異世界転生者の奮闘

ぐっちょん

第1話 

「ぐぅっ!」


 僕の脇腹に鋭い異物が深く刺さった。すごく嫌な感覚だった。いまも身体から力が抜けていくのが分かる。


 ——まずい、まずい、まずい、早くここから逃げないと……


 僕は必死に走った。無我夢中で走った。走って走って、とにかく走った。


 ——あった……


 足に力が入らず何度も転びそうになったが、どうにか目指していた小部屋に辿り着いた僕はその小部屋に駆け込んだ。


「こ、ここに逃げ込めば、もう大丈……ぅ」


 ホッとしたのも束の間、緊張の糸が切れると同時に僕の視界がぐにゃりと歪み転げるように倒れた。


「うぐっ。ど、どうし、て、はぁ……はぁ……はぁ」



 すぐに身体を起こそうとするが思うように力が入らない。


「くっ」


 ここはダンジョンの地下1階。入口に一番近い安全部屋なのだが、出入口に近すぎて利用する冒険者なんて殆んどいない。


 現にこの部屋に人の気配はなかった。それどころか誰かが利用した形跡もない。


 ——ちくしょう。


 脇腹付近の感覚はないけど、その刺された深さからもこんな所で寝ていいはずがない。


 ——早く治療を……

 

 脇腹を押さえつつ、もう一度身体を起こそうとするが指一本動かせなくなっている。


 その後も何度か試みるが身体が全く動かなかった。


 痛みも感じないし、それに意識も朦朧としてきた。いよいよ僕はダメらしい。


 ——……ん? あはは、そんなこともあったな。なつかしいや。


 これが走馬灯ってやつかな。今日まで過ごしてきた日々、その出来事が僕の脳裏を過ぎ去っていくのだ。


 ——……ん? 走馬灯?


 走馬灯という言葉なんて知らないし、今まで使ったこともない。

 不思議に思ったが、薄れゆく意識の中ではすぐにどうでもよくなっていた。


 ————

 ——


 僕の名前はシオン歳は14だ。

孤児院の前に捨てられていたところを院長が見つけくれて育ててくれた。


 でも孤児院よりも捨てられる子どもの方が多く自立できる年齢(12歳)になると卒院しなければならない。


 今を思うと寝る所と食べる物がある孤児院での生活はとても恵まれていたのだと気づく。


 そう思ったのも、卒院しても孤児で12歳の子供が生活していけるほど稼げる仕事なんてどこにもなかったのだ。


 町での雑用や清掃などの小さな子どもでも出来る仕事は孤児院が引き受けているから、こちらまで回って来ない。


 ではどうするかというと、結局先に卒院している先輩孤児の真似する。


 そう、景気の良さそうな冒険者を相手に荷物持ちをするんだ。


 でもその仕事が荷物持ちだけで終わるはずないんだけどね。


 というのも、孤児は身体が小さな子供が多く余り荷物が持てないから、本当ならしなくてもいい薬草の採集やダンジョン資源の掘り起こし他にも色々な雑用を押し付けられるんだ。


 それでいてダンション内は普通に魔物も出るから自衛できない僕たちには危険だらけ。


 どうしようもなかった。仕事はないし、お金もない。お金がないと食べ物も買えないからね。


 ガラの悪い先輩はそれで盗みをしていたけど僕にはできなかった。


 だって、食べ物を盗み捕まれば、ボロボロになるまで殴られたり蹴られたりする。最後には衛兵を呼ばれて連れていかれる。

 そんな先輩たちの姿を何度も見てきたからね。


 それでダンジョンでの荷物持ちとなるわけだけど。この街にはダンジョンがあるからね。


 ダンジョンでは資源となる魔石や魔物の素材、それに珍しいアイテムなどが手に入る。


 それで冒険者を目指す人の多いようだけど、僕が見ていた限りでも、たしかに冒険者たちの羽ぶりはよかった。

 

