3
「パーティー会場の食事って豪華じゃん?」
「さっき飯食ったばかりだろ」
「腹は減ってねーよ。お前もほら、伊川の結婚式に呼ばれたとき、あったろ。あれ、見た目ほどそんなに美味くねぇんだよな、って話をさ」
「んん?」
「あれさ、子供に食い散らかされててきったねぇ皿とかあんじゃん。デザートとかうめぇけどさ。それ思い出したわ。顔がいいヤツも苦労してんだなって。知らねーけど」
「たかられてんな。ってことか」
「あ、上手ぇ。まあ結婚式っつったら俺らみたいなのはいつでもオマケで、タダ飯食いにきてるだけなんだけどな」
いつものドトール前で落ち合った佐藤は、大あくびをしながら期間限定カップルなあとぼやいた。
「クリスマスに不幸あれ」
「イブはどうなんの」
「以下同文。金で彼女レンタルできねーかな」
「言えば言うほど虚しくなるぞ、お前」
「知ってるよんなことくらい。お前だって別れただろー朱美ちゃん」
「別れたっていうか――別れたよ」
「まんまじゃん」
「大した理由がなかったんだよ。お前が期待するような話もない」
「妙にトゲあるじゃん。なにかあったん」
なにもないから気が立っているのだ。と、佐藤に告げないのも卑怯な気がした。
「とりあえずコインロッカー。空いてるかな」
「中央北改札のほうはまだ見てねーんじゃね」
移動のたびに人の波にくるくると巻かれることになる。未だ工事の終わらぬこの駅は相変わらず秩序というものがまるでない。
「佐藤、お前里香と別れたときの理由なんだったっけ」
「『人の話を全然聞いてない』」
「お前はまあ――そういうやつだよな」
「あれは全面的に俺が悪いからね。あったあった」
ひとつひとつコインロッカーを指差して確認していた佐藤が、指を開いて扇のようになった手のひらでぶんぶんとこっちを煽ってくる。
「そういうさ。朱美にはなかったんだよ。不満とか。それが寂しいこともあるだろ」
遠慮なくロッカーの扉を開けて、ぎょっとした。
東の目に飛び込んできたのは異空間だった。
薄暗いはずのスペースが、白い。白いからと言って明るいわけではない。奥まった角は徐々に色濃くなって境界も曖昧になっている。そこに白い網が掛かっているのだ。僅かだが光を反射しているから粘着性があるのかもしれない。
糸だ。糸を引いている。先を辿ると柔らかい丸みに突き当たる。
曲線の影が輪郭をあらわにする。
あれは――卵だ。卵の大群だ。
「うわあ!」
背徳的なコントラストを目の当たりにした東はきっと声を上げていた。
しかし、聞こえてきたのは佐藤の情けない感嘆符だけだった。
「東、おい東! こっち、こっちこい」
「は、まさかお前のとこにも――」
背中を冷やして振り返った。佐藤の隣に行くだけで気分はもう全力疾走した後だった。
「なぁ、どうしたらいいんだよ? こういうときさぁ……」
佐藤は不揃いな眉を八の字にして見事な困り顔を表現していた。佐藤の腕の中でおぎゃあと赤ん坊が鳴いた。
その時、東の顔はさぞかし芸術的な崩れ方をしたことだろうと今になっても思う。
その後はなんとか駅員に話をつけて赤ん坊を預けてきた。まさかコインロッカーベイビーなんて社会問題に直面する日が訪れようとは東も思っていなかった。佐藤に至っては混乱のあまりにサービスセンターの窓をひたすら叩く始末だった。東の冷や汗もいつしか生温かいものに変わっていた。卵のことなんかすっかり忘れていた。
「はぁ、なんつか――良かったよ。最初死んでんじゃねーのって思って焦ったから」
「よせよ。飲食店だぞ」
「なんで。いいだろ。どうにかなったんだから」
どうにかなった顔でもあるまいが、変に食いつくのも間が悪い。さすがにそれ以上続ける気力はなく、東はファミレスのソファに凭れかかった。しばらく食器の音を遠くに聞いていた。
「朱美ちゃんさ」
「なに」
「固定で話す機会あったんだけど、お前のこと聞いてきたよ」
「ふうん」
飲んでいたオレンジジュースがいきなり底をつく。
拍子抜けした東を、しかめっ面をした赤ん坊の絵が迎える。ファミレスの壁にかかっているのだから肉付きがいいのも当然か。どこかの有名な絵画の複製だ。
本物を見ても違いが分からないだろうと東はなんとなく確信した。
なんとなくか。暴力だな。
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