例えば、君が雨の一粒だったとして

笠間葉月

プロローグ。あるいは

 雨が降っていた。


「ざあ、ざあ」


 天蓋の街は、場違いな雨に濡らされていた。透明な絵の具を塗りたくったように艶やかに滑る、コンクリートと鋼の森。


「ざあ、ざあ。ねえ、私の名前、あめ、って意味なのよ?」


 僕は見惚れていた。色のない街で、彼女だけが色付いて見えた。チタニウムの皮膚は鮮やかな肌色をしていた。


「踊りましょう? 捕まえてみて? この雨が止む前に」


 まるで、そう、まるで驟雨のように現れた彼女は、やはり驟雨のようにいなくなるだろうか。誘いは甘美で、愛おしく、艶やかな、猛毒。刺し伸ばされた手。心臓を止めるハニー・トラップ。


「さあ」


 雨。世界の致死毒。


「さあ」


 僕。世界の心臓。


「さあ、さあ!」


 天蓋を、ずっと僕らを閉じ込めていた悪夢を彼女は砕いた。降り注ぐ殺意の瓦礫を、彼女は雷だと言った。怒りの槌だと言った。僕の怒りの形だと言った。

 僕は、彼女の手を。


「不思議。まだ、いやなの?」


 取らずに逃げ出した。

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