第56話 その後の大陸(勇者のエピローグ)

 この後、数年の時を経て、大陸から『闇に潜むモノディアベルズ』は一掃されることとなる。

 成長し、団結した神託の子らの活躍によるものだ。だがその未来はまだ遠く、子犬のようにまわりを駆けるルカへ、オリビアは桃の入った籠を抱え直し、「あ、そうだ」と訊ねる。


「ルカ君、そういえば……勇者が持ってた聖剣って壊しちゃってよかったの? あれって魔王を倒すために必要なんでしょ?」


 シドの聖剣エンダリアは草原で戦った際、ルカが『終幕の力』でへし折っている。

 善神の聖なる神器レイアークを破壊するなど、それこそ冒涜的な話である。

 しかし少年神官は足を止め、平然と言った。


「あー、あれなら大丈夫ですよ。ぜんぜん問題ありません」

「それってルカ君が代わりに魔王を倒す、みたいな意味?」

「まさか。魔王を倒すのは勇者の仕事です」


 ふわりと笑う。


「たぶん、オリビアさんの好きな娯楽本でもよくある話だと思うんですが……」


 前置きし、ルカは遠い空を見つめて言った。


「――勇者の聖剣は何度折れたって必ず蘇るんです」




                ◇ ◆ ◇




 それは数日前。

 軍勢の撤退した草原に取り残された者たちがいた。


 辺りには乾いた風が吹いている。エメラルド色の髪を揺らし、魔法使いのメアリは腰を下ろしていた。

 その膝には堕ちた勇者シド・ソーディンがいる。

 折れた聖剣は地面に転がり、シドは溢れる嗚咽を噛み殺していた。


「ちくしょう……っ」


 メアリは掛ける言葉を見つけられない。少年の顔を見つめて押し黙っている。

 二度目の大きな敗北。

 世界を救うべき勇者が魔王に負け、さらに神官の少年にまで負けた。


 もうきっとこの子は立ち上がれない。シドは魔王に負けた時、己の力の限界を見せつけられた。そこから足掻きに足掻いて、悪魔に魂まで売ったのに、神官の少年にさえ敵わなかった。


 もう限界。シド・ソーディンという少年はここで終わる。

 そんな確信がメアリの胸を締めつけていた。

 けれど。


「……強く、なってやる」


 か細い呟きが聞こえ、メアリははっと瞼を開いた。

 少年は言う。

 血と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で。


「強くなってやる。悪魔になんて頼らなくても、魔王のクソ野郎も、生意気なクソ神官もどいつもこいつもぶっ倒せるくらい、今度こそ強くなってやる……っ!」

「シド……っ」


 メアリは気づいた。

 地面に転がっている、折れてしまったはずの聖剣。

 それがいつの間にか蘇り、黄金の輝きを取り戻していた。

 魔法使いの瞳に涙が滲む。少年の黒髪を梳き、彼女は言った。


「ええ、またやり直しましょう」


 敗者たちは遥かな空を見上げて。



「もう一度、この場所から」



 いつか来る日の再起を誓った――。



                     <完>

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少年神官のハーレムスローライフ~好感度カンストお姉さんたちに愛されたので旅には出ません~ 永菜葉一 @titoku

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