最短記録

リエミ

最短記録


「お集まりの皆様、こんにちは。今回は、全世界の各代表者が、お互い競い合うシステムで賞金を勝ち取る、というルールでございます」


 司会者のような男が、一本のマイクを持って告げた。


 彼を囲むように、世界中から集まった、さまざまな人種の者たちが、輪になって座っていた。




「まずは、日本からお越しのタロウさん」


 と司会者が言って、タロウと呼ばれた男にマイクを渡した。


 タロウは椅子から立ち上がり、マイクで話し始めた。


「ぼくは、小さい頃から貧乏でした」


 司会者は頷き、自分の腕時計を見ていた。


 時間を計っているのだった。


「生まれた時から、父はいません」


 タロウは俯いて喋り続けた。


「何億もの借金まであったのです。それを抱え、僕と母は必死で生活してました。借金取りに追い回される日々。しかし、生きていれば何かいいことがあるだろうと、希望を持って生きてきたのです。そう、生きてさえいれば……ううう」


 タロウの頬を涙が伝った。


「そこまで!」


 と司会者が言って、タロウはマイクを返し、顔を上げた。


「それで、お母さんは亡くなったのですか?」


 司会者の問いに、タロウは涙を拭って、笑顔で答えた。


「いいえ、今のは嘘です」


「なるほど」


 と司会者は言い、ポケットから出したメモ帳に、タロウの時間を記録した。




「では、次の方。フランスからお越しの、シャルロットさん」


 マイクは金髪の女性に移った。


 彼女は最初から辛そうに、震えた声で喋り、最後はひざまずいて泣いてしまった。


 しかし、司会者は日本人だったので、フランス語は分からなかった。


 おそらく、他の国の代表者も、彼女の辛い話半分も理解できていないだろう。


 司会者は彼女のかかった時間を記録し、次の人にマイクを回す。




 その男はインドから来ていた。


 何か陽気な歌を歌った。


 そして天を仰いで、急に泣き出した。


「はい、そこまで」


 司会者は止めて、彼の背中を叩いてなだめた。


 彼はすぐに笑顔を見せた。


「今までの最短記録ですよ、おめでとう」


 と司会者は言っていた。


 しかしすぐ次の男が、記録を打ち破った。




 イギリスから来ていた。


 彼は立ってマイクを持ったまま、一言も喋らなかった。


 そして十秒くらい経ったあと、ほろりと涙を見せたのだ。


「これはすごいですなぁ。こっちまで悲しくなってきた」


 と司会者はつられて泣いた。




「すみません、あの……」


 と、手を上げたのはタロウだ。


「なんですかな?」


「あの、僕は日本代表なんです。あなたが日本の司会者だということで、お願いしたいのですが……」


「はい?」


 日本語は他の分からない人々を除いて、二人だけの間を飛び交った。


「ですから、もう一度だけ、僕にチャンスを……」


「分かりました。ですが今回は、特別ですよ!」


「はいっ!」


 タロウの手にマイクが渡った。




「よーい、スタート」


 司会者の時計が時を刻んでゆく。


 タロウは早口に喋った。


「僕はさっき、人を殺した。車で人をはねたんだ」


 タロウの話は終わった。


 目から涙があふれて止まらなかった。


「ありがとう、タロウさん。そしてありがとう、世界の皆さん。優勝者が決まりましたね。5秒という好成績だ。タロウさん。あなたですよ。さあ、もう泣かないで」


 司会者がなだめたが、タロウは喜ばなかった。


 司会者は不思議がって聞いた。


「どうしたんです。今回の、どこの国の人が一番早く泣けるかゲームに、勝ったのですよ? 日本が勝てて、私も誇り高いです」


「はい、賞金のほうに僕も目がくらんでまして……」


 とタロウは言った。


「今日、ここへ来るのに遅刻しそうになったのですが、賞金のせいで頭がおかしくなったみたいで……」


「はぁ、何を言ってるんです?」


「ですから僕は、車を急発進させ、人の命よりも、お金を選んでやってきたのです」


 司会者はタロウを見つめた。


 タロウは、


「はねたのは嘘じゃありません」


 と言って、静かに笑った。


 それは、他の代表者には分からないことだった。




◆ E N D

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