第肆話 『数日経って分かったこと』

ピチチと鳴く小鳥の声で目を覚ました。いい匂いが鼻腔をくすぐる。隣で寝ていたはずの彼は居らず、コートハンガーに掛かっていた羽織もない。

目を擦りながら長ったらしい廊下を歩き、香しい匂いのする部屋の戸をキィ…っと開けてみると果たして彼はそこに居た。

長い白銀の髪を頭頂部で纏め、家でもあまり外してないフードの下から深い蒼色の瞳がチラチラと覗く。彼の手元にはナイフとにんにく。鍋には美味しそうに煮込まれた野菜や香草。

にんにくを剥いて鍋に入れながら彼は言う。


「おはよう、起きたんだな。随分早起きじゃねぇか?」

「そんなこと、ないです…鳥さんも、鳴いてましたし……」

「そうか? なら良いが…。飯にすんぞ顔と服どうにかしてこい」

「あ、はい」


口の悪い彼に追い立てられ慌てて洗面所に行き顔を洗い、彼がくれた服に袖を通す。

ここに来てからはや数日が過ぎた。そしてについて少し分かったことがある。


一つ、彼は僕が居ても僕に手を上げないこと。

二つ、彼は朝早くに起きるかそれか寝ないかだということ。

三つ、彼の元には森の動物達が集まってくること。

四つ、彼は僕に―――いや、僕以外にも―――肌を異常なくらい見せるのを拒むこと。動物相手にすら、見せてるとこを見たことがない。


肌を見せないことには何か理由があるのだろうか。思えば彼は僕を拾った時、一瞬だけ悲しそうな顔をした。アレと関係があるのだろうか。

彼に言われた通り服を変え顔を洗い身支度を整えて彼の所に戻ると既に朝食が用意されていた。

薬草スープに小さなパン、そしてサラダ。どれも簡単なものだがどれも凄く美味しいことを僕は知っていた。

どれも愛情がこもっており、身体が喜んでいる感じがする味だった。とても温かい、モノ。

席に座ると彼がことりとお茶ハーヴティーを出してくれる。彼のハーヴティーはお手製だから凄い。家の裏に畑がありそこでハーヴや野菜を育てている。


アルベルム魔女さんは何でも出来るんですね?」

「……何でも、は出来んよ。魔女も万能じゃないしな。…それと、魔女と呼ぶな。アルでいいっつってんだろ」

「アル…さん?」

「……さん、はいらない。アルだ」

「アルさ…じゃない、アル?」

「……出来るじゃないか」


そう言いわしゃわしゃと犬でも撫でるかのようにアルさんは僕の頭を撫でた。

アルさんは口は悪いけどなんだかんだ言って世話を焼いてくれた。魔術や剣術、文字の書き方や勉強、家事など必要なものもそうでないものも全て、僕がやりたいと言ったら分け隔てなく教えてくれた。

僕が勉強していると森の動物たちが近付いてきて僕の勉強を見てくれたりした。

そうして数日が経ち、魔女である彼を怖いと思う気持ちは薄れてしまった。

魔女である彼より、村の人の方が随分怖かったように思えた。

アルさんは動物と話す事が好きなようでよく窓辺で小鳥や子狐、子狸たちと話している姿を目撃した。後でアルさんにその事を聞けば肩を竦めながら『世間話だよ、アイツらからすりゃいい話し相手なんだろ』と素っ気なく返されるが、そう言うアルさんも満更ではなさそうだと思う。

僕が数日見てきたアルさんはそういう人だった。

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異端の魔女と生贄 壱闇 噤 @Mikuni_Arisuin

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