第54話 ハーレム生活なんて冒涜的です!(エピローグ)

 帝国の侵攻から数日後。

 軍勢はすでに撤退し、草原と神殿は穏やかさを取り戻していた。


 ただ、僕個人はというと、以前よりももっと忙しくなっている。

 今もグランドール小神殿の廊下を大きな籠を持って駆けていた。


「これぐらいで足りるかな? あ、でも朝も一瞬で食べ尽くしちゃってたし、あと二、三周はしなくちゃダメかも……っ」


 籠に入っているのは盛りだくさんの果実。

 一歩間違えばこぼしてしまいそうだったけど、上手くバランスを取り、廊下の角を曲がる。

 と、ちょうど目の前に踊り子のお姉さんが現れた。


「ルカっち~!」

「わ、ネオンさん!?」


 腰の辺りに抱きつかれ、危うく果実をばらまいてしまうところだった。

 どうにか回避できたのは、とっさに無詠唱の神聖術で果実の時を止め、宙に浮かしたおかげだ。


 セシルさんから時間操作の術を教えてもらっていて良かった。

 で、ネオンさんはというと、僕の腰にぐりぐりと額を押し当ててくる。


「どこにいってたのさー。どっかいくなら絶対に一言言ってからにして、っていつも言ってんじゃん!」

「す、すみません。ロッテさんがまたお腹すいちゃったって言うんで、果物をもぎにいってて……」

「だったらあたしも付いてくから! 絶対、離れないでーっ」

「わ、分かりましたから、ちょっとは離れて下さい。密着し過ぎですっ」

「だめっ。そんなこと言うルカっちは冒涜的だにゃー!」

「いやそれ僕のセリフなのに!?」


 ネオンさんは「ふしゃー!」とよく分からない気合いを入れながら、僕をがっちりとホールドする。

 軍勢が攻めてきたのがよほど怖かったらしく、数日前からずっとこの調子だった。

 一日中、そばを離れてくれず、油断するとお風呂やベッドまでついてくる。


 ネオンさんは年下にどっぷり依存するお姉さんになってしまっていた。

 僕としても責任を感じるところので邪険にはできない。困りつつも結構押し切られてしまっている。


「……ふふふ、我ながらルカっちの良心を利用した見事な作戦。王女様には一歩リードされちゃったけど、まだまだ踊り子さんは負けないにゃー」

「んん? ネオンさん、何か言いました?」

「なんも言ってないよー? ルカっち、抱き締めて! あたしを元気づけるためにぎゅーっと力いっぱい抱き締めて!」

「ええっ!?」

「だーきーしーめーてーっ!」


 ぐりぐりと額を擦りつけてくる。

 困り果てていると、廊下の向こうで部屋の扉が開いた。

 そこからズリズリと這い出てくるのは巨大なダンゴムシ――に一瞬見えたけど、毛布にくるまったロッテさんだ。


「ルー君、お腹空いたよ~。アタシ、餓死しちゃう~」

「ああ、ロッテさん。お気を確かに……っ、今いきますから! ネオンさん、手伝って下さい」

「えー、ぎゅーは?」

「あ、あとで……善処しますから!」

「お? お? 言ったね? よーし、じゃあバーサーカーな聖騎士の餌付けを手伝っちゃうぞ」

「お腹空いた~」

「はいはい、ただいま!」


 ネオンさんと一緒に山盛りの果実を持っていく。

 運動能力がずば抜けているせいか、ロッテさんはとんでもない大食漢だった。しかも偏食気味で果物以外はあんまり食べてくれない。さらには放っておくと、一日中毛布から出てこない。


 凄まじく手間の掛かるお姉さんだった。でもロッテさんには竜骸戦車のブレスを食い止めてもらった恩がある。なので僕は精一杯お世話をし、おかげで忙しさが五割増しになっていた。


