第55話 少年はお姉さんに告白する(エピローグ)
その後、どうにかロッテさんの世話も一段落し、ネオンさんをなだめることにも成功して、セシルさんに「お疲れ、ルルーカ」と送り出された。
ひとりでやってきたのは、グランドール小神殿の庭。
洗濯をしているオリビアさんを手伝うためだ。
「以前以上に家事はオリビアさんに任せっきりになっちゃってるから、ちょっとでもお手伝いしないと」
そう言いながら、庭に出て――ふいに僕は息をのんだ。
目に飛び込んできたのがひどくきれいな光景だったから。
空から柔かな陽が差し、真っ白なシーツを照らしている。
みんなのシーツを干すオリビアはとても楽しそうで、ブロンドの髪が木漏れ日で輝いていた。
「ああ……」
思い出すのは、初めて会った時のこと。
神殿の『祭壇の間』に駆け込み、初めて彼女の姿を見た時も、僕はこうして見惚れてしまったのだ。
女神様みたいだ、と。
女神とは太古の西暦時代の神話の存在だ。もうこの世界には存在しない輝き。そんなものを連想してしまうくらい、僕は心を奪われていた。
「そっか、僕は……」
ブロンドの揺れる背中を見つめながら、きゅっと唇を噛み締める。
するとオリビアさんが振り向いた。
「あ、ルカ君。どうしたの、そんなところでぼーっとして?」
向けられるのは親しみのこもった笑顔。
胸の鼓動がどんどん速くなる。
あの日、自分のなかに芽生えた感情がどんなものなのか、僕は今こそ自覚した。
「オリビアさん。僕、オリビアさんに伝えたいことがあります……っ」
「えっ」
そばに駆け寄って、彼女を見上げる。
僕の思い詰めた声音を聞いて、オリビアさんは驚いた顔をした。
「わ、私に伝えたいこと? それって……」
「ずっと不思議だったんです。オリビアさんといると、どうしてこんなに鼓動が速くなるのか。なんでオリビアさんが傷つけられそうになると、激しい怒りが湧いてくるのか。そのわけが今ようやく分かりました!」
僕が真剣な口調で言うと、オリビアさんは途端に真っ赤になってわたわたし始めた。
その慌て方はいつかの僕の部屋のようで、とても可愛い。
「ま、待って、ルカ君っ。ほらキミはまだ子供だし、一応、私には王族の色々もあるしさっ。や、もちろん君がどうしてもっていうなら私も歳のことなんて気にしないし、王国が口を挟んできたらそれこそ王位継承権をこれでもかと使って黙らせるけど、いやでもほら今すぐってなると、きっとネオンもうるさいだろうし――」
「オリビアさん!」
「は、はいっ!」
ドレスの背中がピンッと伸びた。返事も敬語で、いつもと丸っきり逆。
僕は一世一代の覚悟を決める。
もしかしたら今までの関係が壊れてしまうかもしれない。
自分は間違ったことを言おうとしているのかもしれない。
それでももう気づいてしまったから、この気持ちは隠せない。
世界の美しさも醜さもすべて知った今だからこそ、ちゃんと伝えたい。
「オリビアさん」
もう一度名を呼び、僕は大きな声で言った。
耳まで赤くして緊張しているオリビアさんへ、九十度に頭を下げて。
「オリビアさんのおっぱい触らせて下さーい!」
「……………………んん?」
目が点になった。
が、そんなオリビアさんの様子には気づかず、僕はいっぱいいっぱいの顔でお願いし続ける。
「僕、オリビアさんのことを想うといっつもドキドキして、落ち着かなくて、自分がなんでこんな気持ちになるのかずっと分からなかったんです。でも部屋で『おっぱい触ってみる?』って言われて、丘の上で『格好良いところ見せたら、もっとすごいことしてくれる』って言われて……今、やっと分かりました! オリビアさんにこんなにドキドキするのはおっぱい触らせてほしいからなんだって!」
なぜかオリビアさんは頭痛を堪えるように頭を押さえた。
「ええーと…………待ってね。ちょっと確認させて? それって……ネオンとかセシルとかロッテじゃダメなの?」
「ダメです! オリビアさんがいいんです! だってこんなにオリビアさんのことで頭がいっぱいなんだもん! 僕はオリビアさんがいいんです!」
「ああー……なるほど。そっか、そういうことかぁ……」
なぜかすべてを察したという様子で、オリビアさんは空を見上げた。
ものすごく遠い目だった。
「どうしよう、これ……私のせいでルカ君が恋心とエッチな気持ちの区別がつかない子になっちゃった。悪いお姉さんにたぶらかされて、物語の鈍感主人公が出来上がっちゃったわ……」
半分ぐらいネオンのせいってことにならないかなぁ……とオリビアさんはよく分からないことをぼやく。
そして悩み顔のまま、スタスタと歩き始めた。
「とりあえずセシルに相談してみようかな……。最近のセシルはルカ君の保護者って感じだし、エルフの教育方法とかひょっとしたらヒントになるかもしれないし……」
「あ、あれ? オリビアさん? おっぱいは……?」
「教育上、よろしくないから駄目です」
「ええっ!? そんなぁ……僕、すごい勇気を出して言ったのに!?」
僕は肩を落としてしょげ返る。
セシルさんの言葉を借りるなら、捨てられた子犬のようの気分だ。
するとオリビアさんが足を止め、「もう、またそんな顔して」と苦笑する。
「お姉さんの罪悪感を刺激する悪い子には……こうだっ」
「わっ!?」
突然、目の前が真っ白になった。オリビアさんが洗濯物のシーツを被せてきたのだ。何も見えない。僕の小さな体では大きなシーツをすぐには取ることができず、わたわたと手を動かす。
するとふいに手首が掴まれて。
ふにょんっ。
何かものすごく柔らかい感触がきた。
「ふえっ!? こ、これって……っ!」
柔らかさはほんの一瞬で、もう手は離れてしまっていた。
僕は慌ててシーツを取る。すると目の前にオリビアさんのイタズラめいた笑顔があった。
「んー? ルカ君、どうかした?」
「い、今、オリビアさんっ。僕におっぱいを……っ」
と、言いかけて、はたと止まる。
いつの間にかオリビアさんは大きな桃を抱えていた。
神殿が育てている特別な桃でその身はスイカのように大きく、触ると波打つほど柔らかい。……たぶんおっぱいと似たような感触だと思う。
「そ、その桃は……」
「ああ、これ? 夕飯で使おうかなと思って、お洗濯の前に採ってきておいたの。ほらロッテが果実しか食べないから」
「ぼ、僕が今触らせてもらったのって……桃? おっぱい? え、え、どっちですか!?」
「さあ、どっちだろうねー?」
含み笑いで彼女は歩きだす。
洗濯籠に桃を入れ、軽やかな足取りで。
ほんの少しズレた胸元をこっそりと直しながら。
「これじゃあ気になって眠れませんっ。教えて下さい。オリビアさんってばーっ」
僕は尋ねながら本物の子犬のように彼女のまわりを駆けまわる。
もう完全にお姉さんに手玉に取られていた。
大陸史上最強にはなったものの、僕……ルカ・グランドールが一人前の男になるには、まだもう少し掛かりそうである――。
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