眠り姫JKは目覚めを待つ

 春を感じさせる暖かな風が吹いたその日、私は中央病院を訪れていた。

 もうすっかり着なれた制服を翻し、手には学校指定の鞄を引っ提げて。そして目的の病室に足を踏み入れると、丁度そこにいた石塚先生が笑いかけてくる。


「今日は、棘ちゃん。いつも熱心だねえ」

「そりゃあ、私がコールドスリープしていた時も、お父さんや幸恵さんがよく様子を見に来てくれてたんですから、今度は私が通う番ですよ」

「それにしたって、君にここまで想われている桐生君は幸せ者だよ」


 そう言って先生は、部屋の奥に置かれている大きな白いカプセルに目を向ける。あれはコールドスリープ用のカプセル。あの中に、輝明君が眠っているのだ。

 

 輝明君がコールドスリープに入って、二度目の春。あの日から私は、事ある毎にここを訪れては、輝明君の様子を見ている。

 と言っても、できることなんて何もなくて、本当に見るだけなんだけどね。それでもついつい足を運んでしまうのだ。私だけでなく渚ちゃんや、桐生君の友達だって来ている。こんなことをしても、起きるのが早くなるわけじゃないんだけどね。

 それでも足しげく通うのは、皆桐生君が帰ってくるのを心待ちにしているからだ。


 幸恵さんは病院通いをする私の事を応援してくれて、お父さんも意外と、文句をいう事は無かった。

 輝明君が目を醒ましたら、家に招待してあげたいなあ。もうすっかり仲良くなった駿にも、『お姉ちゃんの彼氏なんだよ』って言って紹介したいしね。輝明君が駿と会った時は、まだ付き合う前だったもの。


「それじゃあ僕はもう行くから、棘ちゃんはゆっくりしていってね」

「はーい」


 石塚先生が外へと出ていき、部屋のドアが閉まるのを見届けると、輝明君の眠っているカプセルへと近づく。

 全身白色のこのカプセルは、一ヶ所だけクリアなガラス張りの箇所があって、そこから中で眠っている人の顔を見ることができるようになっていた。

 覗き込むと、目を閉じている輝明君がいる。とても穏やかな寝顔で、こうしてみると普通に昼寝しているのと何ら変わり内。だけど事実、もう一年半も彼間眠ったまま、私達とは異なる時間を過ごしているのだ。

 私は持ってきた鞄の中から、卒業証書を取り出して、眠っている輝明君の前にかざす。


「今日はね、高校の卒業式だったんだよ」


 JKでいられるのも、今日で最後。思えば復学してからの高校生活の中で、輝明君と一緒に過ごした時間は、ほんの僅かなものだった。だけど一番濃厚で、輝いていた時間。目を閉じると輝明君の声や笑顔が、鮮明に思い出される。


「本当なら、輝明君も卒業してるはずなんだよね。信じられる?来月からは渚ちゃんが、輝明君の先輩になっちゃうんよ」


 輝明君が眠ってからも渚ちゃんの背は相変わらずで、中学生に間違われがち。そんな渚ちゃんが先輩になるだなんて、やっぱり不思議な感じがする。

 今日の卒業式、もしコールドスリープさえしなければ、一緒に出られたのにって思ってしまうのは、仕方のない事なのかな。そう考えると、やっぱりちょっとは沈んでしまう。

 もっとも私だってコールドスリープしていなかったら、とっくに高校を卒業してたのだけど。


「今夜は家族で食事に行くし、明日はクラスの皆と打ち上げに行くんだよ。おかしいよね、最初輝明君に会った時はぼっちだったのに、今は家族ともうまくいってるし、友達だってできた。全部輝明君のおかげなんだよ」


 もしもあの日輝明君と出会わなければ、きっと今の私はなかっただろう。だけど、その肝心の輝明君は今……


「って、こんなこと考えても仕方がないか」


 わざと明るい声を出して、笑顔を作る。

 話ができないのは、やっぱり寂しい。話したいけど、声を聞く事も出来ない。そこにいるのに触れられない。

 待つだけの日々がこれだけ辛いだなんて知らなかった。本当は今すぐにでもこのカプセルを開けて、名前を読んでほしいって思うよ。

 だけど、全部分かって見送ったのだから。どんなに辛くても決して泣かないし、とちゅで投げ出したりはしないのだ。


「そうだ。この前石塚先生が言ってたけど、新薬の開発に動きがあったんだって。完成したら輝明君も、完治できるだろうって言ってた」


 実際は完成までにあと数年、臨床実験をあわせると、輝明君に投与されるのはさらに先の話になるだろう。

 だけど確実に希望はある。後は一日でも早く実現することを、信じて待つだけだ。


「それじゃあ今日はもう行くけど、また来るからね。輝明君が目を醒ますまで、ずっと」


 それがいったい、どれだけ先の話かはわからない。だけど何年かかっても待ち続けると決めたのだ。

 顔を上げ、窓から外を見ると、桜の木が風で揺れている。

 この綺麗な桜を、いつか輝明君にも見せてあげたい。目を醒ました輝明君におはようって言って。二人一で緒に、桜並木を歩きたい。そんな未来を夢見ながら、私は病室を後にする。


 どうかその日が、好きな人と一緒に過ごせるその時間が、一日でも早く訪れるますように。


                                 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眠り姫JKは目覚めを待つ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