世界観こそちょっと先に辿り着きそうな未来でありながら、その生活感は現代に通じるものがあるものでした。
地下都市という清潔さの保たれた空間において、多少価値観の変動はあれど、やはり人の認識はなかなか変わらないもの……。
そういった生々しい人間模様はありつつ、随所に救いが用意されていて、葛藤や山などを乗り越える上でも節々でホッとできて読みやすかったです。
特に実家でのやりとりのラストはスカッとできました。主人公にとって一番頼りになって欲しい存在が本当に寄り添える間柄なのが素晴らしい……。
たくさんの山場を越えた先のラストを読んだ時は、図らずも近所でその成長を見守ってきたおじさんのような心境になりました(笑)。
例え未来がどれだけ進歩しても、人の認識がそれに比例するかは別問題。でもきっとどこかで助けてくれる何かが居る。
厳しさの先にある読後感までしっかり考えられた、うまく言葉にできませんが、無知にも説得力のあるSFだという言葉が頭に浮かびました。
SFについて「リアルさ」を問う時、通常最初に考えるのは科学的考証でしょうか。ですがこの作品の「リアル」は似ているようで少し違う。もし「今、この時代、ここに」地下都市と月面基地があったなら。それを想像させるような空気が魅力の作品です。
その「リアル」を構築しているのは、とても細やかで、失礼な言い方をすれば「地味」な描写の積み重ねです。主人公の「母親」としての小さな悩みや、小さく擦れあう完璧でない人間関係、益体も無い噂や風評。私たちの「日常」に聞こえてくる細かなノイズが丁寧に拾われています。
そして、現実には存在しない「月面基地」や「地下都市」という巨大な構造体。これは大きな「フィクション」になりますが、「もし、今ソレが存在する」ならば、どんな景色なのか。誰がどう暮らしているのかが丁寧に語られており、それこそ物語の「核」となっています。
組織は? 仕組みは? 維持管理は? 暮らし方は? 価値観は?
決して「夢」としてでなく、ただの舞台背景の書き割りでなく、物語の世界に「実在」しています。実在すれば、不具合も起こるし、維持管理にはコストがかかるし、それらを巡って人の意見は割れるし組織の力関係は出来上がる。
たとえば、地下鉄のエスカレータの上で、たとえば道路パトロール中の黄色い回転灯の車とすれ違った時に、このお話を思い出すんじゃないか。そんな空気感を持っています。
そして終盤。題名の意味を知って震えます。
是非、その場所まで。