 毎日美味しそうに、お酒や料理をお腹一杯食べている姿を目にするからね。


 僕もいつか冒険者になってやる、そう思っているんだけど、現実はそううまくは行かない。


 卒院して2年経ったけど、僕の生活はとても苦しい。


 それも当然なんだけどね。僕みたいな子供が気性の荒い冒険者達を相手にするんだから。


 まず、まともにお金を払ってくれない。かといって約束が違うと冒険者相手に強く出ることもできない。


 下手に揉めるとケガをするのは僕の方だからだ。


 ケガは大変。次の日の仕事ができないだけですめばいいが、最悪そのケガが原因で命を落とすことだってあるからね。実際何度か殴られたことがあるし。


 昨日だって1日中、荷物持ちをして500マネだった。


 でも、その前の日は採集まで手伝ったのにもらったは文句だけ。

 僕にとっては少しでも貰えるだけマシなのだ。


「そこのお兄さん、荷物持ちしますよ~」


「はんっ。お前みたいなひ弱なくそガキが役に立つかよっ」


「あはは、そうですよね~」


 ——こわっ、優しそうな人に見えたのに。


 この世界には幾つもダンジョンがあるらしいけど、そんなダンジョンの中でも、ここのダンジョンは広くて深いらしいから、いまだに攻略されていないそうだ。


 攻略といっても最下層のダンジョンコアに名前を刻むだけで壊すことしない。


 なんでも刻むだけで冒険者ガードにその印が出るんだと、僕にはよく分からない世界だ。


 ダンジョンコアを壊さないのは、壊すとダンジョンが消滅してしまうかららしいけど、ホントかな。


 残念ながら、今の僕には魔物を倒せる力なんてないから関係ない話なんだけど、いずれ僕も……


 そんなことを思いつつ今日も僕は冒険者に声をかけていた。


「そこのお兄さんソロですか? お荷物持ちますよ?」


 お腹の出ている余り強そうに見えない中年冒険者だ。


 ちょっと駆け出しの冒険者っぽく感じるけど、お客さんを選んでいたらご飯なんて食べれないからね。とにかく誰にでも声をかけるのだ。


「んあ? お前がか? ふむ……まあ、いいだろう。俺はな……」


 そう思って話かけたんだけど、なんか自慢話が始まってしまった。


 やれゴブリンを何体倒したとか、屈強なオークも倒した事があるとか、僕にはどうでもいい話ばかり。

 でも、雇ってくれそうなので我慢して話を聞いていた。


 話は長かったが、今日は10階層を目指すのだとその中年冒険者は言った。

 よかった。これはチャンスだ。


「そうだったんですか、凄いですね~、それじゃ僕は戦闘の邪魔にならないように荷物持ちますね」


 僕は荷物持ちの報酬さえ貰えればいいのだ。

 さりげなく中年冒険者の荷物に手を伸ばした。怒られる事の方が多いけど、多少強引にいかないとこの仕事はできない。


「うむ、いいだろう! これが私の荷物だ小僧落とすなよ」


 愛想良くした甲斐があった。気を良くした中年冒険者からいい返事が貰えて、僕は心の中で歓喜の声をあげる。


 ——よし。今日こそはお腹一杯ご飯が食べれる!


 中年冒険者から荷物を受け取り、それを背負うと僕は上機嫌でダンジョンに入った。


 もちろん、ダンジョン内では危険を避けるために中年冒険者の後を歩く。


 ——ん?


 でもおかしなことにダンジョン内を数10分ほど歩いたが、中年冒険者は入口から少し離れた辺りを行ったり来たりするだけなのだ。


 そこで僕はある事に気づく。そう、この中年冒険者はものすごく方向音痴なのではないのかと。

 

「冒険者様。僕、地下2階までの道順なら知ってますよ。ご案内いたしましょうか?」


「ムッ! 案内はいらん。い、今は身体を慣らしているのだ。余計な事は言わんでいい!」


「そうだったんですか、すみません」


 ——いけない失敗したよ。


 気分を害したら報酬が貰えなくなる。もう余計なことは言わないことにして、それからは中年冒険者の後を黙って着いて行く。

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