エピローグ

「あははは。それじゃあガラスにライダーキックして、その破片が飛んできたからあんなに怪我したってことなんだ。……ぷぷ、くすくす」


 白米がいっぱいに盛られた茶碗を持つ香澄が、憎たらしい笑い顔を見せてくる。

 あの事件から数日がたち、玲奈の傷が癒えた頃に俺たちは平岡家にお邪魔して一緒に夕食をしていた。


「うるせーな。あの時はこいつの近くに変なヤロー共がいたからなにも考えずに突っ走っちまったんだよ」


 ちょっと顔を熱くしながら俺は言う。きっと顔が熱くなっているのも飯がうまいからだろう。


「いやあ、あの時の祐介くんはすごかったなあ」


 すると晋三さんがとても感心しているような目を向けた。その前に行儀の悪い香澄を注意して。


「まさにヒーローだったよ。あんなこと、うちの若い連中だってしないぞ。祐介くんは、あいつらよりも平和を守るために動いていた」

「え、あ、いや……、その……」


 顔にある切り傷がしみる。まさかそんな褒められるとは思わなかった。


「しかし玲奈くん、今度からはあんな危ないことをするんじゃないぞ。祐介くんから連絡があったとき、私たちもヒヤヒヤしてしまったんだからね」

「すみません」


 いつもより食べる量が多い玲奈は、口を尖らせながら謝っていた。

 しかし本当のことだ。俺だけじゃなく、晋三さんも、そして志村巡査部長も、玲奈から電話がかかってきたことを伝えると、すぐに家に来てパトカーを出してくれたのだ。

 あの時の慌てようと言ったら、結局大人気のない大口を叩いていた志村巡査部長も中学生だが捜査に協力する玲奈の実力を認めてのことだろう。

 だがやはり危なすぎる。正直これをきっかけに探偵を終えてもらいたいものだ。


「まったくだ。あのまま俺たちが来てくれなかったらどうなってたことやら」


 咎める意味を込めて俺は強く言った。それにこいつだって、今回の経験のおかげで探偵をやめるかもしらないし。

 しかし玲奈はそんなこと全く思っていないように。


「でもアップルウォッチのおかげで助かったよ。通話できる時計なんて素人相手の捜査には最適だし、こうやって捕らえられたときにも役に立つすぐれものだもんね。なかなか試す機会がなかったけど、これで捜査の幅が広がったって知れて本当によかった」


 とこんな感じだ。さらに捜査に対する楽しさが増えたように笑っている。


「しかし犯人が先生だったとはな。全く思いもしなかったよ。それこそ俺もあの人が作った舞台の上で踊らされていたんだな……」


 俺は、事件が解決するまでの考えを全て話した。遠藤綾が一番怪しいって思っていたことをだ。

 だけど玲奈は笑わず、俺をフォローしてくれた。


「兄さんがで推理をしてしまうのもしょうがないよ。犯罪捜査なんてしたことないんだし……。まあ次の機会に成功すれば過去の失敗の一つや二つくらいは帳消しにできるんじゃないかな。そのためには努力しないといけないけど」

「まあそうだな」


 次、という言葉にあれ? て思ったけど、俺は大きく頷いた。


「だけど兄さんだってお手柄だったよ。私の言ったことをきちんと守ってくれたおかげでバレずに通話できたんだからね。あのときほど優秀な助手を隣においてもらっているミステリー小説の名探偵たちの気持ちがわかる日はないんじゃないかな」

「祐介はだって。ぷぷぷぷ」

「お前は黙ってろ」


 バシッ、と玲奈の皿に置いてあった唐揚げを横取りする。


「あ。とるなー!」

「いただきます」


 ぽいっと口の中に入れた。

 やはりうまい。香澄の母親の作る唐揚げが美味いってのははっきりと覚えているぞ。


「なら私も……って、一個もないじゃん!」

「もう食い終わりましたー」

「キー!」


 香澄に足を蹴られる。

 やはり痛い。そろそろこいつには簡単に人を殴ったり蹴ったりしてはいけないことを教えないと。

 こいつの場合言っても忘れそうだが……。


「ほら二人とも。喧嘩するのは構わないけど、やるなら外でやってね。はい、唐揚げよ」


 香澄の母親が、大量に唐揚げの乗った皿を机に置いた。揚げたてで湯気がもわもわとすごい。

 ちなみにこの人も少し変である。


「ありがとうございます」


 俺は新しく来た唐揚げに箸を伸ばし、香澄よりも多く取ってやろうと取り皿を左手で持とうとした瞬間だった。すぐ近くで携帯電話のバイブ音が響いた。


「ん、すまない……」


 妙に真剣な表情で、晋三さんはポケットからガラケーを取り出して部屋から出ていく。横で飯を食べる妹の細い目は、遊園地に行く子供のように輝きだしていた。

 これから何が起こるのだろうか、その理由はすぐに分かった。


「食事中に悪いが玲奈くん、きみ好みの事件が起きたようだ。すぐに小島くんが迎えに来るからきみも来てくれ」


 晋三さんがそう言うと、妹は盛られた白米を一気に喉へ流し込み、すぐに立ち上がっていつも手放さない学校指定のスクールバックを持った。


「まさか、今から行くのか?」


 前もこんな事あったなと思いながらも、俺は聞く。

 すると妹は。


「当たり前さ」と自信満々に言って。「もちろん兄さんも一緒に来てくれるよね。私はまだ、中学生でも小説みたいにカッコよく犯人を捕まえられるんだって証明していなんだから!」

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柴倉玲奈の事件簿 矢内恭介 @yanai

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