「ルー君、食べさせて。あ~ん」

「はいはい……」

「ルカっち、こっちもあーん」

「ネオンさんは自分で食べて下さいよ!?」


 毛布にくるまったダンゴムシもといロッテさんにバナナを食べさせ、腰に抱きついているコアラもといネオンさんにも結局バナナをあげる。

 そんなことをしていたら、通りかかったセシルさんに呆れ顔をされた。


「……ルルーカ、いつから動物を飼い始めた? 半端な気持ちで野生動物の世話をするのはあまり感心しない。ちゃんと最後まで面倒みれるの?」

「……お、重い。最後までとか表現がなんか色々重いです、セシルさん! 僕も面倒みたくてみてるわけじゃないので分かって下さいっ」

「ちゃんと最後まで面倒みてね~」

「老後までがっつりよろしくにゃー」

「お二人は動物扱いされてることにもっと危機感持って下さいね!?」


 エサをあげながら絶叫。

 一方、セシルさんはやれやれと籠へ手を伸ばし、小さな口でリンゴをかじる。


「手間の掛かる動物たちのことはともかく……ルルーカ、残りの聖女についてはどうなってる?」

「あ、はい。明日には皆さん、到着の予定です。新しい布告が効いているようで他国の干渉も今のところなさそうです」

「……ん、それは良かった。聖女に手を出したら『終幕の力』を持った神官が報復する、なんて言われたら、さすがにどの国も手を出さないか」

「ほ、報復なんて言い方はさすがにしてませんよ?」

「でもするんだろう?」

「しますけど」

「ふふ、わたしの子犬は良い性格になった」


 リンゴを軽くまわし、セシルさんは楽しげに耳を動かす。

 この数日でザビニア帝国の惨敗は大陸中の知るところになっていた。

 悪魔を兵器利用していたことも明るみになり、周辺国からは批難の的となっている。


 ちなみに攻めてきた軍勢に死者は出ていない。僕も結構好き放題に吹っ飛ばしたけど、その辺りはさすがに加減を考えておいた。ただ、皆、大ケガはしてると思うので、悪魔なんて使っていたことをベッドの上でよく反省してほしいと思う。


 また神殿は新たな布告を出し、僕が『終幕の力』を手にしたことを公表。聖女への絶対不可侵を訴えた。

 以降、各国は聖女に関して慎重論を唱えるようになった。セシルさんの言う通り、『終幕の力』はどの国も恐ろしいのだろう。


「……というわけで、ルルーカは『神殿の歴史上最高峰の神官』から『大陸の歴史上最強の人間』にクラスアップしたわけだが」


 食べ終えたリンゴの芯を無詠唱の術でペキッと潰し、セシルさんがこっちを見る。


「どうする? わたしたちと世界征服の冒険にでも出てみるか?」


 本気とも冗談ともつかない言葉だった。

 冒険。

 世界征服なんて話はともかく、外の世界を見てみたいという気持ちは確かにある。

 まだ七分の一とはいえ、『終幕の力』があれば危険もない。

 でも僕は苦笑しながら首を振った。


「出ませんよ、冒険の旅になんて。だって僕にはここでやらなきゃいけないことがありますから」

「ほう?」


 セシルさんがキランッと目を光らせる。


「つまりルルーカは冒険に出るより、この神殿でハーレム生活を続けるのがいい、と」

「いや、そうじゃなくて!」

「よっしゃ、任せな! あたしがルカっちをエロエロ漬けにして、めっちゃ癒してあげるから!」

「ルー君はこうして冒険に出ないことにしました、とさ。いいね~、アタシもお仕事嫌いだから大賛成~」

「違いますって! 悪魔祓い! 皆さんに取り憑いた七大悪魔を祓うのがそもそもの目的じゃないですか!」


 すでに聖杖の第二形態は使いこなしている。

 あとはオリビアさんの時のように心を一つにすれば、セシルさんたちの悪魔も順次祓えるはずだ。


 さらには第三形態についても上手くできそうな気がしていた。

 第三形態は大陸から悪魔を一掃する、聖杖フォーガリアの最終形態である。この世界から悪魔が消える日はそう遠くない。

 とはいえ。


「ハーレム生活なんて冒涜的でーす!」


 セシルさんによしよしと頭を撫でられ、ネオンさんとロッテさんに両側から抱き着かれ、神殿内の僕の立場は当分変わりそうにない。

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