逃げてしまえば良かったのに、でも、そうするにはすでに遅く、僕のすぐ目の前にはゴブリンの姿があった。


 ザクッ!


「……ぇ!?」


 そして僕は脇腹辺りを何かで刺されていた。体勢を崩していて避けようがなかった。


 ゴブリンのニヤリと笑う凶悪な顔がチラリと見える。

 

 本当にあっという間の出来事だったのだ。


「あっ、ああ……」


 ゴブリンがさらに力を入れているのか、異物が深く刺さる嫌な感触が増し、刺された部分が熱くなるが、不思議と痛みはない。


 キズは思ったほど大したことなかったのか? 一瞬、そう思ったが、ギャーギャーと嬉しそうに小躍りする他のゴブリンの声を聞き、ハッとする。


 ——囲まれたら殺される。逃げないと……


 僕はすぐに背中の荷物を捨てて。入口に向かって駆け出した。


 すぐにゴブリンの足音が聞こえてきたので、僕を追いかけて来ているのだと分かる。


「た、助けてっ」


 他の冒険者が居ればと思い叫んでみるが、今日に限って誰とも合わない。


 ——誰か……


 歯痒く思いながらも僕はとにかく逃げた。


「はぁ、はぁ、はぁ、…はっ!?」


 しばらく走っているがゴブリンがしつこい。足音がまだついて来てくる。


 ——なんで引き離せない。


 焦っていたが僕は思い出した。安全部屋がすぐ近くにあることを。


 ——あそこなら。


 良い考えだと思い足に力を入れる。 


 ——あれ?


 走り出してどれくらいだろう? 長いような短いような。

 自分でもよく分かっていないが、でも一つだけ分かることがある。

 そう、自分の身体の調子がおかしいことに。


 ふわふわと地に足がついてないようで、だんだんと力が抜けていく感じ。


 一度立ち止まり、刺されたキズの具合を確かめてみたいが、ゴブリンの足音が聞こえるので、今はできない。


 ——見えたっ、あそこだ。


 すぐ先に僕の求めていた安全部屋のトビラが見えてホッとする。


 ——あの安全部屋に行けば逃げ切れる。


 僕の頭にはそれしかなく、力を振り絞って走った。吐く息は荒く口の中は鉄の味でいっぱい。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 最後は走っているのか歩いているのかも分かっていなかったが、僕は安全部屋に転がるように逃げ込み倒れた。


 倒れたのは、走って疲れているだけだと思ったけど、そうじゃなかった。ゴブリンに刺されたキズが思っていた以上に深かったのだ。


 ——血が……


 脇腹を押さえていた手やズボンにべったり。

 よくここまで走ったもんだ。自分で自分を褒めてやりたいが、


 ——あれ、あはは、なんだ、もう痛みも何も感じてないや。


 今の僕にこれ程の大ケガを治す術がなかったのだ。

 逃げるために荷物を捨てたせいでポーションもない。


 ——最悪だ。くそぉぉ……


 飛びそうになる意識を唇を噛み締めて辛うじて意識を繋ぎ止める。


 悔しくて右手を地面に叩きつけようとしたが、それさえも叶わない。力が入らないのだ。


「ははは、なんだ、よ、これ……もう……終わりなのか……ぁぁ、悔しいな……くそぉっ、くそぉぉぉ……」


 涙で視界が歪む。


 卒院してからの僕は孤児で親が居ないことを町の子どもにバカにされてきた。


 ギルド内で荷物整理の仕事を請負ば、孤児というだけで見下され奴隷の様に扱われた。


 冒険者達には役立たずはいらない、お前は足手なんだよと罵られた。


 いつか僕も冒険者になってそんな奴らを見返してやろうと思っていた。


 いや、違う。僕は誰かに必要とされたかったのだ。僕の存在を認めて欲しかったのだ。


 ——それなのに僕は……


 意識が朦朧としてきた、いよいよ僕はダメらしい。


 ——……ん? あはは、そんなこともあったな。なつかしいや。


 これが走馬灯ってやつかな。今日まで過ごしてきた日々、その出来事が僕の脳裏を過ぎ去っていくのだ。


 ——……ん? 走馬灯?


 走馬灯という言葉なんて知らないし、今まで使ったこともない。

 不思議に思ったが、薄れゆく意識の中ではすぐにどうでもよくなっていた。


 朦朧としながらも記憶は更に遡り、流れていく、10歳、7歳……3歳……16歳、15歳……僕の知らない深い深い奥にある記憶にまで。


 ——? こういち……ってだれ? 僕? ああ……僕なのか。


 それは前世の記憶だった。日本という別世界で生きていた記憶。


 クラスメイト30人と突然異世界に召喚され勇者と呼ばれた記憶。


 クラスのみんなは勇者の証である光魔法のスキルを持っていた記憶。


 自分だけ魔族が使うと言われた【暗黒魔法】のスキル所持者だった記憶。


 他にも【身体魔強化】と【再生】という人族ではありえないスキル所持者だった記憶。


 なんたら帝国がクラスメイトのみんなを歓迎してくれた記憶。


 凄いご馳走と偉い人たちに歓迎されて……そこで記憶がかすれて飛び、僕はその日の内に毒殺されてしまった記憶までも……


 ——思い出した。


 僕は前世で江藤光一だった。


 ——あの日殺されて僕は転生したのか? あはは、笑っちゃうな。


 折角思い出したのに僕はまた死ぬらしい。


 僕は唇をより強く噛み締めた。噛み締めすぎて唇からは血が滴れている。


 それでも感じる痛みは微かなものだったが。


 だが、その少しの痛みが飛びそうになる意識を繋ぎ止めてくれた。


 すでに視界は真っ暗で身体の状態も分からない。でも、


「ぃ、嫌、だ」


 僕はかすれる声でそう呟いていた。


 半分は諦めていた僕だが、転生していたと理解した僕、いや前世のコウイチがまだ死にたくないと訴えてくる。


「死に、たく、ない」


 僕は藁にもすがる思いで刺されたキズなどは治ってしまえと念じた。


 いや正確にはコウイチなのだが。これは異世界に召喚された際に所持していた【再生】スキルを思い出してのこと。


 そんな都合のいい展開なんてある訳ないと分かっているけど、それでも前世を記憶を取り戻してすぐに死にたくなかったのだ。


「はぁ。はぁ。僕は……まだ、死に、たく、ない……」


 ——【再生】


 ——【再生】しろ。


「再生、して、くれ、よ。たの、むっ」


 ビリリッ!


「ぐあぁぁぁ…!!」


 突然、頭に中に電流のような刺激が走り【再生】スキル発動と共に頭の中に無機質な音声が響いてきたのだ


【身体魔強化スキルを覚醒した】

【再生スキルを覚醒した】

【毒耐性スキルを覚醒した】

【暗黒魔法を覚醒した】


「っ!?」


 ——今のは……それに、脇腹辺りがムズムズする。


 頭痛が治り、僕は痛みで閉じていた目をあける。


「なっ、こ、これは」


 目を開けてびっくり。僕の脇腹の傷が盛り上がり少しずつ塞がっていっているではないか。


 モゾモゾと蠢いているようで見ていると気持ちが悪い。


「これが再生スキルの力なのか?」


 そして、数分後は綺麗に完治してしまった。


「ははは」


 思わず笑い溢れた。


「やった。やったぞ」


 僕は生き延びた。でもかなり血を流し過ぎていたのだろう。身体がとてもだるい。

 キズが治りホッとした僕はいつの間にか眠りについていた。

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異世界転生者の奮闘 ぐっちょん @kouu

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